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「車いすの自分も見てもらう」。蝶野正洋が語るプロレスラーの矜持

中西正男芸能記者
杖を手に、今の思いを語る蝶野正洋さん

 日本テレビ「笑ってはいけない」シリーズで強烈なビンタを見せてきたプロレスラーの蝶野正洋さん(58)。数年前から腰痛に悩まされ、昨年からは杖なしの歩行が困難な状況にもなっていました。先月、脊柱管狭窄症の手術をし術後は車いすでの生活になっていましたが、リハビリで日に日に状況が改善され、自身のYouTubeチャンネルでもその流れをオープンにしています。強さを売りにするプロレスラーとしてトップを走っていた蝶野さんがありのままの姿を見せる理由とは。

睡眠時間2時間

 腰が気になり始めたのは5年前くらいですかね。2017年にTOKYO MXの「バラいろダンディ」のMCをやり始めた頃からだと思います。

 100メートルほど歩くと足がしびれてきて、立ち止まっちゃうんですよ。それでも何とかごまかしごまかしやってたんですけど、19年の春ごろからだんだん背中が曲がってきたんです。側弯症だということで治療を始めたんですけど、なかなか改善されず、20年からは1カ月ごとにどんどん悪くなるような感じでした。

 杖は使いたくなかったんだけど、何かにつかまらないと歩けなくなってきて、杖を使い始めたのが20年の春。さらに杖が1本ではつらくなってきて、まだ力が入る右足と2本の杖で歩くような感じになっていきました。

 それがもっと進んでいって、痛みで夜も眠れなくなってきた。よく寝られて2時間ほどという状態だったので「これはもうやるしかない」と手術することを決めました。そして、先月上旬に腰にメスを入れたんです。

 病名としてはね、最初に言われたのが側弯症。そこから椎間板ヘルニア、腰椎すべり症の診断を受けて、そして今回手術したのが脊柱管狭窄症。

 このあたりはね、合わせ技というか、特にレスラーみたいに昔から酷使してる人はこのあたりのダブル、トリプルは当たり前になっちゃってるんですよね。

変化をどう受け入れるか

 手術して麻酔から覚めると、体中に点滴や尿を取るカテーテルなんかの管が入っててその痛みはあったんですけど、ふと気づくと、これまでの腰や足の痛みがなくなってるんです。

 これは本当に驚いたし、まさに爽快でした。ただ、これまでは杖と上半身に頼ってまともに足を使ってなかったから、その分、筋肉や神経が衰えちゃってる。痛みはないんだけどスッと動かないんですよ。

 なので、術後は車いすでの移動で、そこからはひたすらリハビリの日々です。とにかく凝り固まっていた筋肉をほぐして使えるものにする。ただ、これが毎日進歩があって、本当に幸せを感じるんです。この前も下着がスッと履けて、それがすごくうれしくて。

 これまでは老化だったり、どんどん自分が衰えていく怖さがあったんですけど、今回のことでその逆のベクトルというか、小さな変化にうれしさを感じられるようになりました。

 パンツが履けたり、ションベンを終えた後にスッと体がターンできたり、そんなことなんですよ(笑)。ただ、その一つ一つがすごくうれしいんですよ。

 変化をどう受け入れるか。それが幸せにも不幸せにもなる。そのことを改めて痛感しています。人ってそういうことなんだなと。

全てを見せる

 術後2週間ほどで車いすは要らなくなって、今は杖での歩行という状態になりました。ただ、車いすの生活を経験して、純粋に便利なものだなとも思いました。

 初めて使ったのは去年の秋に仕事で北海道に行って空港で長い距離を歩かなきゃいけない時だったんですけど、乗ってみると「こんなに便利なものなんだ…」と。

 自分は若い頃からトレーニングもしてきたし、何と言うんでしょうね、楽をしちゃいけないみたいな感覚があったんですよ。

 だけど、別に楽をするわけじゃなく、その時に応じたものを使って、そちらの方が便利にスムーズに暮らせるのであれ、それはそれでいいじゃないか。その感覚というのは、この歳になって、この状況を経験して得たものでもありました。

 ただね、それと同時に、やっぱり、杖をついてるところとか、車いすに乗ってる自分を見られることへの抵抗もありました。正直な話。取材や仕事でも「杖をついてるところはできたら使わないでもらえますか」とお願いすることもありました。

 でもね、本当にありがたいことに状態はしっかりと上向きだし、どんどん良くなっていく希望もあるし、だったら、全てを見せようと。車いすに乗っている自分もしっかり見てもらう。そして、そこからの自分も見てもらう。今はそう思うようになったんです。

 それが同じような病気で不安に思っている方々への力になるんであれば、何よりですし。そう思って、YouTubeでもそういう部分を出すように決めたんです。

プロレスラーの意味

 そこにはね、やっぱり(アントニオ)猪木さんの影響もありますよね。猪木さんは自分が病気と闘う姿をYouTubeで見せて、晒されることによって、自分が立ち上がらないといけない状況に持っていったと思うんですよ。

 その気持ちが今はすごく分かる気がしますし、あと、勇気をもらったのが天龍源一郎さんです。

 去年の秋にね、オレと武藤さん、天龍さん、長州さんの4人でトークショーをする仕事があったんです。

 トークショーの舞台としてリングが設営してあって、そこまで20メートルくらい花道があるという仕様になってました。

 その時点でオレはもう2本杖の状態だったんだけど、天龍さんも腰の具合が悪くて、オレよりもっとゴツイ杖をついてる状態だったんです。

 まずオレが入場した時に場内が「え、蝶野、杖ついてるよ…」みたいな空気になったんですけど、そこから天龍さんが入ってくると、もっとゴツイ杖をついて、もっとゆっくりしか歩けないわけです。

 その20メートルを10分くらいかけて入ってきたと思います。入場テーマ曲が1回じゃ足りず、3回くらい流れてましたから。

 最初のうちは「天龍、なんだあれ?」みたいな空気もあったんですけど、そのうち「頑張れー!」と声がかかるようになってきたんです。最後、リングに手でよじ登ってくるんですけど、もうその時点では大歓声ですよ。オレも涙が込み上げてくるような感じだったし。

 聞くとね、最初は天龍さんもその姿を見せるのはイヤだったみたいなんです。でも、以前にも同じようなシチュエーションがあったそうで、そこでいつしか大歓声が起こる様を見て、それが今の自分なりのプロレスであり、お客さんへのアピールだと思ったんだと。

 それを聞いて、改めて天龍さんのすごさを思い知りましたし、これこそがプロレスラーだと思いました。屈強な肉体と技を見せるのだけがプロレスじゃないんだと。なのでね、次はオレがあれをやってやろうと思ってます(笑)。

盟友のエール

 もうすぐ60代に突入していく中でね、もちろん健康でありたいと思うのが第一の思いです。まずは杖もなくスッと歩きたいとか、次はゴルフがしたいとか、これからへの欲が出てきました。

 そんな思いの原動力というのかな、それがね、武藤さんが言ってくれてる言葉なんですよ。

 「お前、早く治せよ!それでよ、一緒に引退式やろうぜ。デビュー戦で試合して、引退式も一緒にやるなんて今までねぇんだから。オレとお前でやろうぜ!」

 武藤さんはあんまりそういうことを言う人間じゃないし、どちらかというと悪いことばっかり言うんだけど(笑)、珍しくそう言ってくれてるんでね。

 この言葉にはね、すごく強く背中を押されています。ま、これは、頑張るしかないですよね。

(撮影・中西正男)

■蝶野正洋(ちょうの・まさひろ)

1963年9月17日生まれ。東京都出身。84年、新日本プロレスに入門。91年に「G1 CLIMAX」第1回大会で優勝。2002年、新日本プロレス取締役に就任。10年に退団してフリーになる。ファッションブランド「ARISTRIST(アリストトリスト)」も手掛ける。日本消防協会「消防応援団」、日本AED財団「AED大使」などの肩書も持ち、19年には書籍「防災減災119」を上梓。蝶野オフィシャルブログ、YouTube「蝶野チャンネル」なども展開中。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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