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産後うつ 訪問助産師が見た乳児家庭

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
乳児訪問で見えてくるものは(ペイレスイメージズ/アフロ)

産後うつを体験して現在はサポート活動をする女性の物語を記事にしたところ、およそ1800件のコメントが寄せられた。共感の声が多く、産後の大変さを改めて考えている。産後ケアの専門職が見る現状はどうなのか。乳児訪問をしてきた助産師に聞いた。

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●祖父母も介護・再雇用で頼れない

産後の家庭の現状について、東京都内の自治体から依頼され乳児訪問をしてきた助産師のBさんに話を聞いた。Bさん自身も3児の母親として子育て中の30代だ。

「生後4か月までに1回は、保健師や助産師などの家庭訪問があるのがスタンダード。障害や低体重など心配があれば追加で訪問します」。昨年度、国は産後2週間と1カ月の2回、産後うつ予防の費用助成を始めたが、産後の取り組みは自治体により差が大きいという。

「私が初めて出産した7年ほど前と比べると、産後の状況はかなり変わりました。赤ちゃんの祖父母に頼れない家庭が増えたと感じます。祖父母もその親の介護があると、孫の世話まで手が回らない。退職後の再雇用で仕事を続ける祖父母が増え、里帰り出産しても日中は母子しかいない。お母さんが地方から都市部に移り住んで実家が遠方だと、気軽に来られないですし…」とBさん。

●産後にすぐ仕事復帰を考える

「働く母親はさらに増えましたね。乳児訪問の時、今の話よりも、職場復帰を見すえて母乳をいつやめればいいか相談され、体がきついのに大変だなと思います」

育休は短くなり、どんどん復帰していく。働く母親が当たり前になり、職場で風当たりも強い。「私自身が保育園をどうやって見つけたか聞かれることも。小学生になると時間短縮勤務が使えなくなる職場も多く、学童保育に入れるか心配ごとも増える。2人、3人と出産すれば産後がずっと続き、お母さんは大変なストレスにさらされています」

Bさんは、一気にスマホが普及していい点も悪い点も目につくという。「気晴らしになったり、遠くにいる昔の友達とやりとりしたり便利な部分もあります。でも弱っているときに、マイナスの情報ばかり目について落ち込むママもいるので付き合い方は大事ですね。例えば、『母乳 出ない』『体重 増えない』などと検索し、情報が欲しかったのに、バッシングされている書き込みを見てしまったらつらいでしょう」

●何がつらいのかつかむ手助け

では実際の乳児訪問で、どのようなサポートをするのだろうか。「赤ちゃんの体重を測って様子を見たり、お母さんの話を聞いたり。自分が産後にしてほしかったことをします。洗濯が終わったタイミングだったら、抱っこしているから干してと声をかけます。干しながら話せますし。お母さんが実母と大げんかした場面に出会うことも。親子は甘えもありトラブルになりやすいとアドバイスしますね。希望があって沐浴のやり方を見ると、あっという間に時間が過ぎます」

母親と話しながら、寝ていないのがきついのか、母乳やミルクの悩みがあるか、夫に不満なのか、義理の家族との関わりがつらいのか、キャッチする。「何に悩んでいるか整理できず、もやもやしている人も多いので、それをはっきりさせるだけでほっとする場合もあります。赤ちゃんが元気だしおっぱいも出る、旦那さんや祖父母との関係がいいから悩みはないでしょうで済ませず、答えが出ることなら出します」

虐待やうつなどがうかがわれ、支援が必要と感じたら管轄の保健所へ報告して保健師に対応してもらうという。「私は訪問時に、保健所と情報を共有しますねと確認します。訪問は保健所の開いている時間にし、緊急時はすぐ報告できるようにしています」

●相談先の一覧は「紙」で渡す

情報提供も大事だ。スマホで検索するのも、産後は疲れるもの。Bさんは、母乳外来や発熱時の連絡先など一覧の紙を渡したり、自治体から配られた冊子にさっと付箋を貼ったりする。

Bさんはこう感じている。「キャリアを積んだ女性は、計画的に妊娠して、バースプランをたて、予定通りに出産して達成感を得る。ところが産後はおっぱいが出ない、赤ちゃんが泣き止まないなど思うようにならないことの連続ですからつらくなります」

出産して入院中は、お世話の練習や体のチェックだけでなく、知人への連絡や面会、もらったお祝いをメモするなど慌ただしくて、ゆったり休めない。「100の情報を出されたうち、1わかれば十分。無事に生まれて退院できたらラッキーと思ってください。自宅に帰り、悩みがあれば産院に聞いてみましょう。産院に連絡しづらければ、母乳相談や助産院などに連絡してみて」

●タワマン、親子がいても顔合わせず

孤立した母親たちの姿も浮かび上がる。都心部はタワーマンションが多いが、住民が多すぎて同じぐらいの親子が顔を合わせる機会が意外と少ない。「親子が大きな船で迷子になっているみたいです。訪問したお母さんに、このマンションにもたくさん赤ちゃんがいるんでしょうねと言われることもありますよ」とBさん。

Bさんの話を聞き、筆者も産後のことを思い出した。筆者は、産前産後に夫が海外に単身赴任となり、身内は高齢・遠方で頼れなかった。まだ保育園に行っていなかったし、地域のママたちとつながりも少なかった。

産後4か月ぐらいのとき、つらさが募って地域の保健センターにアポイントをとった上で娘を抱っこして赴いた。乳児訪問の時と同じ保健師と話したところ1時間、説教された。

「大きい会社に勤めているんだから、お金で何とかなるでしょ」「実の母を呼べば来るのが当たり前。あなたの母子関係に問題がある」など。

●保健センターで打ちのめされた筆者

その時は打ちのめされ、娘を抱えて途方にくれた。自分が具合が悪くなった時は娘の世話をどうするか役所に聞いたが、窓口は休日や夜間は連絡がつかないし、自治体の託児も急には使えない。本当に困ったら遠い乳児院に自分で連れて行くようになっていた。

同じマンションのファミリーサポートさんは、ミルクなど練習してから都合のつく時間なら預かれると言って下さったが、忙しい家庭で実際のサポートは難しかった。

シッターなどのサービスも、いつでも駆けつけてもらえるわけではない。助成を使って事前に予約した上で産後ヘルパーを頼み、出産した病院のカウンセラーにかかり、助産師の母乳ケアを受けた。友人たちには重くならないよう、何人かに分散して話したり買い物を頼んだりして助けられ、綱渡りの産後だった。

●母親を満たす周囲のサポート

特定非営利活動法人 東京コミュニティミッドワイフ活動推進協議会 産後の早期訪問でママに安心をプラス事業 報告書より
特定非営利活動法人 東京コミュニティミッドワイフ活動推進協議会 産後の早期訪問でママに安心をプラス事業 報告書より

Bさんは「出会う専門職との相性もありますよね。私が受けた初めての乳児訪問は、形だけでした。私は母親としては初心者だったのですが、助産師ということで気を使われてしまいました。末っ子の時は、とてもいい助産師さんが来て、話すだけで気分転換になりました」と語る。

産後をケアする専門職に注目すると、赤ちゃんの増えている自治体は助産師が足りず、質が問題になる。「子育て中の助産師も増えています。余裕のない時に乳児訪問をすると判断もにぶるから、心身を整えて行くようにと先輩に教えられました」。Bさんが学生の時に使っていた助産師の教科書で、「母親のエネルギー」というミルクピッチャーを使った例えがあるそうだ。

母親という器に、専門家のケアや理解、家族のサポートと愛情、地域の力などが注がれてエネルギーが満たされ、赤ちゃんを世話する源になるという考え方。「このミルクピッチャーはずっと私の根底にあって、ケアの提供者自身が満たされていなければ、よいケアを届けることはできないと思っています」(Bさん)

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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