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近未来志向の「ちょっとずれたこと」~福岡市・裏.六本松プロジェクトが提案するアフターコロナの生活

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
裏.六本松プロジェクトのテラス席。(画像・筆者撮影)

・コロナ禍が変えた生活スタイル

 新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちの生活は大きく変化した。今まで、朝、自宅を出て、バスや電車、自家用車で勤め先に向かい、夜になれば、その逆で自宅に戻る。住宅地が多い地域は、ベッドタウンと呼ばれ、まさに寝に帰るというところだった。

 ところが、在宅勤務が増加し、自宅にいることが多くなった。遠くへ外出することも憚られ、自宅で過ごす時間が長くなった。運動不足を解消するための散歩やランニングに出かけると、長い間住んでいた自分の自宅周辺のことを、思いの外知らなかったことに驚いたという人も多い。外食も勤務先の近くで済ますか、休日は車で遠くへ出かけるというライフスタイルだったのが、自宅の近所に意外な飲食店があることにも気づいたという人もいる。

・民間の公民館を目指した施設

 福岡市中央区、地下鉄やバスで20分ほどの六本松地区に、昨年夏に「民間の公民館を目指した」というちょっと変わった施設がオープンした。裏.六本松プロジェクトと名付けられた施設は、木造二階建てのシンプルな建物だ。

 六本松地区は、かつては福岡黒田藩の武家屋敷などが並んでいたという閑静な住宅地だ。最近は、マンションも増えている。

 一階には、香港人夫妻が経営するフレンチレストランと、靴磨き店が併設されているカフェバー、そして、なぜかコインラインドリーが入っている。二階には、フランス人が経営するブックカフェと、シェアキッチンが入る。

 一階部分はオープンエアの部分が広くとられている。地価も高く、マンションなどの需要も多いこのエリアで、なぜ二階建てで、無駄なスペースが多い木造建築物なのか。さらにコインランドリーがキーワードになっていて、「コインランドリーを井戸端会議の場に見立て22世紀の民営公民館のようなものを作る」という発想なのだと言う。

若い人たちから家族連れ、高齢者まで様々な人たちが訪れている(画像・筆者撮影)
若い人たちから家族連れ、高齢者まで様々な人たちが訪れている(画像・筆者撮影)

・全部、なにかがずれている

 「ふつうの人が考えるのと、全部、なにかがずれてるんですよねえ。」

 そう笑うのはオーナーの松島凡氏だ。松島氏は、東京で会社員などを経験し、親の介護問題などから福岡に戻った。

 この場所は、先祖代々伝わった土地だ。2019年の春に計画を立て、2020年5月にまずコインランドリー・DAD's LAUNDRYを先行オープンさせた。このコインランドリーも他では見ないような銀色に統一された無骨なアメリカ製を導入し、店内では、なぜか美空ひばりのジャズがかかっている。

 しかし、テナントが営業を始めたのは、4か月も経った9月以降だ。それは、新型コロナの感染拡大のせいではないと言う。

ジャン氏とオーナーの松島氏(画像・筆者撮影)
ジャン氏とオーナーの松島氏(画像・筆者撮影)

・面白い人を集めるのに時間がかかった

 「面白い人を集めるのに時間がかかったんです。」単にテナントを集めるのではなく、松島氏のコンセプトに合った人たちを探すのに時間がかったのだ。

 フランスで書店員としての専門教育を受け、バリスタでもあるジャン氏。新婚旅行で福岡を訪問して惚れ込み、夫婦で移住して、フレンチレストランを開業した香港人シェフのケルビン氏とミシェル氏の夫妻。大学生の頃から、古いものの修理に興味を持ち、靴磨きを始めてモデルもやっている鹿児島出身の森大空氏。さらにシェアキッチン・Fキッチンには、起業志望の料理人たちが呉越同舟で腕を振るう。「福岡という場所って、アジア、世界に囲まれているというイメージがあって、ここもそうした土地柄を反映している」と松島氏が説明する。

・地価が下がった時のビジネスモデルとして

 「ふつうは、この立地だと7階建てのビルを建てると考えるんです。しかし、土地は分割相続したもので狭い。事務所としても、賃貸マンションとしても中途半端なものしかできない。」

 松島氏は少し厳しい口調で、続ける。「この辺りは住宅地としても、オフィスとしても人気があります。しかし、人口減少は止まらない。3年から4年くらいすれば、地価が下がってくるはずです。その中で50代後半になった自分ができることは、なにか。10年後にどうするかを考えて出した結論がこれです。」土地は相続したものなので、土地価格を考慮する必要が無かった。「生きている間に費用を回収できるように考えて、そして面白い人たちが商売できるような賃貸料を設定をと考えました。しかし、あと数年から5年もすれば東京でも土地価格が下がり、同じような発想ができるような物件が増えてくるではないか。ある意味、ここはその先行事例、実験物件です。」

 なぜ、10年後を考えてなのか。「こういう取り組みって、いろいろ事例を研究すると、だいたい20年くらいでとん挫することが多いんです。だから、10年がんばって資金を回収して、老後は、そうだなあ。ここで育ってくれた若い人たちに世話になろうかなあ。」

・職場とか関係なく、いろんな相談ができる人たち

 東京で住んでいた阿佐ヶ谷周辺での経験も大きいと、松島氏は話す。「料理店やバーに、地域の人が集っている。年齢や職業もバラバラなんだけど、そこでいろんな話をする。いいんですよね。職場とか関係なく、いろんな相談ができる人たちがいる。それがイメージとしてあります。」

 実は筆者も松島氏とは、その阿佐ヶ谷の飲み屋繋がり。コロナ禍になってから、「凡ちゃん(松島氏)が、なんだか福岡で変なことを始めたみたいだけど、大丈夫かな?」と年長の常連客や飲食店の経営者やマスターから聞いて、仕事のついでに立ち寄ることにしたのだ。

 「そういう繋がりって、私たちにとって、これからもっと大切になるんじゃないですか。この辺でも、年長者の人たちは、そういうコミュニティみたいなのを持っていたりする。これからの我々の世代とか、若い世代たちのコミュニティの場を作りたい。それで、民設民営の公民館という発想です。」

・「もの」が介在しなくても、生きていける地域造り

 地域に住んでいる人たちが高齢化する。車に乗れなくなった後、車の無い生活も長くなる。これからの時代、高齢者だけではなく多くの世代が車という「もの」が介在しなくても、生きていける地域造りが求められてくる。さらにコロナ禍によって、在宅勤務が増え、自分の住む地域内への関心が若い世代でも高まっている。

 「でもね、偶然ですよ。ちょっとずれたことをしていたら、あれよあれよと新型コロナウイルスが拡がって、意外に地域の人たちに受け入れてもらった。おしゃれで、入りづらいと思ったけど、入ってみたら普通じゃないと高齢者の方にも言われています。」

・10人に1人が面白いと思えば、成り立つ

 コインラインドリーは、高級機を揃え、洗剤もオーガニック仕様で柔軟剤は不使用だ。相談した業界関係者からは、経営は難しいと言われたが、口コミなどで広がり、今では遠方から訪れる人も増えている。

 二階のブックカフェ・Nautilusもそうだ。経営者のジャンマリー・プルドン氏は、自分が読んだ本を販売している。他の書店では扱わないような本も、面白いと思えば、取り寄せる。フランスで学んだ本のコンシェルジュであるジャン氏が選んだ本は、「こんな本が売れるわけがないと、普通の本屋では言われる。しかし、ネットでおもしろい本があると拡散し、来たい人は遠くから来るし、近所の人がふらりと立ち寄って、コーヒーを飲みながら、おもしろがって買っていく。10人に1人が面白いと思えば、成り立つんです。」と松島氏が話す。

カフェに併設された靴磨き店Gande Cielo(画像・筆者撮影)
カフェに併設された靴磨き店Gande Cielo(画像・筆者撮影)

・人も店も交流できる

 夜になると開店する靴磨き店・Gande Cieloもそうだ。大学生の頃から、家具の修理などを始め、靴磨きや修理などを、ピシッと決めた英国風のスーツで提供する森大空氏は、鹿児島出身。「この地域の人たちはバブル期を経験し、大切にしている靴やバッグを持っている人が多い。カフェでコーヒーやお酒を飲みながら、私と会話を楽しみながら、きれいに、また使えるようになるという雰囲気にぴったりなんです」と言う。

 面白いのは各店舗がオープンカフェ的に作られており、店舗と店舗の間に窓もある。コインラインドリーからフンレンチレストランが見えるし、その逆もだ。二階のシェアキッチンもフードコート風で、ぞれぞれから見通せる。

 「実は結構贅沢な造りになっているんです。木造にしたのは、改築が簡単であるということ。みんなが集まれるように、広場までいかないですけど、スペースを設けてあります。ほんとは、経営が苦しかったら、そこで屋台も出せるなとか考えてなんですけどね。」

 1階のオープンスペースには、薪ストーブと大きなソファがしつらえてある。まるで新型コロナ対策を念頭に置いたようだが、これも、テナント同士、客同士が交流できるようにという発想からだ。オープンスペースで出店者から、食事や飲み物を持ち寄って、ゆったり楽しめる。

銀色に光るコインランドリーと暖かな光に包まれたフレンチレストラン。間の壁には窓があって、見通せる不思議な造り(画像・筆者撮影)
銀色に光るコインランドリーと暖かな光に包まれたフレンチレストラン。間の壁には窓があって、見通せる不思議な造り(画像・筆者撮影)

・なぜ「裏」?

 しかし、なぜ、「裏.」六本松なのか。

 「少し前まで、田舎のCD屋が潰れて、その代わり都会のタワレコが儲かる時代が続いたでしょ。ところが、今はそのタワレコが撤退していく。なんか、表通りの繁栄が一巡してしてしまって、さて次はどこに行きますかと。そこで、私たちはいきなり、表じゃない、裏を目指そうと。」 

 平日の午後。想像していたよりも、若い世代から高齢者世代まで多くの人が訪れていた。そして、あいさつを交わし、会話を楽しんでいる。筆者が松島氏や森氏に話を聞いている間も、老若男女、様々な人たちが彼らに声をかけていく。「上でコーヒー飲んでくるね」、「今日はお友達と食事に来ました」、「大学合格しました」など、開業してから数か月にも関わらず様々な会話が交わされていることに驚かされた。

2階のシェアキッチンFキッチンは、フードコート形式(画像・筆者撮影)
2階のシェアキッチンFキッチンは、フードコート形式(画像・筆者撮影)

・近未来志向の「ちょっとずれたこと」

 在宅勤務などで家に閉じこもるのも息が詰まる。一人暮らしだと、ZOOMなどネット経由以外で何日も人と話をしていないなんてことも起こりうる。そんな時に、ノートパソコンを持って仕事をしにいったり、おもしろい本を探したり、洗濯や靴磨きに出かけたりできる場所が、心地よく感じる人が多いのではないだろうか。

 ちょっとずれた発想で始めたことが、偶然にも新型コロナウイルス感染拡大の影響で、近未来志向としての側面が現れた。地域社会の中で住んでいく、働いていく、生きていくということが多くの人に再認識されている。アフターコロナの私たちの暮らし方も、変わっていくだろう。それは悪いことばかりではない。

 裏.六本松プロジェクトでは、公によるものではなく、民による地域密着型の近未来のコミュニティ、ビジネスモデルを模索する実験が始まっている。

※裏.六本松プロジェクト公式ホームページ

参考文献 橘川幸夫、「参加型社会宣言 ─22世紀のためのコンセプト・ノート 」、メタブレーン、2020年。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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