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静かに消えた深夜バスが示す「ある変化」~人出は戻ったが客がいない

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・「人出は戻ったが、客がいない。」

 「人出は戻ったが、客がいない。」そういうのは関西地方で飲食店を営む経営者だ。「コロナ禍が一段落した雰囲気となって、若者を中心に5月の連休くらいから、街の人出は目立って増えてきた。しかし、どうも以前とは客の動きが異なっている。」

 首都圏で複数の飲食店を経営する経営者は「外食をする人は、徐々に戻っているが、二軒目、三軒目の動きが鈍くなっている」と言う。「夜10時頃になってごらんなさい、以前とは違って、週末でも静かなものです。」

ファンくる(株式会社ROI)が2022年6月30日に発表した「居酒屋利用についての意識調査」によると、「居酒屋利用は以前来店したことのあるお店で18時ごろから友人と2~4名で3時間以内の滞在」という人が多く、今後、積極的に外食をしたいという人は51%に及んでいるものの、飲食店の二次会利用は91%の人がしていないと答えている。この調査は、2021年11月にも実施されているが、二次会利用に関しては、全体では2%プラスにはなっているものの、30歳代では2%マイナスになっており、半年前と変化なく、2次会利用は少数となっている。

 こうした行動様式が3年近く続いたため、早めに入店し、二軒目に行かず、帰宅するというのが「習慣」として定着している可能性がある。

外食しても二次会に行く人は少ない
外食しても二次会に行く人は少ない

・廃止になった深夜バス

東急バスは、今月、コロナ禍が始まった2020年3月30日から運休していた深夜急行バス「ミッドナイトアロー」を、2022年7月31日付けで正式に廃止にすると発表した。

 深夜急行バス「ミッドナイトアロー」は、渋谷駅から青葉台駅までなど5路線で運行されていた。この渋谷駅から青葉台駅の路線は、1987年に運行を開始した深夜急行バスの最初であった。

 1971年に運輸省運輸政策審議会が答申した「大都市交通におけるバス・タクシーのあり方及びこれを達成するための方策」に基づき、大都市のバス、タクシー輸送改善対策の一つとして、終電車に併せて、大都市近郊の路線バスで深夜バスの運行が進められた。さらに、1980年代後半からは、バブル景気となり深夜まで勤務、深夜する人が急増したことから、最終電車の発車後に近郊都市へと直行する深夜急行バスが運行された。その最初が「ミッドナイトアロー」だったのだ。

 今回の廃止は、1980年代から2000年代まで30年近く続いた「深夜までの飲食」の習慣が、いよいよ消え去ろうとしていることを象徴している。もちろん、一時的なことかもしれない。しかし、いずれにしても、以前のように深夜まで飲食を楽しむ人が増加するには、かなり時間がかかることは確かだ。

「仕事帰りに一杯」が気軽に言えなくなって3年が経とうとしている。(画像・筆者撮影)
「仕事帰りに一杯」が気軽に言えなくなって3年が経とうとしている。(画像・筆者撮影)

・「仕事帰りに一杯どうだということも気軽に言えなくなった。」

 JR各社は昨年(2021年)3月のダイヤ改正で「終電時刻の繰り上げによる保守作業の効率向上」を理由に終電繰り上げを実施した。さらに、今年も鉄道各社が終電時間の繰り上げを行った。

 深夜までの飲食については、1980年代後半からのバブル景気の頃から盛んとなり、終電時間も遅くなっていった。しかし、景気の低迷、上司と部下の付き合い方への考え方の変化、さらには働き方改革の影響などもあり、次第に二次会、三次会と行くような飲み会が減ってきていることが指摘されていた。こうした傾向を一気に進めたのが、今回のコロナ禍だと言える。

 首都圏の大手企業の管理職社員は、「忘年会などはもちろん、社員同士での飲み会なども、事実上、会社側が禁止をしてきた。リモート勤務や時差通勤などもあり、社員同士の付き合い方も変わった。すでに3年間、そうした形が続いており、中高年の社員からは以前のことを懐かしむ声が多いが、若手社員はこれ幸いだという人が多いだろう」と言う。「仕事帰りに一杯どうだということも気軽に言えなくなった。なにかあれば、会社の経営に影響すると経営者側も、従業員側も意識している。また、いつかと思うが、いったいいつになるのか」と嘆く。

・4社に1社が「倒産危機」

 帝国データバンクが、2022年7月8日に発表した「コロナ融資を借りている企業の財務状況について」によれば、無利子・無担保融資(コロナ融資・ゼロゼロ融資)を利用している企業の27%が借り入れ依存度が70%を超えており、過剰債務状態だ。

 借入依存度(総資産のうち、借入金が占める割合)が70%以上の場合は、倒産リスクが高い警戒すべき水準とされており、政府による手厚い支援の副作用が、返済能力を大幅に超過した債務を抱える企業を大量に生み出す「過剰債務」問題として顕在化しつつあり、4社に1社が「倒産危機」にあると警告している。

 特に過剰債務の企業数の割合が高いのは、旅館・ホテルをトップに、居酒屋、中古車販売、ラーメン店・中華料理の順になっている。消費者を顧客としている業種で多くの企業が、非常に厳しい状況に置かれていることが理解できる。

コロナ融資を受けた企業の4社に1社が倒産危機
コロナ融資を受けた企業の4社に1社が倒産危機

・「あきらめ」倒産・廃業が増加

 「2021年の秋ごろ、そして、昨年末から今年の1月にかけて、さらに5月の連休と、なんどかコロナ禍が落ち着いて、さあ、これからという時期があった。しかし、何度もダメになってきたことで、精神的にも折れて、倒産を選択してしまった経営者仲間も多い」と、都内の飲食店経営者は言う。

 関西地方の中小企業支援機関の職員も、「5月の連休くらいまでがぎりぎり限界。7月に入り、感染者数が増加するのを見て、あきらめる経営者が増えている」と言う。

 帝国データバンクも「先行きが見通せず『あきらめ』による倒産が急増する可能性が高まっている」と警告する。

 首都圏の経営コンサルタントは、「コロナの第7波がどうなるのか、先行きが不透明すぎる。将来、再起できるようにするためには、これ以上、借金を増やさないことも大事。傷口を拡げず、廃業、清算することも選択肢に入れるべき」と助言する。さらに「数は少ないが、出店コストが下がっているので、反転攻勢で出店をかける経営者も出てきてはいる。波乱の状況で、どう判断するかは経営者にかかっている」とも言う。

・すでに損失総額は217億円超。国民一人当たり170円の負担が発生

 民間調査会社や金融機関の発表では、今年度は倒産件数が増加するという見立てになっている。取引先の経営状態に気を配り、倒産した際の影響をできるだけ回避するように手を尽くすことも重要になろうし、不採算部門の切り捨て、融資の返済のリスケジュール交渉など、生き残りを模索する中小企業の経営者や自営業者にとっては、頭の痛い日が当分、続くだろう。

 一方で、帝国データバンクは、『「コロナ融資(ゼロゼロ融資)」を受けた後に倒産したコロナ融資後倒産の動向について』も同じ7月8日に発表している。それによれば、2022年6月までに判明したコロナ融資後倒産は、累計で362件となっており、すでに回収できなくなった政府からの融資による損失総額は推計で217億2000万円。国民一人当たり170円の負担が発生していると警告している。今後、この負担はさらに急増する可能性が高い。

 中小企業経営の問題は、他人事ではなく、国民に大きな負担と発生させうる問題である。残念ながら、今回の選挙戦でも、中小企業政策、地域経済政策に関しての議論はほとんど聞こえてこなかった。しかし、こうした点を理解して、政府の経済運営に対して、私たちがより一層の関心を持って、広汎な議論をする段階にきていることは確かだ。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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