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「クルマを走らせる550万人」の意味するところ ~ 自工会のCMが問いかける重さ

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:cap10hk/イメージマート)

・「これ、なんのCM?」

 2021年の正月。1日付の新聞を拡げた人も、箱根駅伝のCMを見た人も、少し不思議に思ったのではないだろうか。

 CMをぼんやり見ていると、どこの企業のものなのか、不思議に思ってしまう。町工場、ガソリンスタンド、バス、自動車メーカーなどの映像が次々に流れる。そして、「550万人が働いています」とアピールする。

 なぜ、突然、こうしたCMなのだろうか。ネット上でも、「感動した」という意見から、「なにが言いたいのかよく判らなかった」という意見まで様々見られている。

 この時期に、こうしたCMを日本自動車工業会(自工会)などが出した理由は、どこにあるのだろうか。

・全産業の出荷額と輸出額の約2割を占める自動車産業

 2018年の日本の主要製造業の製造品出荷額等約331兆8千億円のうち、自動車製造業が占める割合は18.8%、機械工業全体に占める割合は40.7%だ。

 さらに、今回のCMで訴えられているように、自動車関連産業で働く人の数は約550万人、全就業者数の8%を超している。

 さらに、2019年の主要商品別輸出額約76兆9千億円のうち、15兆9千億円、約21%を自動車の輸出が占めている。

 このように自動車産業は、日本経済を支える基幹産業だ。ここを、まず理解しておかねばならない。

・コロナ以前から「100年に一度の変革期」

 日本の基幹産業は、これまでも大きく変化してきた。第二次世界大戦後を見ても、軽工業、繊維産業といった産業から始まり、そこに造船や重化学なども成長し、1960年代の高度経済成長を支えた。その後、家電産業、自動車産業が1970年代以降の基幹産業として、日本の経済を支えてきた。しかし、2000年代になると家電産業は急激に縮小し、次第に自動車産業への依存度が高くなっていた。

 現状、日本経済を支える基幹産業は、自動車産業であることは間違いない。逆を言えば、自動車産業の動向は、日本経済の動向に直結するのだ。

 しかし、この10年ほどで自動車産業を取り巻く環境は大きく変化してきた。国内市場の縮小、「CASE」(ケース)と「MaaS」(マース)と呼ばれる大きな変化の波が自動車産業に押し寄せてきた。

 こうした中で進んできた自動車の電動化とインターネットを利用した移動だけではない幅広いサービスの提供の進展は、自動車という移動機械を製造するという自動車産業の範疇を大きく超えると指摘されてきた。こうした変革を「100年に一度」のものとして、コロナ以前から取り組まれてきたのだ。

・コロナ下での戦い

昨年6月17日の「フランス・ドイツは自動車産業の次世代化を積極支援~コロナをきっかけに変化を掴む」で報告したように、ドイツ政府は、総額1,300億ユーロ(約16兆円)の経済対策を発表し、その中で電気自動車購入補助やEV充電インフラ整備、水素などの環境に配慮した自動車の研究開発への支援を強化した。また、フランス政府も、5月自国の自動車産業救済のために、80億ユーロ(約1兆円)を投入し、電気自動車と水素自動車の生産を加速させるとした。さらにドイツ政府とフランス政府は共同で、自国内でのバッテリー生産を加速させることを計画している。

 ヨーロッパや中国による自動車の電動化促進は、ガソリンエンジン車、ハイブリット車などの生産を得意とし、電動化の研究開発も進めてきた日本の自動車産業をターゲットにしてきたのだ。静かな産業戦争が起こっている。

・今こそ、LCA(ライフサイクルアセスメント)を主張すべき

 もともとLCA(ライフサイクルアセスメント)という言葉がある。これは、ある製品の生産から廃棄まで全体の環境負荷を定量化し評価することを言う。

 今回、日本政府や東京都知事が、自動車生産に関して、今後10年程度で大幅に電動化率を上昇させる、あるいはすべてを電動化するといったことを述べたが、これには様々な疑問がある。

 2020年12月17日に日本自動車工業会の豊田章男会長が指摘したのが、まさにこの点なのだ。電気自動車は、排気ガスを排出せずに走行するため、確かにその時点ではクリーンで環境にやさしいというイメージを持つ人が多い。しかし、実際にその生産から、廃棄までを考慮に入れた場合、ガソリンエンジン車に比較して、本当に二酸化炭素排出量が少なく、環境にやさしいのかという問題がある。

・電気はどこから持ってくるのか

 以前から、自動車の電動化やリニア新幹線の議論になると、大きな疑問に行きあたっていた。それは、「電気をどこから持ってくるのか」という点だ。

 日本の様々な産業政策が、実は東日本大震災以前の発想を引きずっている。つまり、原子力発電が安価で安定的に電力を供給するという前提が残っているのだ。

 今回、豊田会長が指摘した中に、仮に日本国内の自動車を全電動化した場合、原発10基分が必要になるという計算があった。原発はダメだから、それでは石炭発電所を増設するのでは、そもそもカーボンニュートラルどころか環境を悪化させる。

 電気自動車、リニアモータカーが未来の夢の乗り物だった時には、そうした問題に直面することはなかった。しかし、現実となると我々は非常に厳しい選択を強いられることになる。

・なぜ自国産業に関心が薄いのか

 非常に不思議なことがある。なぜ非常に重要である自国産業に関心が薄いのか。確かに、地球環境問題、カーボンニュートラルは世界的な課題である。ここを避けて通ることは、先進国、工業国としては無理である。

 しかし、日本が培ってきた内燃機関=エンジンの研究開発、製造の技術水準は世界に誇るものである。また、環境配慮も各段に進んできた。もちろん電動化が世界の流れである。しかし、自国の経済、産業、雇用に大きな割合を占め、さらに環境配慮に関してもLCAで見れば高い評価ができるエンジン製造技術に対して、日本政府や政治家たちは、自国産業保護のために対外的にきちんとした主張と情報発信をすべきだ。

 さらに、「電力供給に問題のある発展途上国で必要とされているバスやトラックはどうするのか。さらに、悪者扱いされているガソリンエンジンやディーゼルエンジンでも、技術革新は素晴らしく、環境問題の視点からも、電動車との棲み分けで共存させていくべきものだ」と、ある内燃機関の研究者は言う。「自動車関係者もメーカーも、そんなことは常識だし、みんな知っていることだと言うような姿勢を改め、電動化イコールすべてクリーンだという誤解を、多くの人たちに判りやすく、きちんと説明することも大切だ」とも指摘する。

2021年1月1日の新聞の全面広告(画像・筆者撮影)
2021年1月1日の新聞の全面広告(画像・筆者撮影)

・自工会も広報活動の充実を

 筆者は、学生たちだけではなく、企業経営者、政治家とも話をする機会が多いが、ほとんどの人が自動車産業の占める位置に無関心であることに驚かされることが多い。

 次世代産業、ベンチャー企業、起業家育成など華やかに見える分野も、もちろん重要である。しかし、今現状のコロナ禍による世界経済の停滞とその中でも自動車産業の競争激化を見据えれば、現況の日本の自動車産業をどうするかという問題は、日本経済を左右する最重要課題であることに気づくはずである。

 もちろん自動車工業会などのこれまでの広報活動、情報発信にも問題があると言える。公式ツイッターなどを見ても、その手薄さが判る。

 「今回の箱根駅伝でも、せっかく良いCMをやっているのに、先導の白バイが外国製の電動スクーターだった。がっかりした」とある経営コンサルタントは言う。「自工会の組織改革をしたそうだし、いろいろな発想も変わると良いですね」とも言う。

 今回の思い切ったテレビCMや新聞広告、記者会見のYOUTUBEでの公開などは、やっとかという気もする。これからさらに自動車業界として、広報活動を充実させることも重要だろう。

・CMが問いかける重さ

 自動車が電動化されれば、部品点数は半部程度になると指摘されている。2020年11月には、日本電産の永守重信会長兼最高経営責任者が講演会で「2030年に自動車の価格は現在の5分の1程度になるだろう」と指摘した。部品点数が減少し、価格が大幅に低下することは、日本自動車産業そのものが大きく縮小することを意味している。

 「コロナで落ち込んだが、国内市場と中国市場のおかげで、秋口から少し戻ってきて、なんとか息を吹き返したところ。でも、もし、全電動化が本当に進めば、うちの会社の寿命は後10年だ。どうするか。本当に悩んでいる。」中部地方のある中小企業の若手経営者は言う。

 「クルマを走らせる550万人」という自工会のCMでは、自動車に関わる人たちの明るい笑顔が続く。しかし、コロナ禍の中で、日本経済のこれからについての重い問いかけとなっている。旅行業、飲食業の話ばかりが話題になるが、自動車産業もどうするのか。こちらも、猶予ない問題だ。

※資料

日本自動車工業会「自動車産業2020」

日本自動車工業会 2020年12月17日定例会長記者会見

※注

CASE・・・「Connected(コネクテッド)」・「Autonomous(自動運転)」・「Shared & Services(シェアリングとサービス)」・「Electric(電動化)」

MaaS・・・Mobility as a Service

All Copyrights reserved Tomohiko Nakamura2020

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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