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前例が役に立たない災害が警鐘を鳴らす ~ 地域創生は地域「維持」が基盤だ

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
全国で前例のない災害が連続している(提供:アフロ)

・「前例のない」と繰り返すだけで良いのか

 北大阪地震、西日本豪雨、そして台風12号と今年は立て続けに自然災害が襲ってきた。北海道でも大雨があり、一方の東北地方では空梅雨で農作物への影響が懸念されている。

 この記事を書いている最中にも、台風12号について「前例のない」、「今までの経験が役に立たない」と繰り返す報道が続いている。確かに、今までの風水害などとは、今年のものは異なっていると、多くの人が感じている。しかし、だからこそ、今年のこの災害の連続は「未来への警鐘」が鳴り響いていると受け止めるべきだろう。

・地方自治体職員の懸念

 災害が発生し、しばしばやり玉に挙げられるのは、地方自治体である。しかし、現場は苦悩している。平成28年に震度7の地震で大きな被害を出した熊本県では、この10年間で土木関係職員が約100名減員されており、職員の負担は大きく、他府県からの応援依頼に頼らざるを得なかった。

 「政治の世界で公務員叩きは票になると評価されたのか、こうした削減が問題視されることもなく、むしろもっと削減すべしという方向で進んできた。しかし、実際には、すでに土木関係職員はこの20年間で大幅に削減され、町村部では土木技術職の職員がほとんどいないという惨状だ。現場に専門知識を持っている人材が少なくなっている結果、ますます負担が重くなると同時に、対応に遅れや支障を引き起こす可能性も捨てきれない」とある地方自治体の幹部職員は話す。

 「普段必要ないからと、どんどん削減しておいて、災害が発生した時には、なにをやっているんだと叱責される。人員削減が進みすぎ、様々な技術やノウハウの伝承などにも問題が発生している現場の困窮具合などを理解してもらえない。」別の自治体の土木部門職員は、そう言う。

 実際に、全国の地方自治体の土木部門職員は、平成8年をピークに減少し続け、平成27年には13万9千人と、20年前の約6万人減、10年前と比較しても2万人以上の大幅な減少となっている。20年前に比較すると、土木部門職員は3分の2の人員しか配置されていないのである。

「村役場レベルでは、技術職員が全くいないところが半分上になっている。災害発生時に即応体制が取れない地方部も多い。専門知識を持った職員が常駐していない危険性を、もっと理解してほしい」と前述の幹部職員は指摘する。実際、この20年間での市町村職員の減少率は約20%なのに対して、土木部門職員は約27%と高くなっている。

地方自治体の土木部門職員は、この20年で6万人も減っている(総務省資料)
地方自治体の土木部門職員は、この20年で6万人も減っている(総務省資料)

・インフラの老朽化が被害を増大させる

 「1960年代から1980年代にかけて建物や道路などの都市インフラを私たちは造り上げてきた。こうしたインフラが老朽化し、適切な維持管理が行われていない場合、今年のような大規模災害が襲うと、深刻な損壊を引き起こし、地方の経済活動にも大きな影響を及ぼす。」東北地方の自治体の幹部職員は指摘し、さらに続けて、「地方部では、場合によっては第二次大戦前後に作られた建物や鉄道などを抜本的な改修をせずに使い続けている。現在でも、そのことに触れれば、莫大な費用が掛かることが分かっているので、行政も、議会も見て見ぬふりをしている。これらも、いよいよ無視できない深刻な状況になっている。」と言う。

 今の豊かな生活は、それらのインフラの上に成り立っていることを忘れてはいけない。道路や上下水道、河川、鉄道など建設後50年を経過すると、老朽化問題が本格化する。日本の高度成長期時代に建設されたインフラの多くが、急激かつ加速度的に老朽化が進む。国土交通省の試算によれば、こうしたインフラの維持管理や更新にかかる費用は2013年の約3.6兆円から、2033年には約5兆円程度まで増加するとされている。ここに前例のない自然災害が連続すれば、その費用は一層増加する。

・新しいものを造る時代から、今持っているものを守る時代へ

 「オリンピックだ、IRだ、カジノだ、万博だと、新しいものを創る話は明るいし、まだまだ票につながる。今、実際に使っているインフラが危機に瀕していて、そこに修理や維持のお金をつぎ込もうというと、暗い話をするな、未来を語れと批判されてしまう」と、関西のある地方議員は疲れた表情を浮かべる。

 今から50年前の高度経済成長期に、私たちは多くのインフラを手にした。そして、今、そのことにはほとんど意識せず、老朽化が進むインフラの利便性の上に生活を成り立たせている。その利便性が高く安全な生活を維持するために、老朽化の進むインフラを維持管理しなくてはならないのだが、現実にはその予算も削減されている。全国の市町村の土木費用は、この20年間で約5兆円以上減少しており、約半分の水準にまで落ち込んでいる。老朽化するインフラが加速度的に増加するという状況にも関わらずである。

 もう私たちは充分に様々なものを持っているのである。その持っているものを、いかに維持し、便利で安全な生活を維持していくのかを考える段階に来ている。さらに、そこに資金を投ずることで、インフラの維持や長寿命化などの分野で新たな産業や技術を生み出すことが可能だ。こうした方向性で地域経済の活性化を図ることこそが、今の時代に合致しているのではないか。時代遅れの派手な宣伝文句に目くらましされて、今、持っている大切なものを失うような愚行を起こすべきではない。私たちが生きているのは、2018年であって、1968年ではないのだ。

・予想できないものと、予想できるもの

 「前例がない」から予想されなかったという部分も、もちろんあるだそう。しかし、予想できる部分も大きい。既存インフラの老朽化に関しては、すでに平成25年度の国土交通省の調査(注1)で地方自治体が危機感を持っていることが示されている。この調査では、市町村の規模に関係なく、予算不足、職員不足を懸念している割合が6割を超しており、さらに4割程度で技術力不足を懸念していることが明らかになっている。こうした懸念が、今回、実際のものになってきている。

 大規模な自然災害であっても被害を減らす、つまり私たちが持っている大切なインフラを守るために行動すべきだ。それは決して後ろ向きでも、暗い発想でもない。むしろ、前向きであり、地域経済の発展にもつながる方向である。

 ちょうど、この原稿を書いている時、台風12号の接近で、窓を雨が激しく叩き、激しい風音がしている。今年のこの自然災害の連続が、私たちに利便性が高く安全な生活が、今、危うい状況にあることの警鐘を鳴らしている。無駄にせず、発想の転換の契機にすべきだ。

 新しいインフラを次々建設していった人口増加時代とは異なり、今、手にしている重要なインフラをいかに維持し、そこで必要とされる技術やノウハウを新しい地方の経済発展につなげていくことこそが、人口減少時代の地方創生だ。

【注1 国土交通省社会資本整備審議会・交通政策審議会「今後の社会資本の維持管理・更新のあり方について 答申」(平成25年12月)参考資料】

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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