Yahoo!ニュース

接種済み高齢者とオリンピック避難客が動きだす~観光産業は息を吹き返すか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
東北・北海道新幹線のグランクラスも7月1日から再開される(撮影・筆者)

・接種済みの高齢者が動き出す

 「2回の接種が済んだんで、温泉でも行こうかと思っていて。」駅で電車を待つ高齢者二人がにこやかに話をしているのが耳に入った。

NHKが6月26日時点でまとめた65歳以上のコロナワクチンの接種率によると、2回の接種を終えた人の割合は佐賀県の37.58%を最高に、15府県で25%を超えた。

 一方、株式会社ぐるなびが2021年6月18日に発表した「新型コロナワクチン接種後の行動意向に関する調査」によれば、「ワクチン接種を終えたらしたいことはありますか︖」という問いに対して、「遠方の国内旅行」が49.2%で最も多かった。男女別では、女性では「友人・同僚との外食」が54.1%と最も多く、旅行と外食への関心が非常に高くなっていることを示している。

 こうした傾向は、他の調査でも明らかになっており、多くの人たちがワクチン接種を終えたら、これまで自粛していた旅行に出かけたいと考えている。

自粛していた国内旅行に行きたい人が多い
自粛していた国内旅行に行きたい人が多い

・すでに列車や宿泊施設などの予約が増加しつつある

 「5月末くらいから、少し予約が戻ってきたような気がします。」北海道のあるリゾートホテルのスタッフはそう話す。「今はまだ、本州からというよりは、札幌など道内からの旅行の方が多いですね。もともとうちのホテルはインバウンドの割合が高くなく、国内のお客様が多かったので、細々ですが、常連のお客様が来られていました。高齢のお客様も多いので、ワクチン接種が済まれて、これから来られる方が増えるのではと期待しています」とこのスタッフは話します。

 関東地方の温泉旅館の経営者は、「実は緊急事態宣言の時にも、高級な部屋は予約で埋まっていました。ご夫婦や少人数のご家族だけでお泊りいただくのは、密にもなりませんし、多くの方と接触もありませんから」と話す。ワクチン接種が進むにつれて、問い合わせや予約も増えており、やっと本格的に動き出せるのではと期待しているという。

 こうした動きに合わせるように、JR東日本では、4月から休止していた東北・北海道の新幹線グランクラスや「サフィール踊り子」のカフェテリアと車内販売の営業を7月1日から再開すると発表した。アルコール飲料などの販売自粛は継続されるが、徐々に観光再開の準備が進む。

・東京からオリンピック避難客

 「今年の夏休みは、久々に忙しくなりそうです」というのは、長野県のホテル関係者だ。予約サイトなどを見ても、7月末から8月にかけての軽井沢、伊豆、箱根などの観光地のホテルや旅館の予約はかなり埋まっている。

 「なんだか東京は物騒な感じがするし、開催期間中は孫を連れて軽井沢辺りに滞在したいと思って、調べたが、すでにかなり混んでいる。」そう言ううのは首都圏で会社を経営する男性だ。「都内にいても、なんだかんだと規制がかかりそうだし、東京から避難して、安全なところでテレビでオリンピック観戦するのが、今回は一番でしょ」と言う。

 東北地方の旅館経営者は、「本当のところは、東京にいるより、こちらに来た方が安全ですよって打ち出したいけど、地元から顰蹙かいそうだしね。こっちは、まだやっぱり東京や大阪からコロナを持ち込まれると考えている人が多いですからね」と苦笑いする。それでも、「そうですね、6月に入って、少し宿泊客も増えてきて、ほっとしているところです。ワクチン打ち終わったと、ご夫婦でいらっしゃる方が多いですね」と言う。

・なぜ接種証明書を出さないのか

 「なぜ欧米のようにワクチン接種済みの証明を出してくれないのか。」首都圏の70歳代の会社経営者は怒る。「飲食店や宿泊施設でも、安心して客を迎えられるでしょう。なぜ諸外国でやっていることが日本ではできないのか不思議で仕方ない」と言う。この経営者は海外との貿易を行っており、自分や社員が海外に行かねばならないという。その時までに、ちゃんと証明書を発行して欲しいとも言う。

 東北地方の飲食店経営者は「ワクチンを打ちたくない人、打てない人がいることも理解するが、うちのような家族経営の店で感染者が出れば、死活問題になる。そうなっても誰も支援してくれないでしょう。ワクチン接種がかなり進んできているし、ワクチン接種済みの方だけと限定したい思いはある。コロナなんか気にしないという飲食店もあるし、住み分けさせてくれないかと思う」と言う。

 一部の飲食店などでは、二回目の接種券を提示すると割引をすると表明しているところもある。しかし、「一部の強硬な反対で証明書を出さないようにしているように思うが、これからインバウンドが再開した際に、外国人にだけ接種証明書を提示しろ言えるのだろうか」と、インバウンド観光客に人気だったある観光施設の経営者は、再開後のトラブルも懸念する。

・インバウンドはまだ時間がかかる

 インバウンド観光客が戻らなければ、日本の観光業界の本格的な復興にはならないという見方も多い。

 しかし、国外からの観光客の来日には、まだ相当の時間がかかりそうだ。アメリカや中国を見ても、航空会社の国内線の需要は復活し、航空会社が乗務員の再募集や機材の発注を急いでいる。しかし、国際線は依然として復活の道のりは遠い。

 関西地方のある中小企業経営者は、「インバウンドといっても、内実は中国からの観光客が中心。観光関係者では早期に復活をという声も大きいが、昨年2月に春節の観光客受け入れのために入国規制を遅らせたことに対する批判は根強く、その後の関係悪化などもある。経営者仲間と話しても、反対する声が多い。仮に政治家たちが、中国からの観光客受け入れの早期再開を考えても、今の状況だと簡単には進まないのではないか」と指摘する。

 コロナ禍で多くの航空会社が経営難に直面し、国際線用の機材を売却するなど手離している。経営基盤の脆弱な格安航空会社の中には、経営破たんし、消えてしまったところも少なくない。仮にコロナ禍が一段落しても、以前のような格安な旅行代金で相互に旅行できるようなるまでは、数年はかかる可能性が高い。だからこそ、高齢者の観光旅行の再開は、非常に重要なのだ。

買い物客の中にも高齢者が戻ってきているようだ(2021年6月25日 神戸三宮 筆者撮影)
買い物客の中にも高齢者が戻ってきているようだ(2021年6月25日 神戸三宮 筆者撮影)

・明るい兆しだが、今度、腰折れしたら壊滅する

 新聞には、久々に観光旅行の広告が増加し、テレビでも旅番組が目立つようになってきた。ワクチン接種を済ませた高齢者が増加していることは、観光産業に非常に明るい兆しとなっている。

 「私たちに感染させたらと、去年の夏休みも今年の正月も孫たちが来なかった。もう夫婦ともにワクチン接種を済ませたし、今年の夏は久々に孫たちに会えるかと思って、楽しみだ」と関西地方の70歳代の男性が言うように、高齢者のワクチン接種によって若い世代の帰省などが再開されることも期待される。

 コロナ禍以降、ホテルの休業、廃業などが続いていた京都市内でも、新たなホテルの開業など、コロナ後の復興を視野に入れた動きが目立つようになっている。

 「やっとトンネルの出口の灯りが見えてきたという感じだが、変異種による感染者数増加や、オリンピックによる海外からの入国者による新たな感染者増加などが起き、再度、緊急事態宣言が出されるようなことがあれば、今回は観光業界が壊滅する可能性がある」と関西地方の中小企業支援機関の職員は警戒する。「中堅企業での借入金が急増しており、経営的にもうぎりぎり。今度こそ、順調に復興していくように、もう祈るような気持ちしかない」と言うのは関東地方の金融機関職員だ。

 ワクチン接種済みの高齢者の旅行の増加や、オリンピック期間中に首都圏を離れる人たち、さらに夏休みの帰省客の増加は、観光業界の復興への明るい兆しとなっているが、経営者にとっては、まだ見通せない不安定な状況であることも確かだ。

All Copyrights reserved Tomohiko Nakamura2021

※NewsPicks等の他サイトへの無断転載・引用禁止

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

中村智彦の最近の記事