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ワンオペ・うつ・コロナ禍…孤独なママのそばに。3.11後も広がる訪問子育て支援【#知り続ける

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
母親は育児と家事で心身が疲れがち。話をしたり子供と遊んでもらうだけでもほっとする(写真:アフロ)

イギリス発祥の家庭訪問子育て支援ボランティア「ホームスタート」。日本でも2009年から、各地で活動が続いている。東日本大震災後に、東北地方で始めた団体も少なくない。震災後から10年の2021年、宮城県石巻市でもホームスタートが始まっている。コロナ禍に、対面の活動は難しさもあるが、ボランティアの研修を受ける希望者は増えているという。筆者は、福島県いわき市での取り組みを取材したご縁で、NPO法人「ホームスタート・ジャパン」の10周年記念冊子「いっしょにいるよ。」の作成に協力した。その中から、原発事故の影響で避難した母親たちの体験談を紹介する。子育て家庭の思いと、コロナ禍の支援・ウクライナにも心を寄せ行動し続ける団体の志を、知っていただけたらと思う。

体験談【震災で避難した親子、同郷のボランティアに出会って】

福島県いわき市「ホームスタート・こみゅーん」

NPO法人Commune with(こみゅーん うぃず)助産師が運営

利用したママ・Aさん (30代)原発事故の影響で避難し、転々としたのち、いわき市に移り住む。子どもは3人

●0歳・2歳抱えて引きこもりに

 いわき市に住むAさん(40代)は3児の母です。2015年に2人目を出産した時は、1人目の長女と10歳以上の年齢差があり、大変な記憶はありませんでした。ところが2歳差で3人目を出産し、0歳と2歳の子を抱えて、うつっぽくなってしまいました。

 お産でダメージを受けた体が回復しないまま、数時間おきの授乳やおむつ替えで、睡眠不足の生活が続きます。2歳の子を外に連れ出したくても、夫は仕事で日中はいない。平日は、2人の子と3人で自宅に閉じこもっていました。産後2か月ごろ、友人に聞いていたホームスタートに申し込みました。

 助産師のオーガナイザー・草野祐香利さんが自宅に来て、ホームビジターのBさん(50代)を紹介されました。Bさんも、多感な長女と、同じ年ごろの子を持つ母。「訪問が、とても楽しみでした。長女の話をきっかけに、すぐ打ち解けました」

●避難先を転々…出身を隠していた

 Aさんは、福島第一原発の事故で大きな影響を受けた双葉郡の出身です。震災後、家族で福島県内を転々として、2011年の夏に双葉郡に隣接するいわき市へ移り住みました。「双葉郡の出身だと知られると、『賠償金があっていいね』『出身を言わないほうがいいよ』と言われたこともあり、ママ友にも話さないようにしていました」

 初めてBさんが来た日。子どもたちを連れて出かけた道の真ん中で、ベビーカーを押しながら、Bさんははっきり言いました。「私、双葉郡の出身なのよね」。Bさんは「こそこそしたってしょうがないよ」と続けました。Bさんは強い人だなと思って、Aさんはそれまでの肩身の狭い思いが一気に晴れました。

●子どもと出かける自信ついた

 「当時、行きたい公園が二つありました。赤ちゃんと2歳の子を連れて行く自信がなくて。2回目の訪問時は、『Bさんと一緒なら行けそう』と近いほうの公園に行ってみました」。3回目にBさんが来た日は、遠いほうの公園へ。Bさんがあうんの呼吸で、子どもをかわるがわる見てくれました。4回目は最後の訪問で、Bさんとスーパーへ行きました。それまでは、自由に買い物もできませんでした。

 Aさんは、Bさんが寄り添ってくれた時間を通して、子連れで外出する自信を取り戻しました。何気ないおしゃべりも楽しかったし、避難の話題になれば、Bさんは共感してくれて、精神的な重圧を解放できる時間でもありました。今も、心にはずっとBさんの存在があります。「先のことはわからないけれど、毎日がにぎやかで楽しい」というAさんは、しなやかな強さを身につけています。

●支える側も予想外の人生に

 ホームビジターのBさんも、震災によって予想外の人生を歩んでいます。Bさんは長年、双葉郡で教師をしていました。夫も教師。学齢期だった子どものために、知り合いもいない県内の会津地方に避難して、学校に勤めることになりました。

 慣れない生活はきつく、受験を控えた娘は学校に行けなくなりました。進学するために模索し、Bさん一家はいわき市に引っ越して、夫婦で教師の仕事も決まりました。「ところが、会津の学校になじんだ息子は転校後、学校に行けなくなった時期があり、『自分の子をおいて、学校の仕事に行く意味は何だろう』と考えました」

●親子の笑顔に喜び…痛み抱え前へ

 そのうちBさんも過労で倒れ、休職。定年まで勤めるつもりだったのに、家庭を修復するため、Bさんは震災から数年して退職しました。教師をやめて、初めて新聞をめくるゆとりができました。ある日、目に入ったのが草野さんとホームスタートの記事。思いたち、講座を受けてホームビジターになりました。

 活動を始めて、2人目に出会ったのがAさんでした。「最初、Aさんは思うように出かけられなくて、もどかしさがあったでしょう。でも、時期が過ぎたら、あんなこともあったよねと笑える人なのだろうと思いました。家庭訪問を利用したいって申し込むのも勇気がいること。4回の関わりを通して、Aさんは変わっていきましたね」

 いわき市には、避難や仕事のため引っ越してきて、孤立しがちな家庭も多いそうです。「自分も避難して、いわきでお世話になっている。訪問した親子の笑顔を見ると、役に立てる喜びを感じます」。Bさん一家も、痛みを抱えながら、前を向いています。

(Yahoo!ニュース個人に公開した記事を再構成し、冊子に収録)

孤独なママ、そして役に立ちたい人たちへ【東北で続々と活動開始】

なかのかおり撮影
なかのかおり撮影

●3万人の親子に8万回の訪問

 この10年で、ホームスタートは、29都道府県110地域へとひろがり、3万人の親子に8万回訪問し、「親子のつながり」、「地域のつながり」を育くんできました。それぞれの町で、日々、新しい出会いがあり、それぞれに物語があります。この冊子でご紹介したお話は、そのほんの一部です。

●東日本大震災の被災地 岩手・宮城・福島での出会い

 2011年3月、会津で学習会を開催した直後、東日本大震災が発生しました。当時、ホームスタートは全国でも19地域のみでしたが、一緒に募金を集めて、被災地の子育て家庭を支えるための準備に動き出しました。たくさんの乳幼児家庭が、住み慣れた町を離れ、避難生活を始める中、「やはり、今、始めなくては」と、福島県で2団体が立ち上がり、県外に避難した親子への支援も各地で始まりました。その後、イオンとNGOとの被災子育て家庭支援協働事業に取り組み、5年間で、岩手・宮城・福島で17の地域拠点が誕生しています。

●いつかきっと、地元で始めたい

 震災後から10年が経った今年、宮城県石巻市でホームスタートが始まり、福島県南相馬市では、避難先でホームビジターになった人たちが故郷に戻り、団体を立ち上げました。現在は、オーガナイザーとして、地元の子育て家庭を訪問しています。「いつかきっと地元で」の想いをあたため続けて、今があります。

●どんな時も、どんな状況でも

 近年では、台風や豪雨などの災害も各地で発生しています。また、最近は新型コロナの影響で、孤立感やストレスが今まで以上に家庭内に溜まりやすくなっています。実家を頼れない妊婦さんのSOSも増えており、コロナ禍で収入が激減した家庭を生活支援に繋ぐこともあります。社会の閉塞感が高まる中で、誰もが気軽に利用できる、訪問支援の意義を改めて実感しています。

 ホームスタートは、産まれる前でも後でも、どんな時もどんな状況でも、目の前にいる親子のありのままを受け入れ、気持ちに寄り添い、いっしょの時を過ごします。その原点を大切にしながら、全国の仲間と共に活動を続けています。

●ホームスタートがうちの町にもあったらいいのに

 ホームスタートの活動拠点は、年々増えていますが、まだ、一部の地域に限られており、「利用したい」という問い合わせがあっても、すべてに応えられない状況が続いています。

 誰でも気軽に、そして、安心して訪問支援を利用できるようにするには、ボランティアをしっかり支える体制や研修が欠かせません。また、そのための活動資金も必要となります。

●子育てを支え合うまちづくりをあなたもいっしょに!

 ホームスタートは、1つの花が、また新しい種を生むように循環し、世代を超えて地域全体に広がっていく、支え合いの子育て支援です。「私も、お世話になったホームビジターさんのように、いつか誰かの力になりたい」と活動に参加する人も年々増えています。寄付を通じて活動を支えるサポーターもいます。「これなら私もできるかな」、という方法を選んで、ぜひご参加ください。

 これからも、みなさんと『いっしょに』子どもたちの家族との日々を支えていきたいと思います。(事務局の呼びかけ、冊子に収録)

★ホームスタートのサイトhttps://www.homestartjapan.org/

【全国の利用者・ホームビジターと、オンライン取材でつながって】

 冊子「いっしょにいるよ。」は、緊急事態宣言が出る直前の2020年春にデザイナーやフォトグラファーと打ち合わせした後、オール・リモート作業で2021年に完成させた。東北から九州まで、全国各地の利用者・ホームビジターにオンラインで出会い、取材した。デザイナーも在宅ワークになったため、やりとりがもどかしい部分もあったが、完成まで見ていただいた。

 これまでに、冊子は事務局から全国の115地域に7000部発送、ホームスタート・ジャパンの関係者に約100部発送(無料配布)。現在は、寄付として500円で冊子を送付しており、以下のサイトでクレジットカード決済で寄付購入できる。

https://kessai.canpan.info/org/homestartjapan/donation/102368/

 ロシア侵攻によるウクライナの情勢を受け、事務局はヨーロッパのホームスタート関係者と情報交換をした。ポーランドやハンガリーのホームスタートは動き始めているようで、日本でもホームスタートでできることはないか模索するそうだ。東北や各地の被災地でサポートを続けつつ、世界にも目が向くのは、ホームスタートがワールドワイドな活動だからだろう。ちなみに、日本のホームスタート活動は外国人家庭も支援しており、利用者からボランティアになったドイツ人女性のインタビューも、冊子で紹介した。

 もちろん今、日本でも、長引くコロナ禍で、子育て家庭のストレスは最大になっている。感染症に関しては、保護者の考え方もそれぞれで、すぐ身近で感染が出ているにもかかわらず、価値観の違いによるあつれきも生まれている。同居家族全員に影響が出ることであり、神経を使わざるを得ないと思う。

 子育てに不安や孤独を感じている人、また、誰かの役に立ちたいと考えている人は、ホームスタートに問い合わせてみてほしい。

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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