オリンピックの経済効果は少ないという事実

 野村総合研究所の試算によれば、日本経済における緊急事態宣言1回目(2020年4月7日~5月25日)の損失額は6.4兆円、2回目(2021年1月8日~3月21日)は6.3兆円、3回目(2021年4月25日~6月20日)は3.1兆円にものぼります。3回目の宣言が1回目・2回目と比べて損失額が半分以下なのは、対象区域が全国ではなく10都道府県に限定されたためです。

 これらの経済損失額に対して、オリンピックが開催されない場合の損失は1.8兆円(観客1万人を上限とした場合は1.7兆円)、2020年の名目GDPに占める割合は0.3%程度にすぎないといいます。オリンピックの経済効果が景気に与える好影響は軽微なものにとどまるのです。以上で明らかになったのは、緊急事態宣言による損失はオリンピック中止による損失を大きく上回るということです。

オリンピックで経済損失が膨らむという懸念

 オリンピックを行うスケジュール上、3回目の緊急事態宣言は6月20日を以って解除され、10都道府県では「まん延防止等重点措置」に移行しました。東京の新規感染者数が下げ止まりを見せ始めた段階での宣言解除は、政府が「国民の生命・生活よりもオリンピックと衆議院選挙を優先した」という事実を如実に指し示しています。

 私たちはすでに、まん延防止等重点措置が4月に大阪で適用された際、感染者を減少させるほどの効果がなかったことを知っています。それに加えて、2回目の宣言が感染者数の十分な減少を待たずに拙速に解除された結果、解除後の1か月で感染が再拡大し3回目の宣言発令となったことも覚えています。

 そのようなわけで、感染症の専門家はもちろん、大半の国民は政府が今回も同じ過ちを繰り返しているのではないかと懸念しています。オリンピック開催のスケジュールのために感染が再拡大するばかりか、観客ありのオリンピックが感染の再拡大にいっそう拍車をかける可能性が高いのは自明の理だからです。

 オリンピックが原因で4回目の緊急事態宣言発令となれば、日本の経済損失は今後数年で取り返しがつかない水準にまで落ち込むことになるでしょう。2021年のGDPは5%を超える減少になるのではないでしょうか。今まで何とか資金繰りで耐えてきた事業者の廃業増加に伴い、非正規雇用を中心にいっそう国民生活に負荷がかかることが避けられないのです。

専門家の試算では4回目の緊急事態宣言が避けられない

 感染症や経済の専門家のあいだでは、緊急事態宣言が解除した後に人流が増加することで、オリンピック開催中に宣言再発令が必要になるという試算や、オリンピック観客の感染リスクが急拡大するという試算が相次いでいます。

 たとえば、国立感染症研究所などの研究によれば、人流が宣言解除後に10%増加、1カ月後に15%増加すると、オリンピック開催直前(7月下旬)に東京の新規感染者数が1日で500人を超えるといいます(※東京の6月23日の新規感染者数は619人、この試算をすでに上回っている)。オリンピック開催で人流がさらに5~10%増えると、8月上旬に宣言が必要な1000人を突破するというのです。

 また、6月18日にオリンピック組織委員会で開かれた専門家会議では、東京大学の仲田泰祐・准教授らの分析結果が報告されました。その報告によれば、オリンピック観戦に行った場合の感染リスクは行かなかった場合に比べて、直帰しても6倍に、直帰しないと最大で90倍になるといいます。

 いずれの試算もワクチン接種が順調に進む前提で計算されているものの、その効果が出るまでには数カ月の時間がかかり、人流の増加によって感染者数の増加を十分に抑制できないという結果を示しています。さらに心配なのは、これらの試算が感染力の強いインド型(デルタ株)の悪影響を小さいと想定していることです。過小評価された数字で試算されていると考えられるのです。

G7サミット開催地で感染が急拡大した事例を軽視してはいけない

 東京オリンピックは9都府県42会場で開催されます。オリンピック期間中(7月23日~8月8日)には、一般チケットを保有する観客だけで270万人が観戦するといわれています。組織委員会の見解では、「オリンピックによって発生する人流について、東京全体でみると一部になる」ので、「オリンピックで多くの感染報告が出てくるとは想定していない」ということです。

 たしかに、東京都の人口は1400万人、1日で日常的に1000万人が往来するという点を鑑みれば、選手・関係者・観客などで増える人流は1日20万~30万人で大した影響はないという意見も成り立つかもしれません。しかし、オリンピックより規模がはるかに小さいイベントでも、インド型の急速な感染拡大は起こりえるという事例を軽視してはいけないと思います。

 6月11~13日にG7サミットが行われたばかりのイギリスのコーンウォールでは、3日までの1週間の新規感染者数は28人でしたが、10日までの1週間が255人、17日までが826人と急激に増加しています。そのほとんどすべてがインド型の感染だということです。イギリス政府は「G7サミットと因果関係はない」との立場ですが、データを分析した専門家たちからは、人流の増加が感染拡大の主因だったと怒りの声があがっています。

 コーンウォールでは感染対策が徹底される中、世界中のメディアや警備の警察官など6500人の関係者が訪れていました。東京オリンピックには世界中から選手や関係者ら5万3000人が来日します。それに国内のメディアや警備関係者、観客などが加わります。インド型が急拡大するリスクは高く、新しい変異株が出現するリスクも低くはないと考えられるというわけです。

 そのうえ、イギリスではもっと心配なことが起きています。イギリスの人口の6割が1回目のワクチン接種を済ませているにもかかわらず、6月に入ってインド型の感染が急拡大し、ロックダウンの延長に追い込まれているのです。感染者の9割がすでにインド型に置き換わっているといいます。イギリスよりもワクチン接種が著しく遅れている日本のほうが、インド型が爆発的に広がる余地が大きいとみるべきでしょう。

非常に危険な賭けの代償を国民が払わされる

 そうはいっても、日本は当面のあいだ、ワクチン接種を進めながらいかに人流を抑えていくかという課題に取り組む必要があります。そのような観点から、政府はオリンピック期間中、国民に対して自宅でのテレビ観戦を徹底するよう対策を講じるのが、賢明な判断となるはずです。菅首相にはこれまですべての見通しが甘過ぎた結果、どれだけ経済損失や失われる人命が増えているのか、少しは想像力を働かせてほしいところです。

 今、菅首相は「非常に危険な賭け」に出ています。たとえ世論を無視してオリンピックを強行開催しても、感染拡大を招くことなく無事終了させることができれば、与党が衆議院選挙に勝利し、長期政権への土台が盤石になると信じているからです。当の本人はいつもの甘い見通しによって「何とかなる」と思っており、賭けには勝利すると踏んでいるようです。

 しかし、オリンピックを契機に感染が再拡大し、4回目の非常事態宣言が必要な状況となれば、菅首相に対する国民の怒りは計り知れないものとなるでしょう。あるいは、たとえ宣言が必要な状況になっても、首相は自らの責任を回避するために宣言を発令しないというケースもあるかもしれません。いずれにしても、非常に危険な賭けに負ければ、政権支持率が危険水域に急落し、退陣が不可避となるのではないでしょうか。

 これまでも菅首相の「反歴史・反科学・反データ」に基づいた楽観的な見通しは、感染の再拡大という結果ですべて外れてきました。その一方で、大半の国民が抱いてきた懸念のほうが、いつも正しかったのです。さすがに今回は国民の懸念が外れることを願うばかりですが、その願いが叶ったとして果たして、「国民の生命・安全・財産」を軽視する首相を国民が許してくれるのでしょうか。私はそこまで国民は愚かではないと思っています。