Yahoo!ニュース

あの名作が博多座で! 月城かなとがプレお披露目、宝塚歌劇月組『川霧の橋』『Dream Chaser』

中本千晶演劇ジャーナリスト
お光(海乃美月)と幸次郎(月城かなと) ※記事内写真 提供:博多座

 コロナ禍以降初めての、博多座でのタカラヅカ公演が、10月11日に開幕した。演目は再演が待望されていた『川霧の橋』、さらに、この公演は月組の新トップコンビ月城かなと・海乃美月のプレお披露目でもある。二重三重に嬉しさが重なる公演となった。

 『川霧の橋』は、山本周五郎の小説『柳橋物語』『ひとでなし』を題材とした作品だ。江戸時代、隅田川近くで大工を営む杉田屋で、幸次郎が次期棟梁に決まったところから物語は始まる。密かに想うお光になかなか気持ちを打ち明けられない幸次郎、幸次郎を妬む清吉、そして、大店の娘・お組への叶わぬ恋心を胸に秘める半次。そこに襲った江戸の大火が、彼らの運命を大きく変えていく。

 1990年に月組トップコンビ剣幸・こだま愛のさよなら公演として上演され、大好評を博した作品である。脚本は、男女の心の機敏を深く繊細に描くことで定評がある柴田侑宏だ。演出を担当した小柳奈穂子は、初演の世界を忠実に甦らせることに腐心したようだ。それでもキャストにはそれぞれ、初演とは少しずつ違うその人らしさが滲み出ていて新鮮な、令和の『川霧の橋』となっていた。

※以下、結末に関するネタバレがありますのでご注意ください。

第六天の御祭礼。太鼓を叩く清吉(暁千星)、幸次郎(月城かなと)、半次(鳳月杏)
第六天の御祭礼。太鼓を叩く清吉(暁千星)、幸次郎(月城かなと)、半次(鳳月杏)

 月城かなと演じる幸次郎は、お光への想いがひたすら真っ直ぐでブレないのが清々しい。初演の剣幸は、男役の集大成としての温かく人間味あふれる幸次郎をつくり上げていたが、月城かなとの突き抜けるような潔さのある幸次郎も魅力的だ。これは、プレお披露目の今だから出せる感じなのかも知れない。

 逆に、物語が進む中で一番変わっていくのが、ヒロインのお光である。「恋に恋する」初心な娘が、苦い経験を重ねながら本当の愛とはどういうものなのかを知っていく過程を、海乃美月がきめ細やかに見せる。

 若棟梁になった幸次郎とお光との縁談が、棟梁夫妻(夢奈瑠音・夏月都)から正式に申し入れられる。ところが、お光の祖父、源六(光月るう)はこれをきっぱり断ってしまう。枯れて萎びて、それでもなお残された力を振り絞って気丈に振る舞うこの老人が、物語のキーパーソンなのだ。

 そして、もう一人のキーパーソンが幸次郎への嫉妬心、さらには不条理な世の中への反発だけを原動力に生きる清吉だ。暁千星にとっては挑戦の役どころである。

 何があってもブレずに真っ直ぐ生きる幸次郎と、大人の女性へと成長していくお光、いつかふたりの気持ちが交わりますようにと祈らずにはいられない。幸次郎とお光のラストシーンはタカラヅカ屈指の名場面だ。

 だが、これと対照的にどこまでいっても交わらないのが、半次とお組の気持ちである。

 大火を境に、世間知らずのお嬢さまから夜鷹へと身を落としてしまうお組。天紫珠李演じるお組は、どこまで堕ちてもお嬢さまのままであるところが哀しい。

 半次にとっても、お組は最期まで遠い世界のお嬢さまのままだったのだろうし、半次自身がそうしておきたかったのだろう。鳳月杏演じる半次は、穏やかで控え目な振る舞いのうちに見え隠れする、熱く一途な恋情が切ない。まるでお組に殉じるような結末の去り際で、主人公カップルとの陰影をくっきりと浮かび上がらせる。

 紆余曲折の末、ようやく幸せをつかんだ幸次郎とお光。しかし、その影には、恋に狂った半次と欲望に狂った清吉、二人の男の人生がある。ハッピーエンドのようでいて、そんな残酷な現実もまざまざと見せつける結末である。

清吉(暁千星)と半次(鳳月杏)
清吉(暁千星)と半次(鳳月杏)

 しかし、それもこれも全て、江戸の下町で繰り広げられる人間ドラマの一コマに過ぎないのだ。

 粋で華やかな幕開けから、世話物の情緒あふれる物語世界へと一気に引き込まれる感覚が心地良い。威勢のいい杉太郎(蓮つかさ)、おどけ者の千代松(柊木絢斗)などの大工仲間、頼れる鳶の辰吉(英かおと)、飲んべえな飛脚の権二郎(春海ゆう)、粋な芸妓の小りん(晴音アキ)、習い事帰りの娘たち…舞台のあちこちで、色んな職業、色んな身分の人たちが息づいているのが愛おしくてたまらなくなる。

 人々の運命を狂わせる大火事の場面も、逃げ惑うなかで、なお互いを気遣い助け合う人々の会話の積み重ねで見せていく。決して大仕掛けを使っているわけではないが、人々の会話の中に観客もいつしか入り込み、息を呑んで見守ってしまうのだ。

 舞台袖にて二、三人で交わすちょっとした会話もそれぞれ味わいが深い。小さな役の人にまできちんと見せ場が設けられている。むろん、それを活かすも殺すも演者次第なのだが、そこはさすが一人ひとりが「芝居の月組」の意地を見せていた。

 副題の「江戸切絵」が言い得て妙だ。江戸の下町に生きる個性あふれる人たちの生き様、恋模様の明暗が織り成す、まるで一枚の切絵のような舞台だった。

和風テイストのロックで綴る中詰。中央・月城かなと
和風テイストのロックで綴る中詰。中央・月城かなと

 同時上演のショー『Dream Chaser -新たな夢へ-』は、先のトップスター珠城りょうのさよなら公演にて上演されたショーを、新生月組のスタートに合わせてリメイクしたものだ。同じ場面も、出演者が変わることで全く違う雰囲気を醸し出している。センターに立つ月城かなとの、これまでとは一味違う色濃い自己主張が頼もしく感じられた。

 公演は11月3日まで。10月30日16時公演では全国の映画館でのライブ中継・ライブ配信も予定されている。

パレードでの月城かなと
パレードでの月城かなと

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

中本千晶の最近の記事