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シェアリングエコノミー約5,000億円はプラスなのか?~経営者が懸念するC to Cへの流れ

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
「買い過ぎたら売れば良い」そう考える人も多くなってきた(写真:アフロ)

・シェアリングエコノミーの規模は最大約5,000億円

 2018年7月に内閣府は、2016年の日本のシェアリングエコノミーの規模を5,250億円と試算し、そのうち1,000億円程度が国民総生産(GDP)の押し上げ要因となると発表した。

 内閣府が発表した「シェアリング・エコノミー等新分野の経済活動の計測に関する調査研究報告書」によると、この5,250億円の内訳は次のようになっている。

 国民経済計算(SNA)の「生産」の概念に含まれない中古品売買や個人間での金融取引等が約2,750億円、「生産」の概念に含まれるが現状では捕捉されていない個人間でも物の売買などが約1,350億円、そして「生産」の概念に含まれていて現状捕捉されているものが約1,200億円となっている。

 これらのうち、すでに国民経済計算に含まれているものを除くと、約1,000億円程度の増加が見込まれるということになっている。しかし、現実には国民総生産(GDP)は合計で500兆円程度あり、押し上げ要因といってもわずか0.01~0.02%程度でしかない。

・C to Cという新しい競合相手の登場

 「昨年あたりから、ものが売れない。特に今年に入ってから、売り上げが低調だ。」関西地方のある経営者の集まりで、中小企業の経営者が話す。

 「同業他社と話しても状況は同じ。アパレル系は販売価格の低下傾向が続いているし、インバウンドが良いと言っても、全体の退潮傾向を押しとどめるほどではない。」と言う。

 その経営者は、娘と話をしていて、愕然としたのだという。

 「そう言えば、最近、ゴルフコンペの景品としてもらってきたものが、無くなるんだ。おかしいなあ、かみさんが処分しちゃったのかなと思っていたんだが。」ある日、経営者の娘が「お父さん、ゴルフ関係の商品って意外と高く売れるんだね」と話しかけたのだそうだ。

 「タンスの肥やしになっていたゴルフコンペの景品を、娘がネットで売って、小遣い稼ぎをしていたんだ。」周囲の経営者たちが、その話を聞いて、笑いながら言った。「ゴルフ関係のって、結構ブランド商品が多くて高いんだよね。俺もね、ネットで安く手に入れてるよ。」

 「そこなんだよ。じっくり考えてみて、ぞっとしたんだ。今まで、我々はB to Cの世界で商売をしてきた。それが、昨年あたりから、いきなりC to Cが急成長してきたんだ。」

 従来であれば、B to C(企業⇒個人)で商品が流れ、そこで滞留していたものが、ネットのシェアサイトの発展でC to C(個人⇒個人)の流れが急膨張しているのだ。

 ゴルフウェアが欲しいと思う。今までならゴルフ専門店などに行って、購入していたのが、シェアサイトで低価格の未使用品が出ていれば、それを購入する。

 「問題は、その人は一着しか買わないということなんだ。つまり、本来、私たちが売っていたはずの一着がそこで失われる。シェアサイトを覗くと、流通業の我々はこんなに不要なものを押し付けるようにして売っていたのかと落ち込んでしまうほど、個人が新品の商品を低価格で売っている。C to Cという新しい競合相手の登場で我々のB to Cはどうなるのだろうか、今後の商売の心配の種が増えた。」

・シェアリングエコノミーが経済に寄与するか

 仮に、ある地域の旅館、ホテル需要が非常に高く、宿泊できずに別都市に流出してしまっている観光客が多いとする。その際に、民泊やシェアホテルなどによって、その需要を取り込む、つまり機会損失を防げるとすれば、その地域の経済にはプラスに働くだろう。

 しかし、もし、本来であれば旅館やホテルに宿泊していたはずの人たちが、より低価格である民泊やシェアホテルに流出しているだけだとすれば、経済にプラスには働かないだろう。

 もちろん、現状、日本は海外から訪れるインバウンド客が順調に増加しており、旅館、ホテルの需要にプラスした形で民泊やシェアホテルが機能している。これは、世界各国で問題になっているタクシー業界とシェアライドとの問題とも重なってくる。絶えず需要をオーバーフロー状態にしておき、減少傾向が見られれば規制強化で調整するという政策的手法もあるが、果たして日本でその手法が使えるのかどうか疑問もある。

 問題は、先に挙げた流通業界のように顧客の対象が国内市場に依存する部分が多い場合だ。国内の人口が急減少し、市場が縮小している中で、さらにC to Cという新たな流れが滞留したままで消費されていたものが、それも低価格で還流してくる。「環境には良いのだろうけれど、我々のような中小の商業者にとっては、決して小さな問題でも、遠い未来の問題でもない。」(冒頭の中小企業経営者)

・シェアリングエコノミーとどう共存するか

 北陸のある中心市街地で勉強会をした時に、次のような指摘が若手商店主から出たことがある。

 「行政や地元振興を志向する団体は、フリーマーケットや産直市などを誘致して賑わいを創出しようとする。しかし、競合しない商店は良いが花屋、八百屋、魚屋、衣料品店などにとっては、素人が非常に低価格で様々な商品をもちこんでくることで、相場価格が下がるだけではなく、売り上げにも影響している。」

 商店街でも高齢の経営者たちは、すでに売り上げにこだわることもなく、減価償却が終わった店舗で低価格販売ができる。しかし、後継して店舗を改装したり、新規に店舗を賃貸したり、購入して開業をした若手にとって、こうした「賑わい創出」は自分たちの売り上げを減少させてしまう懸念がある。

 「嫌な奴だと思われてもいいと、いつも商店街のアーケードの下で野菜や花を売るおばあさんに注意しました。このアーケードもそうだし、電気代もここで商売している商店主が分担して払っているんです。ここでやらないでくださいって言ったら、そのあとに来たお客さんに、年寄りがいじめられてって聞こえよがしに言ってんるんですよ。」と別の若手商店主は苦笑いしていた。

 内閣府の試算は主にインターネットを活用したビジネスモデルを中心に据えているが、すでにリアルの社会ではこうした商店街の問題のように、シェアリングエコノミーが浸透しつつある。このことは、一見、賑わいや新たな集客力を獲得したかに見えるが、一方で「業」として自立することのできなくなるレベルでの低価格化が進めば、せっかく若い世代が取り組んでいる中心市街地での起業や創業に水を差す可能性もある。こうした点も、指摘し、どう共存していくのかという議論が必要だ。

・シェアリングエコノミーは、様々な領域に影響を及ぼす

 シェアリングエコノミーの発展は、一方で様々な人たちがビジネスを始めるチャンスを与えていることも事実だ。そして、一方では市場を奪われる人たちも出てくる。

 今回の内閣府の調査研究では、シェアリングエコノミーをどのように計測するのかが目的であり、シェアリングエコノミーのメリット、デメリットなどについての記述はない。

 冒頭で紹介したように、シェアリングエコノミーの進展によって、今はまだ少額とはいえ、市場の変化に気づいている経営者も出てきている。従来のB to BとB to Cだけの世界から、C to Cを含む世界へと変化しつつあることは確かだ。

 シェアリングエコノミーの進展と表裏一体なのは、私たちの生活スタイルの変化である。もちろん反対、賛成、様々な意見はあろう。しかし、人口減少、市場の縮小の中で、シェアリングエコノミーに適応したどういったまちづくりをするのか、どういった公共インフラが必要となり、不必要となるのか。場合によっては、ある種の産業、業種が不必要となるだろう。

 だからこそ、シェアリングエコノミーをいたずらに持て囃し、経済活性化の救世主のように評価するのは時期尚早だ。しかし、今後、経済、社会全体に大きな影響をもたらすことは間違いなく、必ずしもプラス効果ばかりではないことを含め、慎重な評価と対処が求められる。

※参考 内閣府 「シェアリング・エコノミー等新分野の経済活動の計測に関する調査研究報告書」2018年7月

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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