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ビジネス都市、実は駅前に温泉街 - 鳥取市

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
JR鳥取駅

・県庁所在地の駅前温泉街

鳥取市中心部は、ビジネス街と住宅地で、駅周辺のホテルも主にビジネス向けが中心だ。観光客の多くは、駅前からバスやレンタカーで県内の温泉地に向かってしまう。

鳥取県には、鳥取砂丘をはじめ数々の観光地があるが、そうした中でも温泉地が数多い。

鳥取県の温泉地入湯客数は、年間100万人超。皆生温泉の約40万人を筆頭に三朝温泉の約37万人、はわい温泉の約14万人と全国的にも知名度の高い温泉地が並ぶ。山陰地方というと、冬場のカニに人気が集まり、11月から2月頃までのシーズン中に訪れる観光客も多い。

そんな中で、年間8万人近い入湯客を集めているのが、鳥取温泉である。県庁所在地の鳥取駅前にある温泉地なのだ。

鳥取駅では砂像がお出迎え
鳥取駅では砂像がお出迎え

・観光振興に力を入れる鳥取県

鳥取駅は、大阪からは特急「はくと」利用で2時間半、高速バス利用で3時間で到着する。東京からは鳥取砂丘コナン空港まで1時間15分。新幹線と特急「はくと」を利用で、約5時間である。

鳥取市は人口約19万人。1970年代から1980年代には、大手企業が生産拠点を次々と鳥取県内に開設し、活況を呈した。しかし、この20年間で生産拠点の閉鎖や縮小が相次ぎ、県内の平成26年の製造業事業所数815は、平成7年の1718の半分以下になっている。そのため、鳥取県も市町村の自治体も観光産業の振興に力を入れている。

どちらかと言うと、ビジネス都市の色合いが強かった鳥取市も、最近では鳥取砂丘だけではなく、映画「るろうに剣心」のロケ地として人気の出た国の重要文化財である「仁風閣」や、1952年の鳥取大火でも焼け残った旧図書館の建物を生かした「鳥取童謡・おもちゃ館 わらべ館」など市内の観光振興にも力が入っている。そんな中で再評価されているのが、鳥取温泉だ。

関西方面からはバスも便利
関西方面からはバスも便利

・かつては駅前に広がる温泉街だった

「今はいませんが、昭和60年代頃までは、浴衣姿でお見えになるお客さんも多かったですよ。」鳥取駅前の飲食店の女将は、そう笑う。「もっと温泉街という風情がありましたからねえ。」

鳥取駅前の北東は、永楽温泉町、末広温泉町、吉方温泉町という地名である。「最近では、なんでこんな町名なのかと聞かれるお客様が多くなりましたねえ。今の町の雰囲気からすると不思議なんでしょうねえ。」

・島崎藤村も逗留した

鳥取温泉は、1897年(明治30年)に吉方温泉が発見されたのが最初である。その後、周辺でも源泉が掘り当てられ、温泉街が形成されていったのです。1927年(昭和2年)には、作家・島崎藤村が鳥取温泉に逗留し、その時のことが「山陰土産」に記されている。

鳥取市は、第二次世界大戦中には大きな空襲には遭わず、戦災による被害は少なかったものの、1952年(昭和27年)に大規模な火災が発生し、市街地はほぼ全焼してしまった。しかし、その後、急速に復興を果たし、駅前温泉街は1960年代に最盛期を迎える。

・昭和の終わり、国体を契機に大きく変わった

「一番賑やかだった頃は、温泉旅館や料亭などが30軒以上あり、賑やかでしたねえ。」高齢の中小企業経営者は、そう懐かしむ。全国でも珍しい県庁所在地の駅前温泉街は、大火から復興し、ちょうど日本の経済成長期とも一致して発展したのだ。その温泉街が、大きく変わったのは国体が契機だ。

1985 年 ( 昭和 60 年 )第 40 回 国体が鳥取県で開催された。1950年代に造られた温泉旅館や割烹旅館は、老朽化し、全国から集まってくる出場者や観客たちのニーズには応えられなくなっていた。ちょうど昭和時代が終わり、人々の旅行のスタイルも大きく変化してきていた。温泉旅館や割烹旅館は姿を次々と姿を消し、ビジネスホテルと変わっていった。

温泉街?鳥取駅前
温泉街?鳥取駅前

・宿泊と温泉を楽しめる宿泊施設

現在、鳥取温泉で温泉旅館として残っているのは、島崎藤村が宿泊した観水庭「こぜにや」、丸茂旅館、しいたけ会館「対翠閣」の三軒だが、ビジネスホテルスタイルのホテルモナーク鳥取などでも温泉が楽しめる。

観水庭「こぜにや」と丸茂旅館は、昔ながらの温泉旅館の風情を駅近くで味合うことができる。特に観水庭「こぜにや」は、美しい庭園に温泉があり、県庁所在地の駅前とは思えないほどだ。ホテルモナーク鳥取は、全国JA共済宿泊保養施設でビジネスホテルだが、他の温泉旅館と同じく温泉を大浴場で楽しめる。ほかにも天然温泉を提供しているビジネスホテルが鳥取駅前にはあるので、出張の際には調べてみると良いだろう。

飲食店街にあり深夜まで営業している日乃丸温泉
飲食店街にあり深夜まで営業している日乃丸温泉

・出張者に優しい鳥取温泉

温泉街とは言っても、出張者が宿泊するのは駅周辺のビジネスホテルが多い。しかし、諦めるのはまだ早い。

実は、鳥取駅前には4軒の公衆浴場、銭湯がある。日乃丸温泉、元湯温泉、木島温泉、宝温泉の4軒は、すべて天然温泉である。それでいて、銭湯なので、入湯料は大人400円という安さだ。鳥取駅から徒歩10分圏内にすべての温泉があるので、温泉のはしごも楽しめる。

さらに銭湯の多くは営業時間が夕方からというのが多いのだが、日乃丸温泉と元湯温泉の2軒は、朝6時から営業しているのだ。(中休みあり。)出張の朝、少し早起きして温泉に入りに出かけるというのも、なかなか楽しい。

朝から地元客が多い元湯温泉
朝から地元客が多い元湯温泉

・日乃丸温泉と元湯温泉

日乃丸温泉は、鳥取駅前の歓楽街の川のほとりにある。飲食店が数多くならび、深夜まで賑やかなエリアにあって、近代的なビルの一階が銭湯だ。しかし、中は懐かしい雰囲気だ。少し熱めの湯なので、ほろ酔い加減で入るのは要注意だ。

元湯温泉は、歓楽街から少し離れていて、地元の人たちの多い銭湯だ。早朝に行ってみたが、通りには人通りがほとんどないにも関わらず、入浴客は多かった。こちらも近代的な建物になっているが、中は昔ながらの銭湯の雰囲気。

この二つは、朝6時から営業し、中休みがあって、日乃丸温泉は深夜0時まで、元湯温泉は23時まで営業している。出張者には、ありがたい源泉かけ流し天然温泉だ。

・昭和レトロが感じられる街歩き観光の可能性

鳥取市中心部には、昭和レトロを感じさせる建物も残り、最近ではそれらを活用して飲食店なども開業している。鳥取砂丘など周辺観光地への通過点の印象が強かった鳥取市だが、温泉の再評価もあり、少しずつではあるが滞在客も増えている。

県庁所在地の駅前温泉の魅力も生かして、新たな観光振興の可能性を秘めているのではないだろうか。

この夏、山陰地方に旅行されるみなさんは、鳥取市観光も検討に入れ、ぜひ歴史ある鳥取温泉を楽しんでいただきたい。

'''※鳥取市公式サイト「まちなかに湧く温泉 鳥取温泉」

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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