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ペンス副大統領が「憲法修正第25条」発動拒否、下院は「弾劾決議案」を可決、焦点は上院での弾劾裁判へ

中岡望ジャーナリスト
トランプ大統領弾劾を指揮するペロシ下院議長(写真:ロイター/アフロ)

■ 世論調査:トランプ大統領は弾劾されるべきか

アメリカの政治はトランプ大統領の弾劾問題で揺れており、バイデン次期政権の閣僚選びもすっかり影が薄くなっている。国民は、トランプ大統領の弾劾問題をどう考えているのだろうか。6日の議事堂乱入後、8日と9日に行われたABCニュースの世論調査は党派による分断を浮かびあがらせている。暴動の責任はトランプ大統領にあるという回答は67%に達している。党派別にみると、共和党では31%に過ぎない。民主党は98%と圧倒的に高い。無党派層は、69%である。

トランプ大統領は任期が終わる前に弾劾されるべきという回答は56%。党派の内訳では、共和党が13%、無党派が56%、民主党が94%である。ここでも共和党支持派と民主党支持派の判断は極端に分かれている。

この調査結果で驚くべきことは、共和党支持派の反応である。日本からアメリカを見ていると、世論全体がトランプ大統領弾劾を求めて盛り上がっている印象を受ける。だが共和党支持者で任期中の弾劾に賛成しているのはわずか13%に過ぎない。「アメリカ民主主義の危機」「アメリカの歴史の汚点」などという言葉は、共和党支持派にとって無縁なようだ。トランプ大統領が暴動に対して「自分には責任がない」と強弁するのも、こうした共和党の草の根の根強いトランプ支持があるからだろう。

議会では、民主党党首であるナンシー・ペロシ下院議長が中心になってトランプ追及を続けている。共和党は一部穏健派議員の離脱はあるものの、トランプ大統領擁護の姿勢を崩していない。

■ 「憲法修正第25条」発動を拒否するペンス副大統領の書簡

1月12日に『トランプ大統領の解任・弾劾の可能性と意味を問う:予想される「3つのシナリオ」を徹底検討する』という記事を本欄に寄稿したが、本記事は、その後の展開を踏まえて、さらに詳しく分析したものである。

ペンス副大統領は現地時間の1月12日、ペロシ下院議長に「トランプ大統領の権限を剥奪する憲法修正第25条を発動しない」旨の書簡を送った。以下で書簡の全文を紹介する。

ナンシー・ペロシ下院議長殿

ワシントンDC 20515

全てのアメリカ人は、先週の議事堂への攻撃にショックを受け、悲しみに包まれた。私は、同じ日に国民への職責を果たすために議会を再開する際に、あなたと他の議会指導者が果たした指導力に感謝しています。それは、指導力が最も必要とされるときに、議会において依然として結束が存在していることを国民に示す瞬間でした。

しかし、現在、大統領の残された任期がわずか8日になっている中で、あなたと民主党議員団が内閣と私に対して憲法修正第25条の発動を要求しています。私は、そうした行動は我が国の最善の利益に適わず、憲法と整合性があるとは信じられません。先週、私は選挙結果を決定するために憲法で与えられた権限を越えて影響力を行使するように求める圧力に屈しませんでした。そして今、我が国が深刻な状況に置かれている時に、政治ゲームを行おうとする下院の試みにも屈することはないでしょう。

あなたが十分に認識しておられるように、憲法修正第25条は、incapability(注:職責を果たすために法律が求める肉体的、精神的な能力に欠ける状況)か、disability(注:肉体的、精神的に問題があり状況判断が大きく制約される状況)に対応する目的で制定されたものです。あなたは、数か月前、憲法修正第25条委員会を設置する法案を提出されました。その際、あなたは「大統領が職責に適しているかどうかは科学と事実によって決定されなければならない」と言っておられました。また「私たちは、自分たちが気に入らない発言や行動を取ったからといって、それに基づいて判断を下さないことが大切である」とも仰っていました。議長、あなたは正しった。憲法修正第25条は罰則あるいは権利剥奪の手段ではありません。そうした方法で修正25条を発動することは恐ろしい前例を作ることになります。

先週の恐るべき事態の後、政府のエネルギーは秩序ある権力の移行を確実に実行することに向けられています。聖書に「すべてのものに季節がある。天の下で、あらゆる目的のための時間がある。・・・癒す時間、・・・構築する時間がある」と書かれています。まさに今がその時です。世界的なパンデミックと何百万というアメリカ人の経済的な苦境、1月6日の悲劇的な出来事中で、今こそが私たちが団結する時であり、癒す時なのです。

私は、あなたと全ての議員が分裂をさらに深め、一時の激情に油を注ぐような行動を避けるように要請します。ジョー・バイデン次期大統領の就任の準備をするために、熱を冷まし、国を統一するために私たちを協力しましょう。私はあなたに、秩序ある権力の移行を確実なものにするために、誠心誠意、自分の役割りを果たし続けることを誓います。神の助けがありますように。

マイケル・ペンス合衆国副大統領

■ ペンス副大統領の書簡のポイントは何か

現在、アメリカでは極右グループを扇動して議事堂を襲わせたトランプ大統領を罷免にすべきだという世論が高まっている。ペロシ下院議長はトランプ大統領排除を主張する急先鋒の人物である。彼女が取った戦略は2段階ある。第1段階で、憲法修正第25条を発動し、内閣がトランプ大統領の権限を剥奪する戦略で、ペンス副大統領に憲法修正第25条の発動を求める決議を成立させた。ペンス副大統領が憲法修正25条の発動を拒否すれば、第2段階では、下院でトランプ大統領弾劾決議案を通し、上院で弾劾裁判に持ち込むという戦略である。

この民主党の要求に対し、ペンス副大統領は要求を拒否した。ペンス副大統領が拒否した理由は、議事堂攻撃の責任を問う手段として憲法修正第25条を発動するのは法律的に間違っているということだ。同修正条項が適用されるのは、大統領が身体的、精神的理由から職務を全うできない状況に置かれた場合である。ペンス副大統領は「自分たちが気に入らない発言や行動を取ったからと言って、同修正案を適用するのは法的に間違っている」と主張している。

具体的に言えば、精神的な病気や何等かの理由で職務を全うできない状況に大統領が置かれた場合、閣僚の半数が同意すれば大統領の権限を剥奪し、副大統領が大統領代理(Acting President)として職務を引き継ぐことになる。

トランプ政権が誕生した時、憲法修正25条の適用を主張したグループが存在した。彼らは精神科医で、トランプ大統領の言動は常軌を逸しており、精神障害を患っている可能性があると、その理由を説明していた。これは憲法修正25条に沿った法律的に正しい主張である。ただ、当時、本気で憲法修正25条が発動される可能性があると考える者はいなかった。

1997年に製作された映画「エアー・フォース・ワン」がある。ハリソン・フォードが演じる大統領が大統領専用機(エアー・フォース・ワン)に搭乗しているとき、テロリストに飛行機が乗っ取られる事件が起こる。大統領はテロリストの支配下に置かれ、大統領の責務を果たせない状況にある。そうした状況の中で、内閣はグレン・クローズが演じる女性大統領に大統領権限を委譲するかどうか議論する場面がある。憲法修正第25条を発動するかどうかの選択を迫られた。映画の結論から言えば、大統領権限を委譲の決定をする直前に勇敢な大統領の活躍でテロリストは制圧され、憲法修正第25条は発動されずに終わる。

もうひとつ、ペンス副大統領の指摘で注目されるのは、「言葉と行動に基づいて判断すべきではない」という点である。ここが弾劾と基本的に異なる。憲法修正第25条は、精神的、肉体的、物理的に大統領が責務を果たせなくなった状況で発動されるものである。だが弾劾は具体的な犯罪行為や発言が対象になる。今回のペロシ下院議長のペンス副大統領に対する憲法修正第5条発動要請は、ペンス副大統領が主張するように、法律の趣旨を逸脱したものであった。

■下院の憲法修正第25条発動決議に賛成した共和党議員はわずか7名

ペンス副大統領の書簡にも拘わらず、下院は憲法修正第25条の発動を求める決議案を提出し、1月12日に採決している。その結果は、賛成223票、反対205票であった。下院共和党議員の数は212人である。共和党議員で決議案に賛成票を投じたのは7名に留まった。共和党下院でNO3のポストにある元チェイニー副大統領の娘リズ・チェイニー下院議員は声明の中で「現職のアメリカ大統領が憲法への誓いをこれほど裏切った例はかつてない。トランプ大統領がいなければ、血に塗られた暴動は決して起こらなかっただろう」と厳しい口調でトランプ大統領を批判し、トランプ大統領の弾劾を支持する立場を明確にしていた。アダム・キンジンガー議員、フレッド・アプトン議員、ジョン・カトコー議員なども弾劾支持の立場を明らかにしていた。電話会議でチェイニー議員は「投票は政治的なものではなく、それぞれの良心に従って行うものだ」と同僚議員に訴えた。だが、その訴えに共鳴した共和党下院議員は7名しかいなかった。トランプ派支持派の議員が下院共和党の圧倒的多数を占めているのである。

ペロシ下院議長は、ペンス副大統領が憲法修正第25条の発動を拒否する意向を明らかにした後、間髪を置かず翌13日に弾劾決議を提出した。憲法第2章第4条に定められている弾劾規定では。「大統領、副大統領、およびすべての文官は、反逆罪(treason)、収賄(bribery)、その他の重大な罪(high crime)と軽犯罪(注:misdemeanor=1年以内の懲役あるいは罰金刑に該当する犯罪)につき弾劾の訴追を受け、有罪の判決を受けたとき、その職を解かれる」と書かれている。

■下院はトランプ大統領弾劾決議案を可決

1月13日、下院はトランプ大統領弾劾決議案(正式名称:「H.RES.24 Impeaching Donald John Trump of the United States for high crime and misdemeanors」)を賛成232、反対197で可決した。弾劾理由は「反逆行為教唆(incitement of insurrection)」である。「Insurrection」は「暴力行使によって正当な政府の権威に共同で抵抗すること、合衆国に対して反逆すること、その扇動および補助を行う行為」(『米英法辞典』東京大学出版)を意味している。

決議案は提案者の名前を列挙したページを加えて5ページと短いものである。採決の票数は憲法修正第25条発動に関する決議案と比べると、賛成票が9票増えている。共和党議員で弾劾に賛成票を投じたのは10名である。前回のトランプ大統領弾劾決議では、共和党議員は全員反対票を投じたが、今回は公然と反旗を翻す議員が出てきた。

具体的な弾劾理由として、1月6日に支持者に議事堂を攻撃するように扇動したこと、繰り返し虚偽の声明を出したことが挙げられている。決議文には、トランプ大統領は「『死に物狂いに戦わなければ、もはや国はなくなるだろう』というような、議事堂で不法な攻撃を招くことが予測される行為を煽る発言を行った」という生々しい表現も書かれている。

さらに議事堂を破壊、警備員を殺害し、議会議員や副大統領を脅すなど、暴力行為、破壊行為、扇動行為を行ったと指摘。「1月2日にジョージア州選挙管理責任者に電話をして選挙結果を覆すように圧力をかけて民主主義制度の高潔さに脅威を与え」、「平和的な権力移行に干渉した」と書かれている。

ペロシ下院議長は、「私たちが大事にして、私たちを結びつけている制度を破壊しようと堅い決意をしているこの男から共和国を守るために上院は弾劾すべきである」と語っている。「この男(this man)」という表現には、ペロシ議長の怒りが感じられる。以前、トランプ大統領が連邦判事を批判して、「裁判官と呼ばれている人」と侮蔑的な表現を使ったのを思いだした。

弾劾に反対した共和党議員は、あまりにも手続きを急ぎすぎていること、トランプ大統領の任期はすぐに終わるので弾劾は必要ない、弾劾は国の分裂をさらに深くする、弾劾が暴力をさらに助長することになると反論したが、弾劾に向けた大きな流れを止めることはできなかった。

■上院での弾劾裁判はありうるのか

下院は弾劾決議に基づき下院は上院に「弾劾告発書(the article of impeachment)を提出することになる。問題は上院での弾劾裁判が行われるかどうかである。

上院は現在、現在、休会に入っている。上院議員がワシントンに戻ってくるのは大統領就任式の前日の19日であり、1日で弾劾裁判を行うのは現実的に不可能である。また弾劾裁判開催に関する明確な規定はなく、上院の民主党と共和党の院内総務が話し合って決めることになる。弾劾裁判を早急に行うことで合意したとしても(その可能性は低い)、週末を除けば、わずか2日しか時間はない。トランプ大統領は議会攻撃に責任はないと主張しており、審理なしでの判決は考えにくい。かりに弾劾裁判が始まったとしても大統領在任中に判決をくだすのは不可能だろう。

トランプ大統領に弾劾判決を下すには上院99名(現在1議席空席)の3分の2は66名の賛成が必要となる。上院の党派性は、共和党議員が50人、民主党議員が49名である。17名の共和党議員が弾劾に賛成しないと弾劾は成立しない。客観的な状況を考える限り、弾劾裁判でトランプ大統領が弾劾され、罷免されるのはまず不可能である。

■大統領退任後も弾劾裁判を続けることができるのか

1月20日にバイデン大統領が誕生する。トランプ大統領の任期も終わる。弾劾裁判の判決を待つことなく、トランプ大統領は大統領職を離れることになる。また在任中に弾劾裁判が行われないなら、民間人に戻ったトランプ氏を弾劾裁判にかけることができるのかという疑問もある。

この問題に関して明確な法的解釈は存在しない。一部の学者は、議会は民間人に戻った元大統領を弾劾することはできないと主張している。ハーバード大学のアラン・デーショウィッツ教授は「前大統領は憲法が規定する弾劾の対象にはならない」と語っている(Democrats Cannot Impeach Trump, and You Can’t Impeach Him After Leaving Office, The Epoch Times, 2021年1月10日)。法的な解釈とは別に、既に退任している人物の解任を求めることに実質的な意味があるのかという主張もある。

他方、民間人に戻っても弾劾の対象になると主張する学者もいる。著名な憲法学者であるノースカロライナ大学のマイケル・ゲアハルト教授は、ジョン・クインシー・アダムス第6代大統領の「生きている限り、私は在任中に行った行為について下院による弾劾の責務を負っている」という言葉を引用して、「大統領や政府高官は職務を辞した後でも弾劾の手続きに従わなければならない」、「在任中に弾劾裁判が始まっているなら、裁判は大統領が辞任しても継続される」と主張している「(Machel Gerhart, “The Constitution’s Option for Impeachment after a President Leaves Office,” 『Justsecurity』2021年1月8日)。

議会が最終的にどのような判断を下すのか、現時点では予測できない。まもなく任期が終わるトランプ大統領にとって弾劾は“不名誉”なものであっても、実際的な意味はほとんどない。しかし、弾劾されると、上院は具体的な処罰を決めることができる。具体的には、別途法律を制定することで、元大統領に与えられる様々な特権(年金や警護など)を奪ったり、政治活動を禁止することができるのである。

■弾劾問題後の政治の焦点は何か

ペロシ議長も、実際にトランプ大統領の弾劾が認められるとは思っていないだろう。しかし、トランプ大統領の犯罪性を問うことは政治的に大きな意味を持っている。リベラル派の論客が「アメリカが癒されるためには、トランプを告発するしかない」と語っている。ペロシ議長は、トランプ大統領に対する追及の手を決して緩めることはないだろう。あらゆる機会を使って、トランプ大統領の議会への召喚、不正行為に対する告発など相次いで行うと予想される。トランプ大統領は退任後も保守派の間で隠然たる影響力を維持し続けるだろう。弾劾問題は、これから始まる「トランプ対ペロシの闘い」の序幕に過ぎない。

今回の弾劾問題で、トランプ大統領の下で一枚岩だった共和党内に不協和音が出てきた。今後の共和党の動きが注目される。「トランプなき共和党」を目指し、正当な保守主義の政党に復帰を目指すのか、あるいはトランプ連合に依拠し続けるのかを巡って、党内で争いが起こるだろう。下院の弾劾決議を巡る共和党内の対立は、その萌芽といえよう

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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