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松竹芸能一筋35年。「シンデレラエキスプレス」が語る松竹のカタチと若手が育つ理由。

中西正男芸能記者
「シンデレラエキスプレス」の松井成行さん(左)と渡辺裕薫さん

結成35年を迎えた漫才コンビ「シンデレラエキスプレス」。10月1日には笑福亭鶴瓶さんらをゲストに迎え、記念公演(大阪・エルセラーンホール)も開催します。松竹芸能一筋に歩んできた芸人人生で、松井成行さん(59)、渡辺裕薫さん(55)が噛みしめる松竹の意味。近年、同社から「なすなかにし」、キンタロー。さん、ヒコロヒーさん、みなみかわさんら注目株が育ってもいますが、その根底にある松竹ならではの土壌とは。

ポケモンの世界

松井:35年ですか。振り返ってみると、コンビを組んで数カ月でNHK上方漫才コンテストの優秀賞をいただいたんです。今から思うと、それがあったから今に至るまで芸人を続けてこられたんだと思います。

芸人としての“ライセンス”を早い段階でいただけた。「芸人としてやっていってもいいですよ」というものをもらえたからこそ、今があるんだろうなと。とことん、大きな巡り合わせだったと感じています。

渡辺:僕らは松竹芸能の養成所出身なんですけど、当時はまだ養成所もビジネスモデル化されていない時期でした。人数も少なかったですし、1年だけじゃなく、どういうルールなのか(笑)、7年ほど在籍している方もいらっしゃいましたし。

僕らが入ってしばらくしてから森脇健児さんや山田雅人さんがブレークするんですけど、それでも「松竹って、若手はいるんですか」というくらい認知度が低い状況が続いてもいました。

正直、養成所を出た人への風当たりも強かったです。「学校なんか出て、何ができるんだ」と。

そらね、そう思われるのもやむなしだと思います。当時の松竹のベテランさんは強烈な方々ばっかりでした。皆さんの目を見ても、ま、普通じゃないですから(笑)。

芸人になろうと思ってなった方は実はあまりいなくて、当時の松竹はあらゆる艱難辛苦を経て芸人になった、たどり着いた人が多かったんです。

プロフィールで見ている以上の迫力。流転の人生を経ての厚み。ただものではない感じが皆さんから漂っていました。そんな方々からしたら「学校なんか出て、何ができるんだ」という思いも当然のものだったと思います。

周りがモンスターばかりのポケモンの世界。しかも、ダークライみたいな、いかついモンスターばっかり(笑)。ただ、その中で日々経験を積むというのは、この上なく特殊なスパーリングだったと思いますし、得難い時間だったと思っています。

その圧をダイレクトに感じた最後の世代が僕らだったのかなとも思っています。

松井:そんな中で劇場に出る。一筋縄ではいかない日々でしたけど、今から思うと、それだからこそ身についた筋力もあるんだろうなと思います。

ネタにしてもいろいろなご意見をいただきつつ、15分、20分の長さのものをする。本当に大変ではありましたけど、その分、助かっているとも感じます。

渡辺:あと、師匠方からありがたい心得というか、お言葉をいただくことも松竹は多いのかなと思います。

吉本興業に所属している「中川家」君らと話していて言われるのは「松竹は、師匠方との距離が非常に近いですね」ということなんです。吉本にもたくさん師匠方はいらっしゃるものの、そこまで日常的に接することはないと。

所帯が小さいということもあるんでしょうけど、実際、酒井くにお師匠には毎日のように飲みに連れて行ってもらってました。

当時、僕は20代。遅くまでお酒をいただいて、翌朝早くからアルバイトがあったので「師匠、すみません。アルバイトに行かないといけなくて」とお伝えすると、師匠が「なに言ってんのよ、芸人は芸事で早く起きるのよ。バイトのために起きるんじゃないのよ」と。

ただ、それでも生活があったので「バイトをしないと食えないんですよ」と僕が返すと、師匠がおっしゃったんです。

「食えるわよ!『これで食う!』って願うのよ」

当時はね、ま、師匠が言ってくださっているものの「いや、とはいえ、バイトしないとどうにもならないし、師匠はそれでいけたかもしれないけど…」という思いが正直ありました。ある種の理不尽を感じるというか。

でもね、今は意味が分かります。本当によく分かります。

アルバイトに気がいくのではなく、本気で芸事に気持ちの軸を置きなさい。そうすれば、見えるもの、変わることがあるということだったんだなと。

「これで食う」と心から思うと、自ずと優先順位がハッキリしてくる。何より芸が一番になるし、アルバイトをするにしても、お付き合いやネタ作りに絶対に差し障りがない時間を選ぶようになる。何が大切で、何が大切ではないかが明確に精査されていく。その結果「食える」ようになるんだと。

本当に大切で、大きなことを教えてくださっていたんだなと思います。

松竹芸能という土壌

渡辺:あと、総じて、先輩方の言葉を振り返ってみると「今は、芸人がみんな仲良くし過ぎちゃうか」という部分もあるのかなと感じます。

これを言うとね、松竹芸能としたら耳の痛い話にもなるかもしれませんけど、生前、正司敏江師匠がおっしゃってたんです。

普段、敏江師匠は楽屋でみんなの“おもちゃ”にならはるんです。みんなからイジられるというか。コンビ時代はそんなことはなかったんですけど、一人になって生きていく術としてイジられることもお選びになったのか。

本当にね、どこでも、誰とでも、ポップなやり取りをされていたんですけど、ある時、楽屋でスッと僕の方に寄ってきて、ポソッとおっしゃったんです。

「見てみ、みんな仲エエやろ。なんでか分かるか。それはな、誰も売れてへんからや。売れたら意地悪される。ウチも意地悪された。みんな売れてへんから、意地悪がないねん。こういう穏やかな空気も大事やけど、芸人として上にいくことを考えたら良くはないわな」

そんなシュートなことをおっしゃって、また皆さんにイジられに戻るわけです。基本的に芸人の世界が、そして、芸人が大好きな方でしたけど、だからこそ、本質を見てらっしゃったんだろうなと。そして、そこがブレることはなかったんやと思います。

今のお笑いはチーム芸みたいなところもあるし、関係性を築くことはとても大切なことです。だけど、かつてのバチバチ感から生まれるものもあると思いますし、実際、僕らの若手の頃はしっかりそれを味わってもきました。

松井:基本として、松竹はそこまで大きな世界ではないので、そういったニオイも含め、エッセンスをより濃く若手も受けることになるんでしょうね。

渡辺:今、松竹の若手が育ってきているとも言われますけど、理由があるとすると、会社に“寄りかからない”ということじゃないですかね。

もちろん、会社は芸人のためにアレコレやってくださっているわけです。ただ、そこに寄っかかってばかりでは何も始まらない。

これも、松竹としたら忸怩たる思いになる話かもしれませんけど、吉本さんのなんばグランド花月のような「一生懸命頑張れば、そこでネタをやることで収入と芸人としての価値を保てる場がある」という部分は薄い。

でも、その中で地位とキャリアを築いてこられた師匠方が事実いらっしゃる。会社に所属はしているんだけど、そこにばっかり頼っていてはいけない。頼ってられない。

この松竹ならではの空気感と向き合って、結果、腹を決める。そんなスタンスでやっている若手の中で、注目される存在が出てきているのかなとは思います。今、出てきている人たちは、良い意味で、しっかりトガってますもんね。

松井:若い人たちも頑張ってますけど、僕らもここから先を見据えると、次は40年、50年という節目にもなってきます。

なんとかそこまでできるよう、結果的に松竹芸能史上最長コンビを目指せるくらいまで、やっていけたらとは思っています。

ただ、僕ももう還暦間近ですし、これから先やっていくにはやっぱり健康第一です(笑)。年々、お酒は控えるようになってきました。

あと、これは自分の中のルールとして、体重は若手の頃からずっと60キロでキープしています。時期によって、1~2キロのプラスマイナスもありましたけど、基本的にそこのラインは崩さない。人前に出る仕事で、そこが保てていないのは、なんでしょうね、僕からすると美しくないというか。

渡辺:先輩方の姿を見ていると、年齢がいくほど動くネタをされている方も多いですし、なんていうんでしょうねぇ。「落ち着かない」。これが芸人としては大事なんだろうなと思います。

そうなると、やっぱり体が資本ですからね。僕はチョコレートやラーメンが好きなんですけど、そこを我慢すると爆発しちゃうので、甘いものはチョコ以外食べない。ラーメンのスープを飲みたいから、他のところは極力減塩する。そのルールは守っています。

…ま、とは言っても、チョコもラーメンもしっかり食べてますから、どこまで有効なのかは分かりませんけど(笑)、何かしら自分に負荷をかける。それがないとダメだとは思っています。この面白い世界で、年月を重ねていくためには。

(撮影・中西正男)

■シンデレラエキスプレス

1964年9月16日生まれの松井成行(まつい・なりゆき)と67年11月3日生まれの渡辺裕薫(わたなべ・ひろしげ)が88年に結成。89年、NHK上方漫才コンテスト優秀賞を受賞。90年にはABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞を受賞。2009年には上方漫才大賞奨励賞を獲得する。松井は大阪出身ながら熱烈な巨人ファンとして知られる。渡辺は映画好きとして知られ、日本アカデミー協会員でもある。コンビ結成35周年記念公演を10月1日に大阪・エルセラーンホールで開催。公演は午後12時半開演の「寄席編」(ゲスト・近藤光史、笑福亭鶴瓶)と同3時半開演の「ライブ編」(ゲスト・有野晋哉、ますだおかだら)の二本立てとなっている。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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