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トランプの研究(13):トランプ大統領の半年の実績を総括する―始まった迷走と自壊の過程

中岡望ジャーナリスト
トランプ大統領に対する弾劾要求高まるー民主党議員は集団提訴へ(写真:ロイター/アフロ)

内容

1. 化けの皮が剥がれたトランプ大統領のポピュリズム

2. 早くも二期目のない“レーム・ダック化”した大統領へ

3. 誠実性に欠けるトランプ大統領のツイッター

4. 乏しい具体的な政策の成果

5. メキシコ国境の壁建設、インフラ投資計画も頓挫か

6. 頓挫したイスラム国からの入国規制

7. 迷走する通商政策

8. 原理原則なき外交政策8. 原理原則なき外交政策

9. トランプ大統領の将来の影を落とす弾劾問題

10. 支持者のトランプ離れが起こる可能性も

1.化けの皮が剥がれたトランプ大統領のポピュリズム

トランプ大統領は、白人労働者など“忘れられた人々”の声を代弁すると主張して当選したポピュリスト大統領である。大統領就任演説では、「忘れられた人々は再び忘れられることはないだろう」、「私は彼らの声の代弁者だ」と訴えた。トランプ政権が誕生して半年、本当にトランプ大統領はポピュリストの大統領だったのだろうか。政権の本質を見るには、誰が内閣のメンバーかを見ればいい。閣僚たちが誰を代弁しているかを見ればいい。トランプ政権の閣僚には、超富豪が顔を揃えている。ロス商務長官の推定資産は25億ドル、デヴォス教育長官は13億ドル、テムニューチン財務長官は5億ドル、ティラーソン国務長官は3億2500万ドルと、一般人には想像もできない資産を持つ人々が閣僚の座に就いている。やや古い推計だが、閣僚の総資産は350億ドル(『ポリテフィコ』推定、2016年11月)に達している。どう判断しても「忘れられた人々」や「ポアー・ホワイト」を代表する人物は見当たらない。

さらに、トランプ大統領の超富豪優遇は続く。現在、サンディエゴのホテル経営者ダグラス・マンチェスターがバハマス大使の上院の承認を待っている。同氏の純資産は10億ドルと推定されている。さらにトランプ大統領は、ジョンソン&ジョンソンの創業者であるニューヨークの富豪ロバート・ウッディー・ジョンソンをイギリス大使に指名し、現在、上院の承認を待っている。同氏はブルーンバーグの富豪ランキング500に入り、資産額は42億ドルである。ここに列挙できないほどの数の富豪がトランプ政権の有力なポストに座っている。

6月12日にホワイトハウスで閣僚会議が招集された。政権発足後5か月経過しているのに、これは全閣僚が集まる最初の公式の閣僚会議である。会議は各閣僚のトランプ大統領の成果の礼賛に終始した。トランプ大統領は各閣僚に自己紹介するように促した。最初に口火を切ったのはペンス副大統領で、「副大統領に就任したのは自分の人生の最大の特権(greatest privilege of my life)である」とトランプ大統領に感謝の気持ちを表現した。プリーバス首席補佐官は「全閣僚を代表して、大統領が与えてくださった大統領の政策とアメリカ国民に尽くす機会に感謝します」と述べた。まるで中世の時代の王に跪く家臣の姿である。

大統領就任後半年が経ったが、トランプ大統領の口から「忘れられた人々」を代弁する声は出てこない。この半年から判断する限り、トランプ大統領は典型的な富裕層重視の共和党大統領である。筆者は、トランプ大統領のポピュリズムは偽物だと書いてきた。共和党主流派の大統領候補に対抗するロジックとして、また支持を拡大させる手段として主張して利用しただけである。ポピュリストの主張の最大の特徴はエスタブリッシュメントや特権階級批判である。そうした発言や行動はまったく見られない。そのレトリックとは裏腹にトランプ大統領のポピュリズムの化けの皮は確実に剥がれ始めている。

後述するように、トランプ大統領の支持率は大幅に低下している。最大の原因は、政策ではなく、トランプ大統領自身や側近たちの“倫理的退廃”、“知的不誠実さ”にある。

2. 早くも二期目のない“レーム・ダック化”した大統領へ

7月14日、全国知事会の会議がロードアイランド州プロビンスで開催された。その会議で奇妙な状況が観察された。会議の議長を務めたバージニア州のマコーリフ知事は「2020年の大統領選挙で誰が候補になるのか大きなトピックスだったが、民主党の知事からも、共和党の知事からもトランプ大統領の名前は一度も出てこなかった。誰一人、トランプ大統領について語ろうとしなかった」と、会議の印象を述べている。大統領に就任して半年、既にトランプ大統領は“レーム・ダック化”しているようだ。会議にはトルドー・カナダ大使も出席したが、各州の知事はトランプ政権のNAFTA見直しの論議とは別に、カナダと各州の間の貿易関係の強化について話し合われた。また、共和党が議会で推し進めるオバマケア廃棄に対する批判が、共和党の知事から口々に出された。

トランプ政権の政策は混迷し、ロシアゲートがトランプ政権の先行きに濃い影を落とし、思い付きで発信されるトランプ大統領のツイッターに対して与党共和党内からも批判が噴出している。この半年、目立った成果を上げるには至っていない。そうした状況を反映して世論調査で厳しい結果がでている。ABCニュースとワシントン・ポストの共同調査(7月10日~13日に実施)でトランプ大統領の支持率36%、不支持率58%という結果が出た。大統領就任後6カ月で比較すると、この支持率は戦後の歴代大統領で最低であった。ブッシュ大統領とオバマ大統領の場合、いずれも59%であった。トランプ大統領は同調査に対して16日のツイッターで「この時点で(支持率が)40%程度は悪くはない。大統領選挙中のABCとワシントン・ポストの調査は最も不正確だった」と、その結果に疑問の余地があると反論している。

さらに重要なのは、世論調査は政治分断の深刻な状況を示していることだ。それは党派別の支持率である。7月12日に発表されたロイターの世論調査では、民主党支持層の間では支持率13%、不支持率86%と、不支持率が圧倒的に高かった。これとは逆に、共和党支持層の支持率は79%、不支持率は20%と、トランプ大統領支持が極めて高い結果を示している。共和党支持者と民主党支持者でトランプ大統領に対する評価が180度異なるのである。

トランプ大統領が世論調査で非常に高い不支持率が出ているにもかかわらず強気の姿勢を崩していないのは、共和党支持層から圧倒的な支持を得ているからである。従来からアメリカは保守派とリベラル派で分裂し、両者の間でコミュニケーションを行うのは難しいと言われてきた。トランプ政権が誕生して、そうした“政治的分断”はさらに深まっている。言い換えれば、トランプ大統領は意図的に分断を拡大させようとしているのかもしれない。

3. 誠実性に欠けるトランプ大統領のツイッター

トランプ大統領はIT時代の最初の大統領かもしれない。『フィナンシャル・タイムズ』のインタビューに答えて、トランプ大統領は「ツイッターがなければ自分は大統領にはなれなかっただろう」と語っている。トランプ大統領はメディアを通さず、ツイッターによって国民に直接情報を提供する手法を取っている。こうしたメディアの情報に対するスクリーニングを回避して、直接国民に訴える手法は、独裁的な指導者が使う常套手段である。

さらにトランプ大統領のツイッター戦略は特異である。大統領は国民に訴えるのではなく、自分の支持層、すなわち保守的な支持層向けに、支持者が喜ぶような発言を行っていることだ。ABCとワシントン・ポストの先の世論調査のツイッターに関する問に、回答者の67%が支持していない。支持するという回答は24%に過ぎない。だが、共和党支持者を対象とすると、支持すると答えたのが45%で、支持しないと答えたのが44%で、支持の方が多い。民主党支持層、無党派を含めた国民全体の受け止め方と、共和党支持者の受け止め方は大きく違っている。

同様にウエブ調査会社Survey Monkeyの世論調査では、共和党支持者の90%がトランプ大統領はツイッターによる発信を続けるべきだと答えている。その理由として、まず「信頼がおける」を挙げているが、次に「面白い」を理由として挙げている。多くのトランプ大統領の支持層は、トランプ大統領がリベラル派の人々やメディアをやり込めるのを見て、喝采している姿が思い浮かぶ。

トランプ大統領のツイッターのもうひとつの特徴は、常に強弁さや傲慢さが付きまとっていることだ。また、偽の情報や誤った情報を平気で発信し、敵を攻撃し、気に入らない相手に誹謗中傷を加えるのも、トランプ大統領のツイッターの特徴である。誤りを指摘され、どんなに批判されても、トランプ大統領は決して反省の色を見せない。なぜなら、トランプ大統領は、自分の支持層向けに、支持者が喜ぶような情報を発信しているからである。

ジャーナリストのスーザン・チラは『ニューヨーク・タイムズ』(6月29日)の記事「誰がトランプのツイッターを好み、その理由は何か」と題する記事を寄稿している。そこで「トランプ大統領を支持する頑固な保守主義者たちは、(トランプ大統領がツイッターで)社会的、政治的規範を破ることで社会にショックを与えるのを楽しんでいる。彼らは人々を侮辱することで大喜びしている。トランプ大統領はこうした支持層にアピールしているのである。そうした大統領の行動は。意図的であれ、衝動的であれ、自分の支持層を対象としたもので、それ以上でない」と書いている。

トランプ大統領が、リベラル派のメディアを“フェイク(偽)・メディア”とか“ガーベージ(ゴミ)・メディア”と呼んで、執拗に攻撃を加え、意図的に政治対立を煽っているのも、こうした背景があるからだ。もともとアメリカ社会にはリベラル派と保守派の間に越えがたい断層があったが、トランプ大統領は、それを埋めるのではなく、逆にそれを利用し、分断を拡大させているのである。

また、トランプ大統領の発言は倫理的な誠実性に欠け、アメリカ社会に道徳的な荒廃をもたらしている。現在、問題となっているロシア政府の大統領選挙介入に関してトランプ大統領は繰り返し否定しているが、世論調査では60%の人がロシア政府は介入を試みたと見ており、44%の人がトランプ大統領はその恩恵を得たと考えている。それにもかかわらず、大統領選挙中に息子がロシア政府の関係者と接触したという報道が出ると、トランプ大統領はメディア報道に対して「魔女狩り」だと感情を露わに反発している。コミーFBI長官の解任に関しても、トランプ大統領はロシア問題でフリン元補佐官の捜査を中止するように求めたが、長官が拒否したのが解任の理由であるにもかかわらず、「彼は無能な人物でFBIの組織にダメージを与えた」と人格攻撃を行い、解任を正当化しようとした。誤った情報を一方的に発信し、誤りを指摘されても公然と無視するトランプ大統領の対応は、誠実性に欠け、国民のトランプ不信の原因となっている。

4. 乏しい具体的な政策の成果

トランプ大統領は極めて幸運な門出をした。景気は回復過程にあり、失業率低下も着実に低下している。緊急に対応を迫られる経済情勢ではなかった。だが、「トランプ大統領はひとつも大きな法案を成立させることなく、最初の1年を終わる可能性がさらに強まっている」(『ブルームバーグ』7月19日、「Health Care Collapse Could Leave Trump Winless in First Year」)のである。

ブッシュ大統領は就任直後にITバブル崩壊に見舞われ、さらに連続テロ事件の追い打ちを受けた。そうした状況の中で大型減税を実現し、極めて短期間にリセッションから抜け出すことに成功した。オバマ大統領もリーマン・ショック後の戦後最大の不況への対応を迫られ、就任後わずか1か月で7870億ドルの史上最高額の景気政策を共和党の反対を押し切って実現した。さらに経営危機に直面していたGMを救済し、民主党の100年に及ぶ願望であったオバマケア法を成立させ、3200万人という未保険者を救済した。ドット・フランク法で、不十分ではあったが、懸案の金融規制も実現した。では、トランプ大統領は就任後半年の間にどんな成果を上げたのであろうか。ABCとワシントン・ポストの世論調査では、「政策が進捗しているかどうか」という質問に対して、「進捗している」が38%、「進捗していない」が55%と、国民は厳しい評価を下している。

大統領に就任して半年が経とうとしているのに、目立った成果は見られない。ホワイトハウスは4月25日に「トランプ大統領の100日間における歴史的成果」と題する声明を発表している。その中で、しかし、「トランプ大統領は最初の100日間で30の大統領令に署名した。オバマ大統領は19本、ブッシュ大統領は11本であった」と書いている。指摘されている成果は、具体的に言えば、「大統領」を発令することでオバマ前政権のすべての成果を覆したということである。“後ろ向きの成果”はあるが、自らの政治課題の達成は遅々として進んでいない。この半年間にトランプ大統領は何を成し遂げたのだろうか。

選挙公約で「オバマケア廃棄」を最大の課題に掲げたが、当初案は共和党の右派の抵抗で下院での採決の見通しさえつかず、撤回せざるを得なかった。修正して再度法案を提出したが、成立は困難な状況である。先に引用したブルームバーグの記事は「トランプ大統領のオバマケア廃棄は火曜日(7月18日)に潰れた」と書いている。さらに「オバマケア廃棄を巡る争いでの敗北でトランプ政権の脆弱さが露呈し、トランプ大統領の政策課題の大半が危機に瀕している」と、トランプ大統領が帳面する厳しい状況を説明している。トランプ大統領は「共和党は国民に対する約束を守らなければならない」とツイートしている。

共和党は2010年から一貫してオバマケアの廃棄を主張してきた。トランプ大統領の就任と上院、下院で共和党が過半数を制したにもかかわらず、オバマケア廃棄は実現しなかった。トランプ大統領は、責任は共和党にあるとの姿勢を取っているが、オバマケア廃棄に向けてトランプ大統領が共和党指導部と十分に協議し、指導力を発揮しなかった。その結果、共和党内部から落ちこぼれが出て、議会での票決に至らなかったのである。カイザー・ファミリー基金の調査(6月14日から19日に実施)では、回答者の59%が公的医療保険制度も問題の責任は民主党ではなく、トランプ大統領と共和党にあると答えている。国民がオバマケアを廃棄する共和党案を支持していないのは明らかである。共和党案で制度の見直しが行われた場合、低所得者向けの公的医療保険制度であるメディケイドの見直しも行われ、その最大の被害者はトランプ大統領の支持者である「ポアー・ホワイト」である。皮肉な結果である。こうした状況から、トランプ大統領はオバマケア廃棄を断念し、これから税制改革に重点を移すと語っている。

5. メキシコ国境の壁建設、インフラ投資計画も頓挫か

主要政策のひとつであったメキシコとの間に壁を建設する案は、大統領令への署名で実施を命令したが、財務省証券発行額の引き上げを巡って民主党との妥協を迫られ、建設費の予算計上は認めらなかった。建設費調達の見通しはまったくない状況である。最近、トランプ大統領は、壁にソーラー・パネルを取り付け、電力を販売することで経費を賄うという“奇策”を提言している。建設費をメキシコ政府に支払わせるというトランプ大統領の主張もメキシコ政府に拒否されたままである。7月7日、ドイツのハンブルグで開催されたG20の場でトランプ大統領はペニャニエト・メキシコ大統領と会談したが、建設費用負担の話は出なかった。G20後の記者会見でマヌーチン米財務長官は「米墨関係の優先課題は不法移民問題とNAFTA問題である」と、壁建設問題は後退していることを明らかにしている。

もう一つの主要政策のインフラ投資でも目立った進捗を見せていない。トランプ政権の最初のインフラ投資計画は「航空管制システムの民営化」であるが、議会の共和党議員の十分な支持を得る見通しは立っていない。共和党が過半数を占める下院でも、法案成立に必要な支持を確保できない状況が続いている。共和党議員は、地方の道路や橋梁の修復が急務なときに、なぜ航空管制システムなのかとトランプ大統領の政策に疑問を呈している。航空管制システムの民営化以外、インフラ投資計画は何も具体化していない。さらに言えば、民主党は大規模なインフラ・プロジェクトに賛成しているが、共和党はインフラ投資に消極的である。インフラ・プロジェクトは、話の段階を出ていないのが実情である。

公約のひとつである「大型税制改革」もまだ成案はできあがっていない。ムニューチン財務長官は、当初、夏までに税制改革案を発表すると語っていた。しかし、同長官とコーン国家経済会議委員長、共和党指導部が、やっと大枠について検討を始めたところである。ムニューチン長官によれば、7月中に改革案の概要をまとめ、8月に議会指導者に諮り、公表されるのは早くて9月になりそうである。仮に改革案が提案されても、成立するには最低1年は掛かると予想される。ということは、年内の実現はほぼ不可能である。

民生費削減、軍事費増加を柱とする2018年度予算案も、民主党の反対もあり、簡単には議会で成立するとは思われない。減税分を補う増収要因と考えられていた国境調整税は既に消えてしまっている。トランプ大統領は財政赤字の縮小を目標に掲げているが、議会予算局の政府予算案に基づく財政赤字の試算では、2016年の5850億ドルから2017年は5930億ドルと若干減るが、2018年度から再び増加に転じ、2020年度まで6000億ドルを超える財政赤字が続く。ここでも、公約の実現は難しくなっている。

6. 頓挫したイスラム国からの入国規制

テロからアメリカを守るというのはトランプ大統領の公約のひとつであった。テロ対策としてイスラム国からの入国規制を決めた「大統領令」は、連邦地方裁判所と連邦控訴裁判所によって憲法違反として差し止め命令が下された。トランプ政権は大統領令を修正して、両親、配偶者、婚約者、子供のみの入国を許可する条件を付けて、大統領令による再命令を出した。しかし、ハワイ州政府は家族のビザ発給基準が厳しすぎると、除外範囲を祖父母、叔父、叔母、従妹までに拡大し、アメリカ国内の団体の支援を受けている難民にビザを発給することを求めた。

7月13日、ハワイ連邦地方裁判所はハワイ州政府を支持する判決を下した。これを受け司法省は最高裁判所に上告。7月19日、最高裁は難民部分を除いて、ビザ発給の適用家族範囲を拡大することを認める判断を下した。保守派の最高裁判事のクラレンス・トーマス判事、サミュエル・アリトー判事、ネイル・ゴーサッチ判事は、ハワイ連邦地方裁判所の判決全体に対して保留の立場を取っている。さらに最高裁は入国禁止の大統領令の合憲性に関して10月10日に審問を行うことを発表している。トランプ大統領のイスラム国からの入国規制は、最終的にトランプ政権が譲歩を迫られる形で決着が付きそうである。

アメリカ社会に大きな影響を与えたのが、不法移民の拘束と強制送還を命令した「大統領令」である。これによって移民社会は動揺した。不法移民の取締りが強化され、強制送還される不法移民の数は増えている。同時に国境を越えてくる不法移民の数は確実に減少している。だが、日本語では「不法移民」と表現しているが、英語では「書類のない移民(undocumented immigrants)」とか「正式に認められていない移民(unauthorized immigrants)」と表現されている。それは、そうした移民に犯罪性はなく、むしろアメリカ経済にとって必要であるという意識が背後にあるからである。彼らはドラッグの密売とは無縁の存在であり、アメリカの労働市場で重要な役割を果たしている。そうした移民を排斥することは、長期的にアメリカ経済に対して大きなマイナスを及ぼすだろう。また、トランプ大統領が目の敵にしている不法移民を救済する“聖域都市”潰しは、激しい抵抗にあって思うようには進んでいない。トランプ大統領の強引な政策は、アメリカ社会の亀裂を大きくすることになるだろう。

7. 迷走する通商政策

通商外交政策でもトランプ大統領が目指す世界は見えてこない。『ニューヨーク・タイムズ』の4月26日の社説は「トランプ大統領は貿易赤字を削減し、失われた製造業の雇用を取り戻すための一貫性のある計画を持っていないことが次第に明らかになってきた」と書いている。社説が書かれてから3か月、同紙の分析は正しかったようだ。トランプ大統領はアメリカが戦後作り上げてきた多角的な自由貿易の枠組みを壊し、二国間交渉に軸足を移すことを明らかにしている。だが、トランプ政権の通商政策の全容は見えてこない。通商問題の専門家は、トランプ大統領の計画を「実現不可能なほど野心的」と表現する。レトリックが先行し、実態のないのがトランプ大統領の通商政策である。G20の会合が終わって帰国した7月9日のツイッターにトランプ大統領は、外国の指導者に「アメリカは今まで締結してきた悪い通商条約を修正しなければならないと説明した」と書いている。だが、トランプ大統領の保護貿易政策はG20の場で孤立していた。

トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を実現するためには通商協定の見直しが不可欠であると主張していた。就任直後、大統領令でTPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの離脱を決めた。だが、公約のひとつであるNAFTA(北米自由貿易協定)は離脱には進まず、トランプ大統領は5月18日に議会に対して“再交渉”の通告を行った。通告後90日を経過してカナダとメキシコの再交渉を始めることができる。予定通りなら交渉は8月15日から始まることになる。ただ、再交渉が始まっても、ライトハイザーUSTR(通商交渉代表部)代表は、協定を廃棄するのではなく、改善することになると発言、当初のトランプ大統領の厳しい主張から大きく後退している。

トランプ大統領は早期の再交渉開始を求めている。NAFTA再交渉は容易ではない。NAFTAの専門家のハウバウアー・メリーランドウ大学教授は「年内、あるいは2018年初めまでに再交渉をまとめるというのは希望的な考え方だ」と語っている。来年、メキシコで大統領選挙があり、メキシコ政府はアメリカに対して強い主張をすると予想されることだ。そうとう厳しい交渉が展開されるだろう。通常、通商交渉をまとめるには1年から1年半はかかる。交渉が成立しても新条約を承認に至るまで1年半かかる。短期間の成果は期待できない。

米通商代表部は7月17日に16ページにわたる「NAFTA再交渉の目標の要約」と題する文書を発表し、再交渉の目的を明らかにしている。最初に目標として「対NAFTAに対する貿易赤字を縮小すること」を挙げている。繊維、アパレル、農産物の輸出に対する非関税障壁の撤去を主張している。詳細な交渉項目を掲げているが、それが実現しても、貿易不均衡が解消できるとは思われない。

トランプ大統領はイギリスとの二国間協定の締結を目指している。7月末に国家経済会議のコーン委員長を中心に作業部会の会合を開き、二国間交渉の内容を検討する予定になっている。だが、イギリスのEU離脱が実現しない限り、実際の交渉を始めることはできないだろう。また、対中国通商政策では、ロス商務長官とムニューチン財務長官を中心に包括得経済対話を通して貿易不均衡改善を求めていく方針である。

またトランプ大統領はロイターとの記者会見で「米韓自由貿易協定」に触れていた。7月12日にUSTR(米通商代表部)は韓国政府に同協定の再交渉を通告した。ライトハイザーUSTR代表は、30日以内に協議を始め、再交渉の議題を検討する意向を明らかにしている。ただ、韓国政府は、「協議に応じるが、それが協定の再交渉の開始を意味するわけではない」と慎重な立場を取っている。これも先行きは不透明である。中国からの輸入品の関税を引き上げると主張する一方で、中国を為替相場操作国に指定するという選挙公約は既に破棄されている。明確な対中国通商政策は見えてこない。同時にドイツや日本などの対米貿易黒字を批判し、その解消を要求している。その手段として二国間協定を推し進めるとしているが、これも簡単には実行に移せないだろう。

輸入関税を巡る緊張も高まる気配である。トランプ大統領は国内の鉄鋼産業を保護するために鉄鋼とアルミニュームの輸入関税を引き上げるか、輸入割り当てを実施する意向を明らかにしている。7月13日、トランプ大統領は記者会見で「鉄鋼輸入は大きな問題だ。鉄鋼のダンピングで国内の鉄鋼産業は破壊されている」とし、「それを防ぐには関税引き上げか輸入割当しかない。私は両方実施するつもりだ」と」と語っている。ロス商務長官も「輸入鉄鋼が市場の25%以上を占め、国内の鉄鋼会社の稼働率は71%に落ち込んでいる」と、鉄鋼業界の苦境について語っている。鉄鋼輸入で問題となるのが、中国からの輸入である。こうした保護主義的な動きは中国から反発を招くのは必至であり、中国に輸出している国内の企業や産業団体から、中国の報復を懸念し、中国品に対する関税引き上げや輸入割当の導入に反対する声が出ている。

7月12日、ベン・バーナンキ前FRB議長、マイケル・ボスキ・スタンフォード大学教授、グレン・ハバード・コロンビア大学教授など、リベラル派だけではなく、共和党の経済政策を担ってきた著名な経済学者15名が連盟でトランプ大統領に書簡を送り、鉄鋼の輸入制限を実施しないように求めた。書簡の中で「関税引き上げはアメリカ経済に損害を与える。製造業のコストを増やし、雇用を減らし、消費財の価格上昇を招く」と指摘されている。

8. 原理原則なき外交政策

トランプ大統領の外交政策、安全保障政策の迷走はさらに深刻である。G7内での孤立は言うまでもなく、政策の枠組みも見えない。評価は別にしても、外交政策と安全保障政策では、ブッシュ大統領には「ブッシュ・ドクトリン」があり、オバマ大統領には「オバマ・ドクトリン」とアジア太平洋に軸足を移す「アジア・ピボット戦略」という明確な目標があった。だが、トランプ大統領は「軍事的に世界最強の軍隊」を持つべきだとし、軍事費の大幅な増額を要求しているが、その先のビジョンは見えてこない。トランプ大統領支持の保守派は、トランプ大統領にオバマ外交の失敗を取り戻し、強いアメリカを再構築することを託した。だが、その期待は早くも裏切られつつある。

ABCとワシントン・ポストの世論調査では、48%の回答者が、トランプ大統領は世界でのアメリカの指導力を弱めたと答えている。外国の指導者との交渉で、66%はトランプ大統領を信用しないと答えている。信用できると答えたのは、わずか34%である。北朝鮮に対する対応も、信用できないが63%で、信用できるとした36%を大きく上回っている。

同様なブルームバーグの調査では、トランプ大統領は外国の指導者との交渉で、自分のビジネスや家族よりも国益を優先すると答えて割合は、わずか24%に過ぎない。トランプ大統領、あるいはトランプ一家とロシアの関係が、国民にトランプ大統領に対する疑念を強めているのかもしれない。大多数のアメリカ人は、トランプ大統領のプーチン大統領に対する弱腰を懸念している。

外交政策は行き当たりばったりの感を否めない。選挙中にはNATOは時代遅れであると、その解体さえ主張していた。だが、今は逆にトランプ大統領はNATOの歴史的役割を評価すると語っている。選挙公約では、海外の軍事的コミットメントを減らすと主張していたが、思い付きのようにシリアにミサイル攻撃を仕掛け、アフガニスタンの増派を決めている。さらに北朝鮮のミサイル実験に対しては中国政府に丸投げし、北朝鮮に圧力をかけるために派遣した空母は、実は演習の一環だったと理由を付けて日本海から引き揚げ指している。中国に対する外交政策の道筋も見えてこない。ロシアに対しては過剰に譲歩的である。

一体何が問題なのだろうか。それは政策がトランプ大統領の“思い付き”や、ホワイトハウスの大統領側近で決められていることだ。経済、通商、外交、安全保障の分野の政策を立案する優れたスタッフがいないことだ。政策立案に携わっている著名な学者や専門家の名前は聞いたことはない。そもそも、3000~4000名と言われる各省の政治任命人事の多くが決まっていない。政策がふらつき、明確かつ具体的な方針が打ち出せないのは、トランプ政権の内部に原因があるからだ。

『ワシントン・ポスト』のコラムニストのジェニファー・ルービンは同紙(7月18日)に寄稿した記事の中で「有権者はトランプ大統領の外交政策のやり方を信じていないが、それは当然のことだ。単に大統領が無知であり、無能であり、粗雑であり、衝動的であり、規律がないだけではない。有権者は、外国の脅威に対してトランプ大統領は国民の側に立っているのかと疑問を抱いているのである」と書いている。

9. トランプ大統領の将来の影を落とす弾劾問題

7月12日、民主党のブラッド・シャーマン下院議員が、トランプ大統領がコミーFBI長官にフリン元補佐官の捜査を止めるように指示したのは「司法妨害」に当たるとして、下院に正式に「弾劾告発書」を提出した。メディアでトランプ大統領の弾劾が取り沙汰されているが、正式な「弾劾告発書」が提出されたのは、これが最初である。大統領の弾劾は司法委員会が弾劾調査を行うかどうかを決議し、公聴会などの検証を経て、下院総会の過半数の賛成で成立する。ホワイトハウスのサンダース副報道官は、下院で共和党が過半数を占めていることから、「弾劾告発書の提出はまったく馬鹿げたことで、政治ゲームに過ぎない」と、一笑に付している。

民主党内にも「弾劾告発書」を提出するのは時期尚早であるとの意見が強い。民主党の下院院内総務のペロシ議員は、当面、弾劾を求めるよりは、下院で大統領選挙へのロシアの介入を調査する独立調査委員会を設立することを優先すべきだと主張している。ただ、民主党下院議員の中にはマックス・ウバー議員、アル・グリーン議員、ジャッキー・スペイアー議員は「弾劾告発書」を提出してはいないが、公然とトランプ大統領の弾劾を主張している。こうした民主党内の動きに対して、シャーマン議員は「権力の乱用、司法妨害から我が国を守る長い闘いの始まりであり、勝ち目のない賭けだが、共和党がトランプ大統領を追放する法的な手段を確立するものだ」と、自らの意図を説明している。

米国憲法第2章第4条には、大統領は「反逆罪、収賄罪、その他の重大な罪(high crime)、または軽罪(misdemeanors)につき弾劾の訴求をうける」と規定されている。現在、「司法妨害」を理由にトランプ大統領の弾劾を求めている。だが憲法の規定では「軽罪」でも弾劾訴追をする理由になりえる。その意味で注目されるのは、現在、司法省の独立検察官が行っているトランプ大統領の捜査の行方である。単にロシア政府の大統領選挙介入問題だけでなく、トランプ大統領とその家族のロシア・ビジネスなども捜査の対象になるだろう。さらにトランプ大統領の息子が電子メールでロシア政府が大統領選挙でトランプ陣営を支援し、クリントン候補にマイナスになる情報を提供する約束をしたことも明らかになった。

これからも、ずっと弾劾問題がトランプ大統領の将来に暗雲を投げかけ続けるだろう。

10. 支持者のトランプ離れが起こる可能性も

党派別支持者の動向にも変化が表れている。ギャラップ調査では、トランプ政権が発足した2017年1月には共和党支持は28%、民主党支持が25%、無党派が44%だったが、6月になると共和党支持は2ポイント減の26%、無党派も同様に42%に減ったが、民主党支持は5ポイント上昇して30%となっている。民主党にやや風が吹き始めたが、その影響が共和党地盤のオクラホマ州の連邦下院の補欠選挙に現れた。7月11日に行われた同州の2選挙区の選挙で民主党が勝利を収めた。今年に入ってから行われた補欠選挙で民主党は4議席増やした。

トランプ大統領の支持率の低下が続くと、来年の中間選挙で共和党の候補者は苦戦を強いられるだろう。もしトランプ候補で戦えないという雰囲気が出てくれば、トランプ大統領の求心力は一気に低下する可能性がある。弾劾を巡る動向がどうなるか不透明だが、短期間で決着が付く問題ではない。トランプ大統領は常に弾劾の脅威に晒されながら政策運営をしていかなければならない。もし多くの共和党議員がトランプ大統領を見捨てれば、下院での大統領弾劾の動きが加速するかもしれない。本文の最初に書いたトランプ大統領の“レーム・ダック化”はさらに求心力を低下させることになるだろう。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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