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人手不足を嘆いているだけではなく~中小企業は就職氷河期世代の積極採用を

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
人材不足で氷河期世代に注目が集まる(画像・著者撮影)

・「採用できない」と嘆く中小企業経営者

 ここ二年ほど、日本中、どこの中小企業経営者と話しても、その多くが口にするのは求人の困難さだ。

 地方の工業高校や工業高等専門学校などの先生方と話をしても、「地元企業には日頃からお世話になっているので、卒業生に就職して欲しいのだけれど、大手企業が活発な採用活動をしているために、どうしてもそちらに流れる」と言う。ある工業高校の校長は、「親や本人が希望しているものを学校側が否定したり、無理やり地元企業に誘導することはできない」と話す。

 「4、5年前と大きく変化してしまい、うちのような中小企業では高校や大学に求人票を出しても、応募すらない。地方でも外食産業や流通産業がアルバイトでも時給を1000円以上出すようになっており、若い社員の中にはうちでは正社員だぞ、あちらはアルバイトじゃないかと言っても月給に換算して、辞めていく者も出て、頭が痛い。」と中国地方の中小製造企業の経営者は嘆く。

人材不足は一過性のものではない
人材不足は一過性のものではない

・人材不足は当分の間、継続する

 ここまで急激に人材不足になったのは、景気回復というよりも、人口の多くを占めてきた団塊の世代が、2年ほど前から70歳を越し、この後、2年ほど全てが70歳を越すことによるものだ。例えば、2018年(平成30年)に70歳になる人たちは、約216万人。一方で、20歳になる人たちは、約123万しかいない。この数年はこうした状況が続く。

 

 定年延長や嘱託扱いで勤務を続けてきた高齢者従業員が、体力の衰えなどで退職していく。その代替を高校や大学などの新卒採用で補おうとしても、元々の人数が大きく減少しているのだから、不足するのは当たり前だ。単純に計算しても、差し引き数百万単位での不足だ。

・2018年問題が氷河期世代を非正規から正規に転換するか

 氷河期世代というのは、1993年頃から2005年頃までの就職氷河期と呼ばれている時期に大学や高校を卒業した世代を指す。失われた十年などとも呼ばれるが、多くの企業が採用を手控えたために、正規雇用されず、非正規雇用のままの人たちが増加した。

 非正規雇用の継続で来たために、社員教育や研修などを受ける機会が少なく、技術やノウハウ、知識などを身に着けることができないまま、年齢が高くなる傾向が強い。実際、厚生労働省の調査(厚生労働省「平成28年度能力開発基本調査」)でも、正社員以外に教育訓練を実施している事業所は、正社員の約半数しかないこと指摘している。こうしたことから、今まで多くの企業で、こうした非正規雇用経験しかない人たちの採用を即戦力にならないとためらうことが多かった。

 「統計を見て、ぞっとした。このままいけば、非正規のまま、中高年化し、その結果、社会保障費の増大を招いてしまうことは明らかだ。」近畿地方のある自治体の労働行政担当者は、「非正規率が高い氷河期世代は、対策もすっぽりと抜け落ちたままで、年齢が上昇してきた。自己責任論が強く言われたこともあるが、状況からみればそれが間違っていることは指摘できる。」と言う。

 しかし、ここ数年の人手不足は、これを解消する良い機会だとも指摘する。さらに、今年2018年は4月に有期社員の「無期転換」ルールが、10月には派遣社員の「派遣期間3年」ルールが始まる。これは「2018年問題」と呼ばれ、雇用環境に大きな変化をもたらすと考えられている。「人手不足はかなり厳しい段階まで来ている。一部の企業では適用逃れの雇止めも起こっているが、全体的には人員確保が重視され、無期雇用社員や正社員への転換が進んでいる。」と話す。

・見直される「就職氷河期世代」の採用

 「高齢者、女性、新卒者、考え付く様々なことをやって求人してきたが、いよいよ採用できなくなってきた。社内で会議をしたところ、社員から就職氷河期世代の中途採用を考えるべきだという意見が出て来た。」北関東地方の中小企業経営者がそう話す。

 昨年2017年に大手メーカー社長が、自社には40代前半の社員が不足していると嘆いたことに対して、「採用しないでおいて、いまさら」という批判が強まった。ほんの数年前まで、低賃金の派遣従業員や非正規雇用社員として散々使っておきながら、急に人手不足になったからと嘆いて見せてもと言うのは、多くの氷河期世代の偽らざる気持ちだろう。

 同時に不安定な待遇や賃金の低さに将来の不安を覚えている人たちも多い。「2018年問題」も、雇止めや待遇や賃金は変わらず単に無期転換されるだけではないかという懸念を持つ人も多い。

 中小企業経営者が、こうした氷河期世代の正社員としての採用を前向きに検討してきていることは、悪いことではないだろう。

2018年問題がどういった影響を与えるのか不安を持つ人も多い
2018年問題がどういった影響を与えるのか不安を持つ人も多い

・自治体や経済団体、教育機関が連携する必要も

 20年近い非正規雇用の悪影響による技能やノウハウ不足を短期間で取り戻すことは難しいと指摘する声もある。一方で、非正規雇用とはいえ、一定水準の業務を行ってきたのであり、全くゼロからのスタートではないはずだとする意見も多い。

 

 いずれにしても不足する部分を補う仕組みも必要である。先の経営者も、「中小企業の場合、なかなか社内だけで研修や講習を行うことは難しい。自治体や教育機関などが、再教育プログラムなどで協力してもらえると助かる。」と指摘する。近畿地方の高等技術専門校の教員の一人は、「地域企業との連携が強く求められている中で、そうした中途採用を行う企業の社員研修などを高専や工業高校、大学などが担うことも検討すべきだ」と話す。

・不本意な非正規雇用労働者は35~44歳で約51万人も

 まずは、氷河期世代の現状を自己責任論に押し付けるのを止める。そして、社会全体の問題として再認識し、自治体や経済団体、教育機関が企業と連携して、氷河期世代が活躍できるように再教育支援制度を整えるべきだろう。中小企業が就職氷河期世代の積極採用に乗り出せば、地域振興にも貢献できるだけではなく、将来の社会保障費増大を防止することにも資する。

 「正規の職員・従業員の仕事がないから」という理由で不本意な非正規雇用労働者は、2017年(平成29年)で約273万人。そのうち、25~34歳が約57万人、35~44歳で約51万人もいる。(総務省「労働力調査(特殊系列:詳細集計)」平成29年平均)

 中小企業経営者は、新卒採用にこだわるのではなく、中途採用に取り組む段階になっている。さらに非正規雇用経験しかない採用希望者に対する再教育制度の整備を、自治体や教育機関、所属する経済団体に中小企業経営者から訴えることも重要だろう。嘆いているだけでは、人材確保は覚束ない。

 

 

 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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