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原油と天然ガスの価格が上がると、なぜインフレになるのか

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

世界的にエネルギー価格が高騰している理由

 北米の原油価格の指標となるWTI原油価格は、2021年12月の平均価格が71.53ドルとなり、2020年12月の47.05ドルと比べて52%も上昇しました。足元の2022年1月21日の価格は、83ドル台といっそう上昇基調を強めています。

 同じように、北米の天然ガス価格の指標であるヘンリーハブの天然ガス価格も、2021年12月の平均価格は3.73ドルとなり、2020年12月の2.54ドルと比べて47%も値上がりしました。やはり足元の価格は、4ドル台とさらなる高値圏で推移しています。

 世界的に原油や天然ガスなどエネルギー価格が高騰している主な背景には、地球温暖化対策を性急に進め過ぎてきたという事情があります。2015年12月に第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定によって、温暖化ガスの排出削減の流れが本格化し始めたからです。

 その流れの過程において、世界中のエネルギー企業が二酸化炭素の排出量が多い石油・石炭などへの開発投資を大幅に減らしてきました。その結果として、需要と供給のバランスが大きく崩れ、エネルギー資源の価格が高騰してしまっているのです。

 とくに温暖化対策に熱心な欧州では、石油・石炭への投資を著しく減らしてきたうえに、風力発電など再生可能エネルギーへの巨額の投資を促進してきました。それに並行して、二酸化炭素の排出量が少ない天然ガスの消費も増やしてきました。

 ところが、欧州では昨年以来、想定していた風が吹かず、風力発電の出力が大幅に低下してしまいました。天然ガスによる火力発電でその減少分を補填したために、欧州の天然ガス価格は2021年12月が38.03ドルと、2020年12月と比べて6.5倍まで上昇、同時点の米国の価格の10倍超にも上昇してしまったのです。

エネルギー価格の上昇が物価を押し上げる理由

 石油や天然ガスなどのエネルギー価格が上昇すると、世界の電力の大半を生み出している火力発電のコストが上がり、電力価格が上昇します。とりわけ天然ガスの価格が高騰した欧州各国では、電力価格が大幅に跳ね上がっています。

 電力価格が上昇すると、鉄や銅などの金属価格も押し上げられます。鉄や銅などの金属は、生産する時に大量の電力を消費するため、生産コストが大幅に上昇してしまうからです。そのため金属メーカーは生産を縮小せざるをえず、ここでも需要と供給のバランスが崩れてしまいます。

 また、石油や天然ガスの価格が上昇すると、石油ガス化学メーカーの中核商品であるエチレンの価格も値上がりします。エチレンは石油化学製品の基礎原料となる素材であり、プラスチックや合成繊維原料、塩化ビニル、塗料原料、洗剤原料、医薬品などの基礎原料として多岐にわたって使われています。

 エチレンから何が生産されるのか、以下の図をみれば明らかですが、みなさんが思っている以上に多くの製品がつくられています。言い換えれば、鉄・銅などの金属とエチレンがあれば、生活に必要な様々な製品をつくることができるといっても差し支えないのです。

        (図は筆者の著書『シェール革命後の世界勢力図』(2013年出版)より引用)
        (図は筆者の著書『シェール革命後の世界勢力図』(2013年出版)より引用)

 現代の農業もずいぶんと石油に依存しています。トラクターなど農業機械の燃料は主に軽油ですし、野菜づくり用のビニルハウスの暖房には灯油などを使っています。原油の価格が上がれば、軽油も灯油もそれに連動して上がり、生産コストが上がる分、米・小麦・大豆・トウモロコシなどの穀物も野菜も以前より高い価格がつくようになります。

 小麦の価格が上がると、パンや麺などの価格が軒並み上がることになります。トウモロコシや大豆の価格が上がると、鶏・豚・牛などの飼料のコストが上がり、最終的には鶏肉・豚肉・牛肉の価格が上がることになります。

 そのようなわけで、エネルギー価格が高騰すると、その影響が身の回りの様々なモノの値上がりに波及し、物価を押し上げていくようになります。

温暖化対策の性急さが経済に悪影響をもたらす

 昨今の世界的な物価高は、コロナ禍における人手不足や物流の混乱による要因も大きいのですが、たとえこれらの要因が解消したとしても、温暖化対策という大きな流れのもとでは、石油や石炭などの生産を増やすことは困難な状況にあります。

要するに、世界的にエネルギー価格が上昇するという基調は、今後も続いていく可能性が高いのです。これは、容易にインフレ圧力が収まらないということを意味しています。

 国・地域別で足元の消費者物価の上昇率をみてみると、米国が7%程度、欧州(ユーロ圏)が5%程度と数十年ぶりに高止まりする一方で、日本はデフレマインドが強いことから1%未満に収まっています。しかしこれは、携帯料金の大幅な値下げの影響が加味されているため、2022年4月以降は2%に達するとみられています。

 消費の現場でしばしば目にするモノの価格ほど高くなったことで、物価高になっているという消費者の感覚は実態以上に高まっています。物価上昇率が賃金上昇率を上回る現状では、どの国の人々も購買力の低下から消費を徐々に控えるようになり、経済に悪影響を与えるというリスクを意識せざるをえないでしょう。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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