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トイレットペーパー製造に中国は関係なかった~騙されないための「日本産業論」教室

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
スーパーの棚からトイレットペーパーが消えた(撮影・筆者)

・中国からの輸入が途絶えてトイレットペーパーが無くなる??

 今週、全国各地のスーパーやドラッグストアの店頭からトイレットペーパーが消えました。「店から無くなっている。」、「早く買わないと無くなる」と焦った人たちが殺到したために、大量にあったはずのトイレットペーパーが消え、ネット上では転売された高額なトイレットペーパーも登場しました。

 さて、その原因は、「中国からの輸入が途絶えてトイレットペーパーが無くなる」という流言のせいのようです。果たして本当なのでしょうか。大学で担当している「日本産業論」や「日本現代産業論」などで、毎年、ほんの少しだけですが製紙産業も取り上げているので、その中から少しだけ話題提供してみます。

・そもそもトイレットペーパーはどう作る?

 トイレットペーパーの工場を見学すると、まず大量の古紙の山に驚きます。企業などから出る大量の使用済みのコピー用紙や牛乳パックなどが倉庫に山積みになっています。中には企業から出た機密書類なども含まれるそうです。もちろんこれらは厳格に管理され、場合によっては段ボール箱に入れられたまま開封されるずに、溶かされるものもあります。

 こうした紙は、大きな鍋のような機械で、ドロドロに溶かされます。溶かした後、含まれているビニールやプラスチックなど異物を取り除き、繊維を洗浄します。さらにインキなどを漂白し、ドロドロのものは薄く延ばされ、乾燥され、巻き取られると大きな紙の柱のようなものになります。それを裁断して、普段、私たちが使うトイレットペーパーになるのです。

 もちろん、全てを古紙で作る場合もあれば、新しい木材から作った原材料を使う場合もあり、その割合は企業や製品によって様々です。

・トイレットペーパーは国産

 トイレットペーパーは、紙の中でも「衛生紙」と呼ばれる種類に分類されます。衛生紙には、トイレットペーパー、ティッシュペーパーなどが含まれています。

 この衛生紙の工場は、全国に103か所あります。そして、そのうちのほぼ半数が、静岡県の富士市、富士宮市にあるのです。(日本家庭紙工業会 2018年6月現在)

 では、トイレットペーパーの国産率はどれくらいかというと、ほぼ100%なのです。輸入が皆無とは言いませんが、ほんの数%しかありません。(日本製紙連合会「紙・板紙需給速報」)つまり、中国はもちろんほかの国からの輸入も無いのです。

・原材料の輸入元にも中国は関係なし

 紙の原材料は、木材を砕いたチップと言われるものです。東海道新幹線に乗っていて、きれいな富士山が車窓から見え、さて写真を撮ろうとすると工場の煙突がたくさんあって邪魔になったという思いをしたことはないでしょうか。実は、その煙突の多くが、製紙工場のものなのです。また、気づく方は少ないと思いますが、新富士駅よりもほんの少し東京よりの海側に、大きな茶色をした小山のようなものが一瞬見えます。大きな時と小さな時があるのですが、これが輸入した木材チップです。

 では、このチップの輸入元はというと、針葉樹チップはアメリカがほぼ半分の44.7%を占め、オーストラリアが33.5%、残りがフィージー、ニュージーランド、ロシアからです。広葉樹チップは、ベトナムが31.4%、オーストラリアが18.5%、以下、チリ、南アフリカ、ブラジル、タイが続きます。(日本製紙連合会 2018年度)

 つまり、原材料に関しても、中国は関係ないということになります。

富士山を撮ろうとすると入ってくる製紙工場の煙突(撮影・筆者)
富士山を撮ろうとすると入ってくる製紙工場の煙突(撮影・筆者)

・古紙の回収率は世界有数

 冒頭で、トイレットペーパーには古紙が使われると書きました。実は、この古紙のリサイクルに関しては、日本は世界でもトップレベルなのです。日本製紙連合会によれば、2018年の紙・板紙合計の回収率は81.5%、古紙利用率は64.3%と非常に高いものになっています。

 トイレットペーパーに使用される古紙の代表的なものが、牛乳パック。多くの方がきれいに洗って、スーパーなどの回収箱に持っていています。これらは、リサイクルされてトイレットペーパーとして家庭に戻ってきているのです。

 日本は、古紙の回収システムが整備されており、利用率・回収率は世界でもトップクラスです。牛乳パックなど飲料紙パックの回収率は40%を超しており、その多くがトイレットペーパーやティッシュペーパーにリサイクルされているのです。製紙全体でも、原材料の約60%が古紙などのリサイクルで、残りの40%が輸入された木材チップから作られています。

・台湾発の偽ニュースのせい?

 台湾の犯罪捜査局が2月10日に記者会見を行い、台湾南部にあるマーケティング会社の女性従業員3名を逮捕したと発表しました。この3人がトイレットペーパーの販売促進戦略の一環として、SNSなどを使って「マスクの製造にトイレットペーパーの材料が使われ、トイレットペーパーが不足する」との噂を広めたことが逮捕理由となっています。

 

 台湾当局は、この逮捕に先立ち、2月7日に経済省のフェイスブックページで、この噂は虚偽であり、マスクの材料は不織布で、トイレットペーパーの材料とは異なると説明していました。

 日本でトイレットペーパーの買い占めが始まったのが、2月27日頃から熊本市内で起こったようです。この台湾の話が、少し遅れて伝わったのかもしれません。いずれにしても、嘘は嘘で、親切心で拡散した多くの人が、今回の騒ぎを引き起こしてしまったと言えます。

・トイレットペーパーに中国は関係ない

 これで中国はトイレットペーパーには関係ないことが理解していただけただろうと思います。

 「いや、マスクが増産されているから、資源が足りなくなるはずだ」という意見もありますが、使用される材料がトイレットペーパーとは異なります。また、マスクの場合は国内生産比率が20%と、低価格品の多くが中国などからの輸入だったために、品不足が深刻になったわけで、トイレットペーパーとは状況が違います。

 なにより、製紙産業はリサイクル率も世界的に高水準な日本の誇れる分野の一つだと言えます。

 これを機会に、長い歴史を持つ日本の製紙産業にも興味を持っていただくと、幸いです。

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 意外と知っているようで知らない日本の産業。知っておけば、偽情報を拡散してしまったり、パニックに陥ってしまうことがないでしょう。これから、時々、知っているようで知らない「日本産業論」をお届けしていこうと思います。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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