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地方移住は夢や理想ではない ~ なぜ豪雪の中の移住体験ツアーなのか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
この季節、地吹雪で道路の境目が全く見えなくなることもある(筆者撮影)

 先週の土日、1月27日と28日、山形県川西町で移住体験ツアー「山形かわにしで学ぶ・大人のインターンシップ」が開催された。

 今回の中心は、「空き家&空き店舗見学ツアー」。実際に住むところや、開業したところを見てもらおうという試みで、同時に空き家や空き店舗を借りている移住者や開業者を訪ねて、直接、その体験を聞くという時間も設けられた。

・良い季節しか見せないので良いのか

 「今から考えると、うちの旦那は、結婚するまで、桜の咲くころとか、果物のいっぱいある秋とか、ここにすごく良い季節にしか私を連れてこなかったんですよねえ。冬に連れてこられていたら、嫁に来てなかったかも」という笑い話を、雪国に結婚してから来たという女性に聞くことがある。結婚して初めて雪国である土地の冬を体験し、いろいろ苦労もしたけれども、今は幸せだという話の流れで聞くのは、笑いも起こって楽しい。

 しかし、もちろんそういう話ができるようになるまでには、大変な苦労もしているはずだ。

今年は特に雪が多い(写真提供:やまがた里の暮らし推進機構)
今年は特に雪が多い(写真提供:やまがた里の暮らし推進機構)

・「こんなはずではなかった」では不幸だ

 移住定住を促進しようとする役所や関係団体も、この旦那様と同じ気持ちだろう。できるだけ、素晴らしい季節に来てもらって、良い印象をもって帰り、そして移住を決めて欲しいと願っているはずだ。

 

 しかし、良い季節にだけ来る観光客とは異なり、移住するということは、そこで一年を通して暮らすことになる。後になって「こんなはずではなかった」となってしまっては、そう思う方も、思われてしまう方も不幸だ。

 今年は、特に年明けから雪が多く、先週末も豪雪となった。山形新幹線にも運休や遅れが多く出た。それでも、あえてこの時期にこうしたツアーを川西町が開催したのには、理由がある。

 

・集客力のある「格安で雪国で遊べる」ツアー

 実は、川西町でも以前は、春と冬の二回、移住定住促進を目的としたモニターツアーを実施していた。しかし、冬以外の季節ならば、それぞれが旅行に来て、自由に見て回ることもできる。しかし、冬は地元の人間が案内しなければ見て回ることもできないだろうという意見から、冬のみの開催に変更した。

 そうは言っても、味噌づくりやスノーシューハイク、寒中キャベツ掘り、スノーモービルなど寒い冬でも楽しめるという内容で昨年まで開催してきた。確かにこれならば、「格安で雪国で遊べる」という集客力があった。

・移住経験者の思い

 これに異論を唱えたのは、実際に移住してきた鈴木文恵さんだった。彼女自身も15年前に都市部から移住。当時は、冬の積雪のことなど全く知らず、春夏の山、川、自然、家だけを見て、両親と夫とともに川西町に移住した。今では、川西町で「キラキラ輝く雪を見ていること」が大好きだという鈴木さんだが、「今の住まいにも、川西町にも後悔はしていないが、できれば冬の状況を見てから決めても良かったのかな」と思ったという。

 移住定住促進の仕事を町役場の外郭団体であるやまがた里の暮らし推進機構で担当するようになって、その思いが強く蘇った。

 「今までの体験ツアーは、とても評判が良く、募集すればすぐ都市部から参加者が集まる内容だった。しかし、本気で移住を考える人にとって、そのツアーは有益だろうか。むしろ、空き家を見てもらったり、空き店舗をうまくリノベーションして頑張っている若者や移住者が川西町にいるんだ、ということを見てもらうべきではないか。」

 鈴木さんのこうした意見が、町役場などを動かし、今回のツアー企画に繋がった。「楽しく遊ぶ」部分が大きく減り、「実際に移住したらどうした生活が待っているのか」という部分が大きくなった。

・思い切りと発想、そしてきちんと身に着けた技術や知識

 ツアーの中で、Uターンで川西町に戻り、参加者たちは空き店舗を活用して「キッチン&バーカリスマ」を開業した大竹浩之さんを訪ねた。参加者から、次のような質問が出た。

自身のUターン経験を話す大竹さん(写真・やまがた里の暮らし推進機構)
自身のUターン経験を話す大竹さん(写真・やまがた里の暮らし推進機構)

「最近、古民家を利用したカフェなど流行っているが、この町ではどうだろうか。」

 大竹さんは、自分の体験を背景に次のように答えた。

 「真面目にコーヒーを勉強し、一杯800円でもお客が納得できるものが出せるというのなら、この町でも大丈夫です。みんな、カフェがあればいいなあと思っている。しかし、この町の人口を考えたら、安いコーヒーを出すカフェでは経営をやっていけない。」

 自身も故郷を離れて、生活していたが、故郷におしゃれなレストランバーがあれば楽しいだろうなと思って、開業したと大竹さんは話す。お客は若い世代だけではなく、年配者も多いという。「実は、自分もこういう店をやろうと思っていたなんて話す人は多いのですよ」と笑う。思い切りと発想、そしてきちんと身に着けた技術や知識があれば、チャンスは地方でもある。

メニューを見て笑い声が起こる。大竹さんは楽しむことも大切と言う (写真・やまがた里の暮らし推進機構)
メニューを見て笑い声が起こる。大竹さんは楽しむことも大切と言う (写真・やまがた里の暮らし推進機構)

・移住は、夢や憧れだけでできるものではなく、「生活」そのもの

 総務省が昨年(2017年3月)に発表した『「田園回帰」に関する調査研究中間報告書』によれば、農山漁村地域に移住する上で必要な条件として最も多いのは「生活が維持できる仕事(収入)があること」で全体の55.8%を占めている。移住は、夢や憧れだけでできるものではなく、「生活」そのものであり、大竹さんのように実際に起業し、経営している経験者の意見を聞くとは重要だろう。

 移住者獲得で苦戦しているのは、川西町だけではない。都市部から過疎地域への移住者は、過疎地域への移住者のうち、都市部からの移住者についてみると、2000年(平成12年)の国勢調査では約38万人だったものが、2010年(平成22年)には約27万人(31.7%)と約11万人(マイナス29.1%減)も減少している。さらに、傾向としては東日本より西日本への移住が増加している。震災の影響や冬季の厳しい自然環境も東北地方にとっては不利な条件だ。

 2015年(平成27年)の国勢調査では、20歳代から30歳代の若年層の地方移住がわずかであるが増加傾向を見せている。こうした傾向を本格的なものにできるかどうかが地方の自治体や関係者にかかっている。

・物見遊山型のツアーよりも、ニーズ対応型のツアー

 今回の川西町のツアーを主催したやまがた里の暮らし推進機構の山上絵美事務局長は、「移住定住促進のツアーでは、旅費をすべて主催者負担で実施している自治体も多くあります。しかし、旅費をすべて負担して、人数を集めたとしても移住者増加に結びつけられるとは限らない。」と話す。しかし、一方で集客数が少ないと、事業そのものの評価が低下する可能性もある。悩ましいところだとも言う。

 2014年(平成26年)か始まった「山形かわにしで学ぶ・大人のインターンシップ」は、今回で11回目だった。このツアーを通じて、山形への移住をしたのは、合計8名。

 今回は、特に実際に川西町に移住してきた人たちや地元で起業したり、働いている人たちが協力し、移住希望者へのアドバイスを行ったり、説明を行う。夢ばかりを見せても、現実に直面すると挫折してしまう。ちゃんと厳しさも判ってもらおうという意見が強い。もちろん、川西町で暮らすことで得られるもの、楽しさも、伝えたいという思いも強い。この土地への愛着やこだわりも伝えたいと山上事務局長は言う。

町の宿泊施設「まどか」での交流会では地元食材を大塚直幸料理長みずから説明(写真提供:やまがた里の暮らし推進機構)
町の宿泊施設「まどか」での交流会では地元食材を大塚直幸料理長みずから説明(写真提供:やまがた里の暮らし推進機構)

 先にあげた総務省の『「田園回帰」に関する調査研究中間報告書』は、移住者は「必ずしも1つの企業に雇用されることを目指しておらず、起業・創業する、複数の仕事から収入を得るなど、働き方自体が多様化」していると指摘している。

 本気で移住を考える人たちにとっては、物見遊山型のツアーよりも、川西町で実施された実際の生活や仕事、起業についての情報を提供するニーズ対応型のツアーが役立つことは確かだ。

※参考  総務省自治行政局過疎対策室『「田園回帰」に関する調査研究中間報告書の公表』平成29年3月28日 

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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