京都の一等地でも撤退 ~ なぜ好立地でも商業の苦戦が続く

撤退する京都マルイ前。観光客で賑わう京都・四条河原町周辺(撮影・筆者)

・一等地からの撤退

 10月末、京都マルイが来年(2020年)5月で閉店することになったと、新聞各紙が伝えた。京都マルイは、京都一の繁華街である四条河原町の中心に位置する。京都という土地柄、若者も多く、インバウンド客も増加している中での発表は、多くの人を驚かせた。

 京都マルイは、2010年に撤退した阪急百貨店(現・阪急阪神百貨店)の直営店である四条河原町阪急の跡に、2011年に開業した。この四条河原町阪急が撤退した時も話題になった。この場所は、地下を走る阪急京都河原町駅に直結する位置にある。阪急京都河原町駅は、阪急京都線の京都寄りの終着駅であり、そこに開業した阪急百貨店は、ターミナル型百貨店として多くの人たちに親しまれてきた。

 阪急京都線は第二次世界大戦前から運行していたが、京都側の終点は、当初は西院駅、1931年からは大宮駅だった。大宮駅から河原町駅までが開通したのは、1963年であり、さらに阪急百貨店が開業したのは1976年のことだ。四条河原町阪急は、大学など学校も多く若い世代が多い京都の街に合わせて、若者向けのファッションを中心に扱い、四条河原町地域の中心的商業施設となっていった。

 同店の売り上げのピークは、1992年3月で171億円を記録した。しかし、その後、周辺の商業施設との競合が激しくなり、売り上げは下降線をたどる。1997年には、京都駅の改築に合わせてジェイアール京都伊勢丹が開業し、京都の買い物客の流れが大きく変化する。さらに、2010年6月には京都駅南側に大規模商業施設であるイオンモールKYOTOが開業し、さらに京都駅周辺への買い物客の集中が進んだことが決定的となった。

 商業施設の競合により、2007年2月には戦前から丸物百貨店として親しまれてきた京都駅前の京都近鉄百貨店が閉店。さらに、2010年8月には四条河原町阪急も34年の歴史を閉じた。一等地からの阪急の撤退は、四条河原町周辺の商業者に危機感を与えた。その期待を受けて、2011年4月に進出したのが京都マルイだった。そのマルイもわずか10年で撤退が決まったのだ。

観光入込客数及び観光消費額
観光入込客数及び観光消費額

 

・好立地でも苦戦が続く

 京都駅への買い物客の集中があるとは言え、四条河原町は依然として京都市の商業集積地の中心的存在である。平日の日中でも、四条河原町周辺は多くの人が行きかっている。2019年6月に京都府が発表した「平成30年京都府の観光入込客数等について」によれば、「災害等の影響により観光入込客数は前年を下回ったものの」、「観光消費額および外国人宿泊客数」は過去最高を記録している。

 「通りには人は溢れていますが、外国人観光客や府外からの観光客。土産物や一見客を相手にする店は繁盛しているが、以前からの客は減っています。京都駅前周辺の再開発で、京都も大きく流れが変わりました。」四条河原町で飲食店を経営する女性はそう話す。

・大型商業施設が京都市中心部を取り囲むように次々にオープン

 京都市内は、市内中心部に大型商業施設が進出できる余地がなく、全国の中でも商店街などが集客力を維持してきた。しかし、20年ほど前から製造業の大規模工場の閉鎖や再開発が行われ、大型商業施設が京都市中心部を取り囲むように次々にオープンした。

 エイチ・ツー・オー リテイリンググループの阪急商業開発も、今年(2019年)12月に「洛北阪急スクエア」をオープンさせる。京都市左京区の商業施設「カナート洛北」の床面積を1.6倍に拡大し、全館リニューアルし、90店舗を集めた滞在型ショッピングセンターだ。四条河原町からは車で20分ほど北に向かったところにある。駐車場も820台収容だ。

 「四条河原町に行っても外国人ばかりだし、日常の買い物だけではなく、ブランド品や贈答品の買い物も、車で気軽にでかけられるショッピングモールにでかけるようになった」と京都市に住む40歳代の主婦は話す。

京都マルイの入る京都住友ビルディングも1976年築(画像・著者撮影)
京都マルイの入る京都住友ビルディングも1976年築(画像・著者撮影)

・老朽化ビルも一つの原因

 「大型商業ビルは、耐震工事に巨額の費用がかかる。さらに、仮に耐震工事を行ったとしても、リニューアルがうまくいくことは少ない」と、あるゼネコンの技術者はそう言う。「1980年代以前のビルは、今のように電気配線やインターネット回線などが必要なかったこともあり、天井高が低いのです。さらに、床面を上げて配線工事を行ったり、エアコンなど空調などを増設するために天井を下げて空間を作るなどした結果、圧迫感が強くなってしまう。」その結果、「内装だけ、いくら手を入れても、パッとしない」と指摘する。

 首都圏の不動産会社経営者も、「今の百貨店の状況を見た場合、老朽化したビルを取り壊し、休業し、さらに新築しても、リターンが充分得られるとは思えない。せいぜい低層階に商業施設を入れて、高層階は住宅として分譲するか、オフィスかホテルにするというのが普通の考えだ」と言う。四条河原町でも、京阪ホールディングスが2019年12月に複合商業施設「GOOD NATURE STATION」(グッド ネイチャー ステーション)を開業する。1階から3階には、食材の販売とレストラン、美容関連の物販やサービスなどが、4階から9階には高級ホテルが設けられる。

 百貨店の二極分化が指摘されることが多いが、新しく高級感もあるショッピングモールにも対抗できる新築ビルを建設できるだけの売上高を確保できる見込みが立つか、立たないかという二つだとも言えるだろう。その収益性を左右している原因は、アパレル業界の変化にもある。

京都への外国人観光客は依然として多い(画像・著者撮影)
京都への外国人観光客は依然として多い(画像・著者撮影)

・アパレル業界の激変も影響

 アパレル系中小企業の経営者は、「今までなら、郊外型の大型商業施設のせいだとか、自家用車による顧客の都心離れだと批判していれば良かったが、もうそれだけではない」と言う。「メルカリなど個人が自分の不用品を簡単に売れるようになった結果、今までそれぞれの家でいわゆるタンスの肥やしになって眠っていた衣料品が一気に世の中に出てきた。ダムが決壊したようなもんだ。」

 経済産業省の調査によれば、国内のアパレル市場の規模はバブル期の15兆円から10兆円程度にまで5兆円も縮小する一方で、供給量は20億点から40億点程度へと、ほぼ倍増した。飽和状況にあるため、国内市場の縮小の一方で衣料品の購入単価および輸入単価は、1991年を基準に6割前後の水準に下落している。先の経営者は、「アパレル業界では、百貨店は主要な存在だった。その業界で大きな変化が起きた。女性顧客に話を聞いても、安いものはネットや量販店で、ここぞというものは東京など観光を兼ねてという流れが定着している。有名ブランドも郊外のショッピングモールに出店している。くたびれた老朽化した建物に、ただ有名ブランドを並べているというだけでは、百貨店は客を呼べない」と厳しい。

・京都の事例から学ぶことも多い

 京都の状況は、特別なものでもない。10月に入り、そごう川口店(2021年2月)、そごう西神(2020年8月)、そごう徳島店(2020年8月)、西武岡崎(2020年8月)、西武大津店(2020年8月)、高島屋港南台店(2020年8月)、タカシマヤ スタイルメゾンららぽーと海老名店(2020年2月)と次々に閉店が発表された。これまで百貨店撤退が相次いだ地方都市だけではなく、集客力が高いと思える中堅都市でも撤退が目立ってきた。

 京都の場合は、外国人観光客が多く、消費額も落ちていない、そのため中心市街地の空き店舗もほとんどない。それだけに、他の地方都市に比較して、その問題が顕在化していない。むしろ、これだけ多くの人が通りに溢れており、その中心地の立地でも集客力を維持できない事例が出たことは、商業が直面している深刻さを示している。様々な面から学ぶことは多い。

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