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職なし、金なし、希望なし。シングルファーザーが語る「あと一回だけ」の13年

中西正男芸能記者
「君たちにサンタは来ない」の著者・朝田寅介さん(中央)と長男(右)、二男

 吉本興業などが手掛ける原作開発プロジェクトのノンフィクション部門で特別賞を受賞し、書籍化された「君たちにサンタは来ない」。著者の朝田寅介さん(46)がシングルファーザーとして2人の息子を育てた13年間の思いを綴った一冊です。全財産2万円、両親の病気、長男の大事故。様々な困難が次々と降りかかり「息子を殺して自分も死んでしまおう」と何度も思ったと言いますが、その度に自分を支えてきたのは「あと一回だけ頑張ってみよう」という言葉でした。

長男の事故

 父子家庭ということは、周りの方々にも何となく伝えてはいました。ただ、どういう生活をしているかとか、具体的なことは言ってなくて。この本を読んで初めて「こんな思いをして生きていたんだ…ということを知った」と言って、泣いてくださった方もたくさんいてくださって。

 友だちや会社の人からも「以前から知ってたら、何か助けてあげられたのに。何もしてあげられなくて、本当にごめんね」といった声もいただきました。

 本を書くきっかけになったのは、長男の事故でした。高校2年の時に、本当に生きるか死ぬかの事故に遭って。何とか命は取りとめたものの、お医者さんから「過去の記憶は戻らない可能性が高い」と言われたんです。

 父子家庭になって、大変な中だけど何とか3人で暮らしてきた。なのに、それを息子が忘れちゃう。それが何とも切なくて。皆さんに読んでいただくというよりも、親として、息子が失うかもしれない記憶を形に残しておいてあげたい。それが僕の役目じゃないかとすごく強く思ったんです。

 忘れちゃうかもしれないけれども、アルバム代わりというか、ふとしたときに読んでもらいたい。そして「こんなことがあったんだ」ということを感じてもらえたら。本当にそのために、必死に自分の覚えていることを書き残そうと文字にしていきました。そうすることで、3人で暮らしてきた時間を残すという意味を感じながら。

 とはいえ、これまで文章を書くなんて、学校の読書感想文程度でした。ただ、本を読むのはすごく好きではあったので、見よう見まねでも書いてみようと。結局、彼が事故に遭って、書くことを決めてから8カ月ぐらい。仕事終わりや休みの日に書いて、仕上げました。

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息子を殺して自分も死ぬ

 でも、書くうちに気づいたのは、文字を書くということは、その思い出をもう一回噛みしめることにもなるんです。

 一つ一つのエピソードを思い出して、それを文字にする。その中で、一人の父親というか、一人の人間として、本当にこれで良かったのか。それを自問自答することにもなりました。単に思い出すだけでなく、そこに対して、もう一回考え直す。これは文章を書くしんどさではなく、親として心の力を使う流れではありました。

 やっぱり夫婦の関係がぎくしゃくしていたのは間違いないですし、そこから父子家庭になったんですけど、3人の生活が始まってからは、ずっと大変でした。ただ、子どもたちが大きくなっていくにつれ手はかからなくなりますので、だんだん精神的にも楽にはなってくるんですけれども、その最後の最後で、交通事故に遭った。この流れは本当にやられました。もうダメだと思いました。

 とにかく自分を責めました。僕が悪かったんだと。僕がこんな人生を子どもたちに送らせてしまったんだ。シングルファーザーで、お金もなくて、2人にはすごく苦労もかけました。欲しいものも買ってあげられない。どこにも連れてってあげられない。そんな生活を十何年やってきて。その結果、事故にも遭わせてしまって。

 「神様は、その人が乗り越えられない試練はお与えにならない」。よく聞く言葉ですけど、もうこれは無理だと思いました。やっとここまで来て、これかと。心の何かがぽっきり折れました。ここから先に進もうという気持ちもなくなって。

 そして、もし命が助かっても、意識が戻らない可能性もある。そうなったら、息子も殺して自分も死んでしまおう。その思いは常にありました。本当に。

 でも、でも、やっぱり思うんです。死んでほしくないって。そして、今闘っているこいつを助けるのは自分しかいない。そうやって、無理にでも、どうしてでも自分を奮い立たせてた翌日まで泳ぎ着くような毎日でした。

「あと一回だけ」

 それこそ、ずっとこの十数年そうだったんですけど、もうダメだと思っても、あと一回だけ頑張ってみようと。あと一日やって駄目だったら諦めよう。事故の時も、本当にそのギリギリのせめぎあいをやっていました。その中で、運良く、普通に生活できるまで回復してくれた。これは感謝しかないです。本当に、本当に。

 そして、その感情の動きの中で書いた文章を評価していただき、賞をいただいた。しかも、本にまでなる。これはただただうれしいです。こんなことも世の中にあるんだと。

 彼らが小さい頃からずっと言っていたのは「どんなことがあっても、とにかく笑ってなさい」と。何かつらいことがあっても、一回笑って、それから考えようと。だから、本当に苦労をかけたんですけど、今でもそんなに深刻にはならない性格にはなっていて。

 今までどんなにつらいことがあっても生きてきました。何とかなるよね。大丈夫だよね。また明日頑張ろう。本当に苦労をかけたし、何もしてあげられていないかもしれないけど、その前向きな姿勢だけは忘れないように生きていってねとは、常に言っています。そして、この本を読んでくださった方が、少しでも、そんな思いに触れてくださったら、こんなにうれしいことはありません。

(撮影・中西正男)

■朝田寅介(あさだ・とらすけ)

1974年3月27日生まれ。父子家庭としての生活をリアルに書き残しておきたいと、ブログを始め、長男の事故をきっかけに本格的に執筆に乗り出す。その文章が吉本興業などが手掛ける原作開発プロジェクトのノンフィクション部門で特別賞を受賞し「君たちにはサンタは来ない」のタイトルで書籍化された。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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