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山形の町が、歳末の東京・上野にやってくる理由 ~ 山形かわにし豆の展示会

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
山形県川西町特産の「紅大豆」川西町(画像提供:やまがた里の暮らし推進機構)

 先週から、東京メトロの駅構内の「東京メトロ沿線案内12月」の大型ポスターに、王子神社熊手市、浅草寺歳の市・羽子板市、薬研堀不動尊納めの歳の市・大出庫市という年末恒例の有名行事に並んで、「山形かわにし豆の展示会」というイベントが紹介されているのに気が付いた方も多いだろう。この忙しい歳末に、東京で開催される小さな催しだが、実は小さな町の大きな思いから始まっていた。

タイアップ店「散ポタカフェのんびりや」に飾られた川西産の豆 (著者撮影)
タイアップ店「散ポタカフェのんびりや」に飾られた川西産の豆 (著者撮影)

 

・「豆」がキーワード

 主催しているのは、山形県川西町。人口わずか1万6千人ほどの小さな町だ。そんな小さな町が、歳末で忙しくなってきたこの時期、東京・谷中にある複合施設「上野桜木あたり」で「豆の展示会」を開催して、今年で3年目になる。きっかけは「豆」である。

 4年前、川西町の原田俊二町長が取り組んだ地域振興策で、「豆」をテーマにしたシティプロモーションが始まった。この川西町の象徴的な豆が、「紅大豆」である。在来種の赤大豆の一種だが、収量が少なく、栽培が難しいことなどから、一時は幻の豆と呼ばれるほどにまで少なくなっていた。大豆であるのに、鮮やかな赤い色をした大豆を農家の人たちが復活させ、山形の特産品である紅花にちなみ「紅大豆」と名付けられ、町役場が登録商標権を得て、大切にしてきた。

 この紅大豆をはじめ、米や米沢牛などが川西町の農産業を支える重要な産品である。そのため、他の市町村と同じように東京都内での産直市などに出店してきたが、売り上げも顧客の反応も今一つだった。そんな中で「はっぴ着て、のぼりを立てて、安売りに行くような形は、もう嫌だ」という声が、農家や事業者の若手から起こってきた。そこで、原田町長から「川西町をブランド化するにふさわしい場所を」との指示を受けた町の外郭団体「やまがた里の暮らし推進機構」が中心となって、新たな会場探しを始めた。それが、3年前だった。

上野桜木あたり(提供:やまがた里の暮らし推進機構)
上野桜木あたり(提供:やまがた里の暮らし推進機構)

・ユニークな会場「上野桜木あたり」

 一方、東京・谷中にある「上野桜木あたり」は、昭和13年に建てられた古民家三棟を再生し、ビアホールや手づくりパンの店、塩とオリーブオイルの専門店、服飾雑貨店といった店舗、事務所と住宅スペース、そしてコミュニティスペースといった機能を持った複合施設として、2015年3月にオープンした。

 「ただ、私たちがここでの開催を決めた時は、まだコミュニティスペースとなる部分は工事中でした。それでもどうしてもここでやりたいと、無理をお願いしたのです。」やまがた里の暮らし推進機構の山上絵美事務局長は言う。

 「地方のものを安売りするのではなく、川西町の自慢できる産品を生産者や業者が直接販売し、料理に興味のある方や新しい素材を手に入れたいと考えているプロの方などに来ていただきたいと思っています。」

石臼挽きの体験は子供たちに大人気(筆者撮影)
石臼挽きの体験は子供たちに大人気(筆者撮影)

・金が無いならコラボで

 このイベントの面白いところは、「コラボ」だ。山上事務局長は、「予算がないからの苦肉の策なんですよ」と笑う。食品衛生の基準が厳しくなり、なかなか料理などをその場で提供できなくなっている。それであればと考えたのが、「タイアップ店」だ。会場周辺だけではなく会場から離れた国分寺、吉祥寺、阿佐ヶ谷などにも「タイアップ店」が存在し、イベント期間中は川西町の産品を利用した特別メニューを提供する。その数は11店舗にもなる。

 会場に向かう大通りに面した通りに古めかしい佇まいの和菓子店「谷中岡埜栄泉」もその一つ。1900年創業の老舗和菓子店だが、女将自らが「川西町の応援団長」を自認する。一方、阿佐ヶ谷の酒舎「はなや」では2日(土)の夜限定で、「川西町とコラボ・日本酒バー」を開催し、川西町の地酒や素材を使った料理を出す会を催す。

コラボ店では料理人たちが知恵を絞る(提供:やまがた里の暮らし推進機構)
コラボ店では料理人たちが知恵を絞る(提供:やまがた里の暮らし推進機構)

・地方から大都市へ 大都市から地方へ

 「タイアップメニューを出していただくからと言って、材料などを無料で提供するわけではなく、それぞれちゃんとご購入いただいています。その代り、イベント期間中だけのお付き合いにならないよう、普段から、情報の提供やご意見を伺ったりと継続的なお付き合いができるように心掛けています。」そう話すのは、川西町役場まちづくり課長の鈴木浩之氏だ。「タイアップ店の経営者の方が、川西町に関心を持っていただき、わざわざ自腹で訪ねてきていただいたことも一度ではありません。ありがたい話です。」

 地方の物を大都市部で売ろうとする努力を重ねるだけではなく、逆に大都市部から地方に興味を持って訪れるようになる。「そのきっかけがおいしいものであったら、幸せじゃないですか。」

おばあちゃんの茶の間は一日中、笑い声で溢れる(筆者撮影)
おばあちゃんの茶の間は一日中、笑い声で溢れる(筆者撮影)

 

・食品メーカーとのコラボで料理教室

 この週末、土曜日と日曜日には、料理教室も開催される。この料理教室は、食品メーカーとのコラボによるものだ。土曜日は、神戸に本社を置くマルヤナギ小倉屋。こちらは、川西町の紅大豆を知り、自社商品に使用している。第一回目からのコラボ相手だ。日曜日は、カゴメ。カゴメは通販事業を担当する部署が、一回目の豆の展示会に関心を持ち、訪問し、それがきっかけで通信販売用の商品を開発し、今春に発売した。

 こうした食品メーカーとのコラボは、地元にもおもしろい効果をもたらしている。「自分たちは豆を長年作ってきたが、マルヤナギさんとかカゴメさんで加工されたものを食べて、本当においしくてびっくりした。正直、こんなにおいしいものだとは知らなかったなあ。」やまがた里の暮らし推進機構理事長で自身も豆の生産農家である登坂賢治氏は、そう笑う。

 また、生産者団体である紅大豆生産研究会の淀野貞彦会長は、「上野桜木あたりで開催するようになって、一般の人たちばかりではなく、食品メーカーなど関連業者の方たちや料理研究家などの訪問が増え、商談にも結び付いている。」と話す。

展示会当日に配布される環境問題を考えるオリジナル絵本(提供:やまがた里の暮らし推進機構)
展示会当日に配布される環境問題を考えるオリジナル絵本(提供:やまがた里の暮らし推進機構)

・美術館ともコラボ

 今回は、もう一つギャラリーを借り、「川西町の絵の展示会」も開催する。「これは11月に、上野の森美術館が主催する友の会スケッチ講座で、参加者の方たちが川西町を訪れて描かれた絵を展示するものです。」(鈴木課長)こちらは上野の森美術館とのコラボ企画だ。

 「実を言うと、ここで開催できているのも、ここの桜木町会、NPOたいとう歴史都市研究会のみなさん、近隣の商店主のみなさんとの連携があってこそで、いわばすべてがコラボで成り立っているようなものです。」山上事務局長はそう話す。「ギャラリーでは、豆に関するオリジナルアクセサリーも販売するのですが、これも山形の作家さんたちとのコラボ。今年は、それに加えて、東京の八王子の町工場の方たちがオリジナルアクセサリーを作成してくださっています。お金の円はないけれど、人の縁が広がっていくのが楽しみです。」

八王子市の町工場グループHFA会員コラボ「町工場ガチャ」グループの豆作品(提供:町工場ガチャG)
八王子市の町工場グループHFA会員コラボ「町工場ガチャ」グループの豆作品(提供:町工場ガチャG)

・おじいちゃんたちが作るコラボ

 おばあちゃんたちがお茶を出してくれる「おばあちゃんの茶の間」。畳の部屋に入ると、多くの人がくつろぎ、お茶を飲みながら、様々な話を楽しむ。「ここでの話が楽しかったのでと、移住を決めた方もいるのです。」(山上事務局長)

 そのおばあちゃんたちに負けられないと、二回目からおじいちゃんたちも参加し、しめ縄などを作る「おじいちゃんの土間」は、桜木町会や台東区の協力得て、下町風俗資料館付設展示場「旧吉田屋酒店」で実施する。おじいちゃんたちが昨年、食事に通った和食店は、今年、タイアップ店に手を挙げてくれた。こうした少しずつだが、小さなコラボが広がっていく。

 

おじいちゃんの土間(提供:やまがた里の暮らし推進機構)
おじいちゃんの土間(提供:やまがた里の暮らし推進機構)

・一緒になにかしようっていう気持ち

 コラボ店の経営者の一人は、次のようなことを言った。「地方のイベントやるから協力してくれという話は結構多くなっているんです。なかには、補助金が余っているからすぐやりたいとか、東京のお店だから儲かっているんでしょ、協力するのは当たり前でしょという態度の人もいるんです。そういうのは楽しくないし、一回こっきりと最初から分かっていることに付き合えない。僕らも商売やって、がんばって生きているんです。一緒になにかしようっていう気持ちが欲しいです。」

 わずか3日間の小さな展示会だが、それは小さな「コラボ」が重なって可能になっているのだ。単純に楽しみに行くのも良いし、「なぜこんな小さな町が」と不思議に思ってでかけるのも良いだろう。新年用に新豆、新米を買いに行くのも良いだろう。

 東京は週末、冷え込みそうな予報だが、谷根千散歩のついでにどうだろうか。

第三回 山形かわにし豆の展示会 2017年12月1日(金)2日(土)3日(日) 会場:複合施設「上野桜木あたり

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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