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「帰宅指示 出た? 出なかった?」~社内外から台風対応が注目される理由

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
最近は鉄道各社も事前に運休予定を発表するようになった。(写真:アフロ)

 台風13号の接近で昨日(2018年8月8日)は、首都圏を中心に早めの帰宅を行う企業が相次いだ。どの段階で、帰宅指示を出すべきなのか迷った経営者や人事部、総務部の担当者も多いのではないだろうか。

・30社近くが公式SNSで帰宅指示を公開

 8日の午前中から、夕方にかけてツイッターの公式アカウントで「帰宅指示」が社内で出たために営業時間が短縮すると発表した企業は、数えただけで約30社に上る。また、このうち5社程度は、9日の営業時間も午後からとしている。ここには小売業などの営業時間の変更(短縮)についての書き込みは含んでいないので、それらを加えると、かなりの企業に上る。

 こうした公式アカウントに「帰宅指示」が出されたことを記載している企業は、IT関連企業が半分以上を占めており、業種割合としては多い。こうしたSNSでの発表は、顧客に対する営業時間短縮の情報提供の意味合いだけではなく、自社の「ホワイト企業」性をPRする意味合いもあると思われる。

・規則もなく現場任せにすると混乱が

 「うちの場合、それぞれの職長が判断せよと総務部から言ってくるのですが、ちゃんとした規則がないので、いわば職長の人柄任せ」と苦笑するのは、中堅企業に勤務する30歳代の男性従業員だ。

 ツイッターの書き込みを見ても、「女性従業員だけ帰せって、危険なのに男女差はないだろう」とか、「店長は歩いてでも帰宅できるからと、帰宅指示を出さないつもりらしい」などと言った書き込みが見られた。

 実際に、ある流通業の店長クラスの従業員に聞くと、「店長に任せると下駄を預けられても、もっている情報は一般の社員と同じ。閉店して、何も起こらなかったら、責任追及されるのではと考えると、ぎりぎりまで判断できない」と話す。

・豪雨襲来の中で就職説明会を開催した企業

 ある学生から、7月に起こった関西地方の豪雨の時の話を際を聞いた。彼は、すでに内定を持っているのだが、さらに良い企業はないかと某社の説明会に申し込んだ。その日は、関西地方に大雨が予想され、朝から次々と運行を休止する鉄道路線が相次いだ日である。友人たちと連絡を取ると、別の会社の説明会は延期されているらしい。さらに激しくなる雨と鉄道などの運休に心配した両親が、会社に確認してみろというので、電話をしてみると、「通常通り、開催します」という返答。

 仕方なく出かけて行った。「集まっている学生たちも、ぼそぼそと、何線が止まった。帰れないかもなどと話しているんですが、淡々と説明するだけで、気にもしてくれないんです。その間に、スマホの大雨や洪水の警報がバンバン鳴っているんですけど。」

 さらに驚いたのは、説明会が終わった段階で、一言も帰宅に関して気遣う発言がなかったことだと言う。「もう帰られないかもと真っ青になっている学生もいました。エレベーターの中で、誰かが、でもよかったよ、どういう会社かよく分かったと言ったんです。みんな少し笑って、その点では今日で良かったかも。」

 彼は、この会社の受験を取りやめた。「あれだけの雨で、路線が次々止まっているに、平然と説明会しているし、なにごとも無いかのようにみんな、仕事していましたから、そういう会社なんだなあと。」

・「みんな、しっかり残って働いてくれました」で良いのか

 もちろん、エネルギー関連やインフラ関連産業など災害時の対応が求められる企業では、そう簡単には帰宅指示を出せない。しかし、ほかの企業で実際どうだろうか。

 「従業員あってのうちの企業というのを、いつも自戒している。少しでも危険が予想されるのであれば、在宅勤務に切り替えたり、早めに退社するように指示を出している。中小企業の場合、やはり社長がその指示を出さないと中間管理職ではやりにくい。こうしたことが、従業員がこの会社で働いてよかったと思えるようになる」と関西地方のある製造企業の社長は話す。

 また、別の企業の経営者は、「阪神大震災を経験し、事業継続計画を立てる中で、社長としての業務はもちろん、社員の多くもある程度までは在宅ワークに切り替えられるようにしてきた。もちろん業種や業態にもよるが、インターネットが普及した現代では、かなりの部分を自宅でバックアップできるのではないか」と話す。

 一方で、「交通手段が混乱している中を全従業員が出社してくれました。すばらしい」と言った感想を述べる経営者も多いが、総じて高齢の経営者が多い。

・たかが「帰宅指示」されど「帰宅指示」

 昨日の何時に帰宅指示を出しているかを公開すればよいというSNSでの書き込みが多かった。経営陣は車で通っているから、会社から徒歩範囲に住んでいるからなどという理由で、自社の従業員が帰宅困難に直面することも想定できないような企業には、従業員は忠誠心を持つことはできない。

 さらに今はSNSの最盛期である。先の関西地方の豪雨の際も、今回の台風13号でもSNS上には実名あるいはそれとわかる表記で、出勤を強制された、帰宅指示を出してくれないなどという書き込みが目立った。正社員はともかく、アルバイトやパート社員などでは辞める決断をして、SNSに書き込む人もいる。

・考え方を変えなくて大丈夫か

 以前とは異なり、気象予報の精度がかなり上がった。鉄道各社も、その予報に基づいて、事前に減速や減便あるいは運転休止を行うようになっている。にもかかわらず、旧態依然として、「本当に被害が出てきてから考える」というので、今後の求人や優秀な従業員の引き留めに悪影響が出る。

 今の管理職が新人時代にも台風など風水害があったが、その当時の被害の出方、あるいは先に書いたように鉄道各社の対応方法も変化している。さらに、根性論で「とにかく出社しろ」ということが、逆に大きな混乱を引き起こす事例も、これも今年の北大阪地震の際にも移動できない人たちが通勤途上に大量に滞留する問題になった。

 今回の台風13号での対応を見ていると、従来、こうした帰宅指示が難しいと言われた飲食業や流通業でも、多くの企業で通常よりも2時間から3時間閉店時間を繰り上げたところが多くなってきている。顧客の受け止め方も変化しつつある。

 災害時に無理な出社命令や勤務命令を出し、従業員を失うことになれば、企業の社会的信用度を落とすだけではなく、人員不足によって事業継続すら困難になる可能性がある。さらに、就活生やその親の目が光っていることを、中小企業経営者ももちろん企業の人事、総務担当者は、自覚しておいた方が良いだろう。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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