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「債務上限問題の合意」に基づく『財政責任法』は下院で成立するのか? 共和党強硬派から議長解任動議も

中岡望ジャーナリスト
マッカーシー下院議長、債務上限引上げで指導力を発揮、(写真:ロイター/アフロ)

「合意」に基づく『財政責任法』を下院で可決するための障害

 5月27日(日本時間28日)の午後、バイデン大統領とマッカーシー下院議長が「債務上限引上げ問題」で合意に達した。その合意に基づいて法案作成が行われ、29日、法案の内容が明らかになった。法案の名称は『財政責任法(Fiscal Responsibility Act)』で、99ページに及ぶ。法案を成立させるためには、バイデン大統領とマッカーシー議長は、それぞれ民主党議員と共和党議員の合意を取り付ける必要がある。

 下院議員は法案に盛り込まれた内容を検討し、下院総会で賛否の票決を行う。だが、総会での票決の前に乗り越えなければならない大きな壁がある。下院では、すべての法案は下院規則委員会(House Rule Committee)の承認を得なければ、下院総会の投票に持ち込めない。だが、下院規則委員会の共和党委員が同法に反対の意向を示し、最悪の場合、同委員会が法案を承認せず、下院総会での票決が遅れる可能性が出てきた。

 従来、下院議長は多数党の指導者である院内総務がほぼ自動的に選ばれた。だが共和党内の右派強硬派議員の反対でマッカーシー院内総務(当時)は選挙で過半数を獲得できず、投票は15回にわたって行われた。最終的にマッカーシー院内総務は反対派の支持を得るために、大幅な譲歩を行い、議長に選出された。

 その妥協のひとつに、右派強硬派の議員3名を下院規則委員会の委員に任命することであった。3名の右派強硬議員はテキサス州選出のチップ・ロイ議員、南カロライナ州選出のラルフ・ノーマン議員、ケンタッキー州選出のトーマス・マッシー議員である。

 下院規則委員会は13名の委員で構成され、現在の党派構成は共和党議員9名、民主党議員4名である。マッカーシー議長は3名の右派強硬派を委員に任命しただけでなく、法案を承認するためには共和党の委員7名の支持が必要とするという右派強硬派の要求を飲んだ。要するに一人の共和党委員が反対したら、法案を成立させないという約束である。また3名の右派強硬派の共和党委員に加え、4名の共和党委員が同調すれば、過半数の支持を得られず、法案は承認されないことになる。さらにロイ議員は、マッカーシー議長は「共和党委員が1人でも反対したら、法案を承認しないと約束した」とも語っている。議長選挙の際の妥協が、マッカーシー議長の大きな足かせとなる可能性もある。

 右派強硬派のうちロイ議員とノーマン議員は法案に反対の意向を示している。ロイ議員は、同法を「とてもまずくて食えない」という意味で「糞のサンドイッチ」と酷評している。他の共和党議員は「合意」を「狂気の沙汰だ」とか、「民主党に白地小切手を渡すようなものだ」と批判している。ただ、現時点ではマッシー議員はまだ態度を明らかにしていない。

 規則委員会では30日(日本時間31日)に投票が行われる予定である。下院規則委員会で法案が承認されれば、マッカーシー議長は6月1日に下院総会での投票に持ち込みたい意向を示している。

マッカーシー議長の譲歩で大きな権限を得た下院規則委員会

 従来、規則委員会の票決は形式的なものであったが、マッカーシー議長の妥協の結果、法案の命運を握る権力を持つようになった。規則委員会は全ての法案日程を決定する権限を持っている。さらにマッカーシー議長は、もうひとつの重大な妥協を行っている。それは党首脳だけでなく、一般議員も法案の修正案を提出することを認めたことだ。右派強硬派は、党幹部の権力の独占を打破するために、マッカーシー議長に様々な議会規則の変更を飲ませた。その結果が試されることになる。ロイ議員は「マッカーシー議長は我々が好まない法案を阻止する権限を我々に与えると密かに合意した」と主張している。ロイ議員とノーマン議員は、「フリーダム・コーカス」と呼ばれる極右議員集団のメンバーで、トランプ前大統領の影響を受け、「制度を破壊する」と主張するなど、非妥協の姿勢を貫いている。

 マッカーシー議長は同法を成立させるためには、2つの障害を乗り越えなければならない。ひとつは、既に述べた法案を下院規則委員会で承認させること。もうひとつは、予想される右派強硬派議員からの修正案を抑え込むことである。法案を下院本会議での採決に持ち込むことに成功したとしても、「フリーダム・コーカス」は公然とマッカーシー議長に“反旗”を翻すだろう。「フリーダム・コーカス」に属す共和党議員は45人程度と見られているが、同調者を入れれば100名は超えるとの推定もある。彼らはマッカーシー議長の引き下ろしを図るのは間違いない。

共和党の強硬派から「議長解任動議」が提出される可能性も

 マッカーシー議長は、もうひとつの問題に直面する可能性がある。下院規則によれば、議員が議長を解任する動議を提出できることになっている。さらにマッカーシー議長は議長選挙の際、一人の議員でも解任動議を提出できるという妥協を行い、29日に下院でルール改正が行われた。コロラド州選出の共和党のケン・バック議員は29日に解任動議を提出する考えを明らかにしている。またアリゾナ州選出のポール・ゴーサー議員は「解任動議を提出するとマッカーシー議長を脅し、本会議で法案の修正を承認させるべきである」と主張している。下院議員の218名が賛成すれば、マッカーシー議長は解任されることになる。現状では、多数の共和党議員は動議に反対すると見られている。しかし、民主党議員の一部が賛成すれば、可決される可能性もないわけではない。解任動議が出れれば、マッカーシー議長の党内における指導力は大きく損なわれるのは間違いない。

 過去において議長解任動議が出されたことがある。1997年にニュート・ギングリッチ議長に対する解任動議が提出されたが、否決されている。2015年にジョン・ベイナー議長に対する解任動議が出されている。動議は否決されたが、同議長は党内の指導力を失い、それから数カ月後に、議長を辞任し、政界から引退している。今回の“騒動”によって、共和党内の力関係が大きく変わる可能性がある。

 マッカーシー議長は、アメリカがデフォルト(債務不履行)を回避するために、バイデン大統領と妥協し、債務上限引上げを条件に『財政責任法』をまとめあげた。マッカーシー議長とトム・エマー共和党院内総務、エリス・ステファンク共和党会議議長は法案提出に際して共同声明を発表している。「財政責任法は子供たちに対する責任を果たす法案であり、分裂する政府で可能な法案であり、私たちの原則と約束を実現するために必要な法案である。共和党の決意によってのみ、ワシントンの機能に変革的な変化をもたらすことができた」。こうした真摯な声は、主義主張のためなら破壊をも厭わないと主張する共和党右派強硬派の耳には届かないようだ。2024年の大統領選挙を控え、共和党内の権力抗争の激化は避けられないだろう。

追記:現地時間の5月30日、下院規則委員会は『財政責任法』を承認し、焦点は下院本会議での採決に移った(31日5時に追記)。

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ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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