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ロナウド超えの移籍金で“損切り”…インテル、愛憎劇の末のイカルディ放出に「安堵のため息」

中村大晃カルチョ・ライター
2018年10月29日、セリエAラツィオ戦でのイカルディ。もうこの姿は見られない(写真:ロイター/アフロ)

マウロ・イカルディのパリ・サンジェルマン完全移籍が決定した。2013年の加入から今季のレンタル移籍まで6年。腕章も巻いた元キャプテンとインテルが、決別の道を選んだ。

◆近年の象徴

219試合出場、124得点。わずか6年でクラブ歴代トップ10に入るゴール数を記録した。稀代のゴールゲッターだったことは間違いない。そして数字だけでなく、大一番での強さも際立った。

ミランとのダービーでのハットトリックやアディショナルタイム弾、チャンピオンズリーグ復活への貢献はファンを熱狂させ、ユヴェントスキラーだったこともインテリスタの心をつかんだ。

ビルドアップや守備での貢献は少ない。そのプレースタイルは賛否両論を呼んだ。ただ、セバスティアーノ・ヴェルナッツァ記者は、5月31日の『ガゼッタ・デッロ・スポルト』で、ゴールに特化したFWが批判されるなら、フィリッポ・インザーギやゲルト・ミュラーも同様と指摘している。

実際、ミラノの街とインテルを愛していたイカルディにクラブの未来を見ていたファンは多かった。2010年の3冠以降、栄光から遠ざかったインテルを支え続けたのはイカルディだ。オーナーが変わりゆくなかで、その両肩に大きな責任を背負った。近年のインテルの象徴的存在だった。

◆約60億円での売却はおトクだったのか

そのイカルディの売却を喜んでいるファンは少なくない。移籍金5000万ユーロ(約59億9000万円)はクラブ史上2位。ズラタン・イブラヒモビッチに続き、あの“怪物”ロナウドをも上回る金額だ。

さらに、この移籍金が生む利益は約4800万ユーロ(約57億5000万円)。条件を達成すれば、700~800万ユーロ(約8億4000万~9億6000万円)のボーナスもある。

PSGとの合意には、即座にイタリアのクラブに再売却した場合、さらに1500万ユーロ(約18億円)がインテルの懐に入る条件も含まれているという。絶えず関心が噂されてきた宿敵ユーヴェへの移籍を阻止するための予防策だ。

サポーターからは、ジュゼッペ・マロッタCEOを称賛する声が上がった。だが、必ずしもおトクな取引ではなかったとの意見もある。

新型コロナウイルスの影響があったとはいえ、もともとPSGとは7000万ユーロ(約83億9000万円)での買い取りで合意していた。また、イカルディとインテルの契約には、1億1000万ユーロ(約131億8000万円)の解除金も設定されていた。極論すれば、その約半額で売却したかたちだ。

5月30日付『ガゼッタ・デッロ・スポルト』参照、筆者作成
5月30日付『ガゼッタ・デッロ・スポルト』参照、筆者作成

◆ルカクがいれば大丈夫?

インテルが売却に踏み切った理由のひとつは、後任の背番号9の存在にある。ロメル・ルカクは、アントニオ・コンテ監督が率いる現チームの前線に欠かせない大黒柱となった。

ただ、今季のルカクは大一番に強くないと批判されてきた。ファブリツィオ・ボッカ記者は、『レプッブリカ』で「それほど大きな差があるか?」と、両選手の今季の数字に違いがないとも主張している。

「インテルとサポーターにはイカルディの件を終わらせて満足する権利がある。だが、それは厄介ごとをなくせたからに過ぎない。(中略)ボックス内でイカルディがもう仕事できないからではないのだ。つまり、この取引でインテルが素晴らしいビジネスをしたとは限らない

『Transfermarkt』参照、筆者作成
『Transfermarkt』参照、筆者作成

◆メロドラマの終わりに安堵

それでも、インテリスタのフィリッポ・トラモンターナ記者は、『Calciomercato.com』で「マロッタとピエロ・アウジリオSDは、これで本当に安堵のため息をつける」と喜んだ。近年、イカルディを巡るトラブルが後を絶たなかったからだ。

自伝発売でウルトラスと衝突したときは、擁護する一般サポーターも多かった。だが、お騒がせ妻ワンダ・ナラの度重なるトラブル言動は、イカルディとファンの間に大きな溝を生んだ。昨季のキャプテンマークはく奪騒動は記憶に新しい。夏の公開戦力外通告議論を呼んだ

トラモンターナ記者は、騒動でインテル練習場が「メロドラマのセットの中心」になったと記した。

「夢は数年で悪夢となった。ワンダへのより大きな愛を見つけたとき、マウロはインテル愛を失った」

◆「違う物語にもできた」

しかし、ロベルト・ペッローネ記者は、『コッリエレ・デッロ・スポルト』で、いざこざの責任を片方だけに負わせようとするのは無意味と主張する。

「技術的観点からの失望ではなく、それ以外の理由でイカルディが去るのを見ると、ほろ苦い後味が残る。コンテのインテルが早々に彼を忘れさせたのは確かだ。だが、1950年代のハリウッド映画のハッピーエンドとはいかずとも、違う脚本の物語にもできたはずだ」

ヴェルナッツァ記者は、『ガゼッタ』で「イカルディを厄介者とし、最高のボトルを空けて売却を祝うのは、不当であり冷淡」と記した。

ステーファノ・アグレスティ記者も、『Calciomercato.com』で「インテリスタではない我々としては、愛情を込めて『狂気』と表現させてくれ」と記している。

「本当に、すべての混乱の主な責任が彼に、彼だけにあるのか? 何より、イカルディ抜きでインテルが良くなると考える人が本当にいるのか?」

◆損して得取れ

イカルディ売却がインテルにとって妙手だったのかは、今は誰にも分からない。喜んだトラモンターナ記者も「悔いはある」と認めた。一時は最近のサッカー界で稀有なバンディエーラ(旗頭)にもなり得る存在だったのだから当然だ。

それでも、トラモンターナ記者は「本当に極度に疲労させられていたかもしれない苦難を終わらせられた安堵のほうが大きかった」と記した。昨季に生じた亀裂の大きさを考えれば、イカルディがインテルでかつてのように得点できる保証もない。

完璧な売却でないことは、おそらくインテル首脳陣こそ分かっている。それでも、彼らは取引に踏み切った。損をすることがあっても、結果的に得になればよい、と。

そのためには、手にした資金を有効に使い、結果を出すことが求められる。結局のところ、それこそが、サポーターにとって最も大切なのだ。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

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