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月亭八光、東京に行かない理由

中西正男芸能記者
ストレートな言葉で語った月亭八光

 関西テレビ「よ~いドン!」、MBSテレビ「ちちんぷいぷい」などレギュラー・準レギュラー番組を11本持ち、“関西イチの売れっ子”と言われる落語家・月亭八光さん(40)。実父である師匠・月亭八方さんに入門したのが1996年で、23日には大阪・なんばグランド花月でイベント「月亭八光 約20周年記念祭り」も開催します。周囲からの“親の七光り”という視線、そして東京への思い。率直な思いをストレートに語りました。

縁と運

 イベントのタイトル「約20周年…」って、気になりますよね(笑)。これね、僕は1996年4月1日に入門やから、ホンマはもうすぐ丸22年。気づいたら、とっくに20年の節目が過ぎてまして…。そこに、なんばグランド花月(NGK)の改装工事(昨年9~12月)が重なって、改装後は、やっぱり大御所の人にこけら落とし的なイベントをたくさんやっていただこうという流れもあって、なかなか僕なんかが使わせてもらうタイミングがなくて、気づいたら、今になったんです…。

 約20年、ま、ここまでやってこられたのは、一言で言うたら、「縁」と「運」です。入門してすぐ、ありがたいことに全国ネットのレギュラーとして、MBSテレビ「すてきな出逢い いい朝8時」に出してもらうようになりまして。

 このお仕事も何で入ったかというと、完全なるコネです(笑)。ウチのおやじ(八方)が、司会のうつみ宮土理さんや松居直美さんらと毎週、生放送後に近所の喫茶店に行くんです。1時間半か2時間くらい、ごはんを食べながらおしゃべりをする。当時、僕はおやじについている弟子ですから、店の前で立って待ってるんですけど、うつみさんが「あなたも、こっちに入りなさいよ」と言ってくださる。さらに、同席させてもらったら、うつみさんがプロデューサーに「この子使いなさいよ!」とシャレっぽく言ってくださるんです。ただ、このノリが毎週のように続きまして(笑)。そのうち、プロデューサーさんも使うしかなくなって、20歳とかで全国ネットのレギュラーをいただくことになったんです。

 当時で言うと、うつみさん、野村沙知代さん、落合博満さんの奥さん・落合信子さんとか、そんなメンバーでロケに行かせてもらって(笑)。今思うと、すごいメンバーの中でやらせてもらっていたなと…。今考えても、えげつないコネですわね…。すさまじい横入り(笑)。そら、正直、周りから「なんやねん、コイツ」と思われていたと思います。

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周囲からの視線

 同年代の吉本興業の人たちは、当時で言うと「baseよしもと」という若手の劇場でしのぎを削って、毎週新ネタをおろして、言うたら、血まみれになって戦って勝った人間だけが次のステージに進める。一方、僕は荒海を自力で泳ぐこともなく、周りにたくさんあった船に「よかったら、乗っていく?」と言ってもらって、スイスイとやってきた。

 自分らが激闘をくぐり抜けてたどり着いたところに、横を見たら、何にもせんと来たヤツがいる。そら、劇場でも、僕はしゃべる人もいませんし、最初は自分の出番が終わったらすぐ帰ってました。

 ただ、その中でも少しずつ、本当に少しずつですけど、元「ランディーズ」の中川貴志さんがしゃべりかけてきてくれて、そこから「チュートリアル」の徳井義実さんや、今、吉本新喜劇座長のすっちー、「シャンプーハット」のこいでさんとかとゴハンに行くようになったりもした。そんな中で、今から思うとターニングポイント的なことがあったんです。

 何がどうなるもんか、ホンマに分からんなぁという話なんですけど、今から十数年前、中川さんとこいでさんと僕が難波で飲んでいた時でした。そこに陣内智則さんから連絡があったんです。合流して、みんなでスナックに行こうとなったんで、初めて行くお店やったんですけど、近所のお店に入ったんです。おばあちゃんのママさんがいらっしゃって、おばちゃん2人が働いてました。1時間半くらいいて、みんな酒は弱いんで、ビール4本飲んだだけだったんですけど、会計が6万なんぼやったんです。別に変わったことをしたわけでもなく、なんなら、おばあちゃんの戦時中の話を聞いて、その思い出が詰まった曲をカラオケで聞いて、僕らは拍手しただけやったんですけど(笑)

 陣内さんが払ってくださって店を出た後、僕が言ったんです。「…ちょっと高くないですか?」と。当時まだ陣内さんも20代やし、そんなにスナックに行ったこともなかったんですけど「冷静に考えたら、そうやな」と。僕はいろいろな人にスナックやら飲み屋さんにも連れて行ってもらっていたので、その感覚で陣内さんに言ったら、陣内さんが妙な信頼感みたいなものを感じてくださって「お前、信用できるヤツやな」と(笑)。そこから頻繁に行かせてもらうようになって、劇場でもみんなと普通にしゃべるようになっていったんです。

初めての“血まみれ”

 それと並行して、3年目の頃から、僕が出してもらっていたABCテレビ「ごきげん!ブランニュ」で共演していた「メッセンジャー」のお二人が僕のことをボロクソに言うんです。ホンマに、ホンマにボロクソですよ!「全然、おもろないわ」「八方師匠がおらんかったら、お前みたいなモン、どついたんねん」とか(笑)。そら、もう、ムチャクチャですよ。

 言うたら、そこまでは船に乗らせてもらって海を進んでいたところ、手漕ぎの丸太に乗ったお二人が近づいてきて、こっちを海に引きずりおろして水に沈めたり、船に乗り込んできてボコボコにしていったり。もうね、完全に海賊です(笑)。毎週、そんな感じでした。

 なので、金曜が収録やったんですけど、水曜くらいから「朝日放送に行くのが嫌やなぁ…」となってました。世の中に、こんな人らがいるのかと。人の心に土足で入ってきて、踏み荒らして、けり倒して、ツバ吐いて帰るみたいな(笑)。そこで、僕は初めて血まみれになったと思います。それこそ、道場というよりも、ルール無視のストリートファイターと毎回、実戦スパーリングをやるというか…。

 エライもんで、毎週攻撃を受けていると、段々慣れてくるんです。何回かに一回は言い返せるようになるんです。「八方師匠がおらんかったら…」とこられたら、「おやじ!頼むから、長生きしてくれ!」とか「おやじが棺桶に入る時に、オレも入る!」とか少しずつでも返しがハマりだしたら、こちらも自信がついてきて、グイっといけるようになっていったんです。

 ただ、そんな流れになるまで、なんだかんだで10年くらいかかりました。でも、そうなると「メッセンジャー」さん以外の人たちも「おい、八光!」という当たりのキツいノリをやってきてくれる。そうなると、こっちも本気の返しができるし、やっと、そこで二世がコネでやってきたという“横入りの流れ”が解消されたといいますか…。そんなことが絡み合って、なんとかここまで来ることができたのかなと思います。

東京への思い

 そんなこんなで、ずっと大阪でお仕事をさせてもらってますけど、東京への思い、これはね、あるのはあるんですよ。ないことはない。ただ、同世代で言うと「チュートリアル」さん、「ブラックマヨネーズ」さん、「フットボールアワー」さん、「サバンナ」さん…。すごいメンバーです。今さら東京に住んで、イチからこんな人たちと戦って勝てるわけもないですし。

 それと、ずっと大阪でだけ仕事をしてたら、これはこれで、エライもんで、年に1~2回、東京に呼んでもらえることも出てきたんです。“大阪で活動している芸人特集”みたいなコーナーで。

 本当だったら、その番組に出るためには東京というさらに過酷な荒海で戦って、戦って、イスを勝ち取らないといけないところ、また横入り的に別のイスに座らせてもらえているんです。また、スタッフさんも「わざわざ大阪から来ていただいてスミマセン…」という感じで、ウソみたいに特別扱いをしてくださいますし(笑)

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 この前は日本テレビ系「ナカイの窓」に行かせてもらったんですけど、中居さんとお仕事をさせていただくのはその時が初めてやったんです。ただ、これもありがたいことに「大阪での知名度は100%だけど、東京での知名度0%」みたいにイジってくださったりもしたんですけど、こんな配慮に満ちたイジリ、うれしいだけですもん。そらね、昔の「メッセンジャー」さんに比べたら、攻撃どころか、頭を撫でられてるようなもんです(笑)。一切、目もつぶらずに、ギリギリまでパンチを見てられます。

 だから、今は特別扱いという形で(笑)東京に行かせてもらうのが非常に心地よいですし、その環境を楽しませてもらっています。なので、躍起になって東京という考えはありませんし、慌てる気もないし。そこにはまた、僕が噺家(はなしか)であるという運も加わっているように思います。歳を重ねることが、マイナスにならないですし、変にエラそうな意味ではなく、歳をとったらとったで、それが味になる仕事でもありますんで。50歳でも60歳でも、もし呼んでいただけるならば行かせていただく。逆に言うと60歳で行ったら、噺家の特性上、もっと特別扱いをしてもらえるかなとも思いますしね(笑)

 ホンマに、どこまでも幸運な芸能生活やと思います。「縁」と「運」に導かれて、皆さんのお力でここまで来させてもらった約20年でした。きれいごとではなく、正味のお話として。

 そして、ここまで来て分かったことは、最初に出会った「メッセンジャー」さん。当時は「世の中は厳しいもんやなぁ。こんな人がゴロゴロいるんや」と思っていましたが、結果、あんなん、お二人だけでした(笑)。ゲームが始まった瞬間、ラスボスが出てきてたんです。ただ、それもこれも、今思ったら、ホンマにラッキーなことやったなと思います。

(撮影・中西正男)

■月亭八光(つきてい・はちみつ)

1977年4月20日生まれ。大阪市出身。本名・寺脇星次(てらわき・せいじ)。96年、実父である月亭八方に入門。入門当初からMBSテレビ「すてきな出逢い いい朝8時」などに出演する。2004年、レギュラー出演していたABCテレビ「ごきげん!ブランニュ」のコーナーで出会った女性と結婚。05年に長女が、08年に二女が誕生する。関西テレビ「よ~いどん!」、MBSテレビ「ちちんぷいぷい」、読売テレビ「特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル」など数々のレギュラーを持つ。23日には大阪・なんばグランド花月でイベント「月亭八光 約20周年記念祭り」を開催する。ゲストは桂三度、「シャンプーハット」、「ダイアン」、「かまいたち」ら。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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