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意外に身近にもある貨物新幹線の名残~幻の貨物新幹線は復活するか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
東海道新幹線鳥飼車両基地。大阪貨物ターミナル駅と隣接している。(画像・筆者撮影)

幻の貨物新幹線とは

 1964年に東京・新大阪間で開業した東海道新幹線には、貨物列車運行の計画があった。「世界銀行からの融資を引き出すための方便だった」という説もあるが、残されている様々な資料や当時の関係者の証言などから、国鉄では真剣に貨物新幹線列車の運行を検討していたことが伺える。事実、横浜羽沢駅、静岡貨物駅、さらに近年まで立体交差用の建物が残されていた大阪貨物ターミナル駅など、新幹線路線に近接するように配置されてきた。

 しかし、実際に1964年に開業し、運行が開始されると、夜間の整備の必要性や、在来線貨物列車の速度向上などから、貨物新幹線計画は幻となった。特に在来線貨物列車の高速化によって、貨物コンテナ新幹線で輸送するのと、在来線の貨物コンテナ列車で輸送するのとでは、大きな時間差がなくなったことも大きかった。

身近に残る遺物

 さて、国鉄は、1959年に新たな標準型5トンコンテナを開発した。そして、5トンコンテナ専用特急貨物列車「たから号」が東京の汐留駅と大阪の梅田駅の間の運行を始めた。

 この5トンコンテナは、5年後に開業する東海道新幹線での使用も視野に入れたものだった。通称「ゴトコン」と呼ばれるこのコンテナは、日本独自の仕様だ。現在も、国内限定だが、鉄道コンテナとしては最も一般的なものとして普及している。

 このコンテナは、上から見ると長方形をしている。これを在来線では長方形の長い辺を横にして積む。90度回転して、短い辺を横にすれば、貨物新幹線に積むことができる。正面と側面の両側に貨物ドアが付けられているタイプがあるのも、そのためだ。つまり、現在も、よく目にするJR貨物の5トンコンテナは、幻の貨物新幹線の遺物だ。

JR貨物が使用する「ゴトコン」は、在来線での使用だけではなく、貨物新幹線での使用を前提にしたものだった。(画像・筆者撮影)
JR貨物が使用する「ゴトコン」は、在来線での使用だけではなく、貨物新幹線での使用を前提にしたものだった。(画像・筆者撮影)

貨物新幹線が再浮上した理由は

 「貨物新幹線」が再浮上したのは、新型コロナ禍で乗客が減少した新幹線を使って客車に生鮮食料品などを貨客混載する社会実験が行われたことや、 国土交通省の検討会議で取り上げられたことが切っ掛けだった。

 特に2022年3月から7月まで毎月開催された「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」では、トラックドライバー不足の深刻化やカーボンニュートラルへの対応などから、鉄道輸送の見直しが必要性から開会された。

 しかし、その背景には新たな新幹線路線の開業に伴う在来線の廃止、分割民営化が進み、JR貨物による貨物列車の運行に支障を来たしつつある状況が、深刻化していることがある。

 特に北海道新幹線の2030年度の札幌開業に向けて、「青函ルート問題」が注目されている。公益社団法人全国通運連盟によると、北海道産農産物の約40%が鉄道貨物として、青函ルートを経由しているが、新幹線開業による並行在来線の存廃問題や、青函トンネルの新幹線車両と貨物列車の共用走行問題によって、鉄道による貨物輸送に問題が生じるとしている。

 こうした問題は、東海道新幹線などの開業時には想定されていなかった問題だ。並行する在来線は、そのまま、JR各社で経営が継続されてきたからだ。ところが、近年、開業している新幹線は、並行在来線を切り離し、第三セクター鉄道としたり、廃止するケースが増えている。その結果、JR貨物は貨物列車を運行することが困難になりつつあるのだ。

東海道新幹線のロングレール輸送用機関車LRA9100型。こうした車両が活躍するのは、運行終了後の深夜だ。(撮影・深夜)
東海道新幹線のロングレール輸送用機関車LRA9100型。こうした車両が活躍するのは、運行終了後の深夜だ。(撮影・深夜)

JR各社は慎重

 マスコミなどでは貨物新幹線について、前向きな捉え方をしていることが多い。しかし、検討会で提出された資料を見ると、JR東日本、JR東海、JR西日本の各社は、慎重な見解を示している。

 特に夜間の貨物新幹線の運行に関しては、各社ともに慎重だ。高速運転による安全確保やダイヤ編成の問題、さらに整備を担当する人材の確保困難などが起きており、運行のない夜間帯の確保は不可欠だとしている。

 さらに、現在の在来線でのJR貨物の貨物列車運行に関しても、経費負担問題や夜間の整備作業時間の問題を指摘し、仮に新幹線での本格的な貨物輸送を行うには、新たな大型施設の建設が必要となるため、経費負担は大幅なものになると予想される。自社事業ではない貨物新幹線運行のために、巨額の投資を行うことはJR各社にとっては、困難である。そのため、政府の投資や支援が不可欠だとしている。

 貨物新幹線に関しては、夢は広がるが、現実にはクリアせねばならない問題も大きくそして、多い。

2030年の北海道新幹線札幌開業が、大きな問題を投げかけている。(撮影・筆者)
2030年の北海道新幹線札幌開業が、大きな問題を投げかけている。(撮影・筆者)

ウクライナ問題の影響も

 今回の国土交通省の検討会で、注目されるのは、防衛省の意見提出である。「ウクライナ侵略においては、ロシア軍、ウクライナ軍(及びウクライナの支援国)のいずれも、重量貨物である各種装備品の輸送にあたり、高速・大量輸送可能な鉄道輸送を利用」している点を指摘し、日本でも「自衛隊の輸送力向上のため、鉄道輸送の更なる活用を追求」すると述べている。

 東海道新幹線開業当時とは異なり、新幹線が新規開業することで、並行在来線が切り離されたり、廃止されたりすることで、鉄道貨物の存続が大きな局面を迎えている。

幻の貨物新幹線は復活するか

 今回の検討会の資料を見ると、貨物新幹線の復活には、多くの問題が存在し、鉄道会社の反応も一様ではない。分割民営化し、株式会社となっているJR各社に「公共事業だから」と、不採算事業への投資を強制することはできない。

 貨物新幹線だけの問題ではなく、国家として鉄道をどう位置づけ、どう整備していくのか、あるいはどこを残すのかの検討が急がれる。

 1959年に開発された在来線・新幹線兼用の5トンコンテナ「ゴトコン」が、貨物新幹線に搭載されて疾走する光景には憧れるが、現実には相当難しそうだ。

・参考資料 国土交通省「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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