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会社の生産性を劇的に上げる方法 ~「都心脱出」で得られる3つの効果

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
ヤフーが入居する紀尾井タワー(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

会社の生産性と社員のモチベーションの相関関係

 私はこれまで、マスコミ、金融、小売をはじめ、さまざまな業種の会社を訪れてきましたが、その会社を数回も訪れれば、社員のモチベーションが高いかどうか、おおよそ肌感覚でつかむことができます。

 今年1月~2月にも複数の大手マスコミの本社を訪れたところ、会社内の雰囲気が全体的に暗いうえに、精悍な顔つきの社員や笑顔の社員をほとんど見かけることができませんでした。とりわけ斜陽産業といわれる業界では、このような傾向が訪れるたびに強まっているように感じるのですが、経営陣がこのような空気を当たり前だと思っていたとしたら、相当に鈍感だと思わざるをえません。

 世界中のハイテク企業がAIや精密機器などを活用した種々の実証実験において、働く人々のモチベーションの高低によって生産性が大きく変わるという事実を可視化することに成功しています。仕事や職場での満足度が上がればモチベーションも上がり、ひいては生産性も上がるということは、実証的なデータがあるなしにかかわらず、読者の方々も十分にイメージできるのではないでしょうか。

本社を地方に移転することで得られる効果

 企業が生産性を劇的に向上させると同時に、社会により貢献できる会社に進化するために、都心にある本社を地方に移転させることは非常に有効な選択肢であると考えています。

 移転により具体的にどのような効果が期待できるのか、ここではヤフーを例にとって考えてみましょう。いろいろな会社の社員の働きぶりを見てきた経験から、ヤフー社員のモチベーションは比較的高いほうだと感じています。それでも残念だと思うのは、東京のど真ん中に本社を置いていることです。

 本社を地方へ移転することで得られる第一の効果は、やはり社員の大きな負担が減るということです。総務省の社会生活基本調査(2016年)によれば、平日の通勤時間を都道府県別に見ると、神奈川県が1時間45分ともっとも長く、次いで千葉県が1時間42分、埼玉県が1時間36分、東京都が1時間34分でした。全国平均の1時間19分と比べると、東京圏(一都三県)ではとくに通勤時間が長かったのです。

 たとえば、千葉県の平均通勤時間は1時間42分ですから、1年間で240日間働くとすれば、年間合計で408時間を通勤に費やす計算になります。これは、1日の労働を8時間とすれば、51日分の労働時間に相当します。全国にしても都道府県別にしても、総務省の統計はあくまで平均の時間であり、東京圏にかぎらず大都市圏に通勤している人であれば、通勤2時間も決して珍しくはないでしょう。

 新型コロナの影響でテレワークを導入する企業が増えていたとしても、通勤しないで済む人はどれだけいるでしょうか。「痛勤」と表現されるほど肉体的および時間的な負担が大きい大都市圏の通勤から、社員が解放されるだけでも効果は大きいはずです。通勤で体力を消耗することもなく、最初から仕事に集中できるというメリットも軽視はできません。当然のことながら、仕事における生産性を高めながら、残業となるべき時間も減らすことができるというわけです。

IT企業やハイテク企業こそ、地方に本社を構えたほうがよい

 第二の効果は、社員の感性が豊かになるということです。感性を豊かにするためには、自然と触れ合う時間をつくることが効果的な方法のひとつです。日課として近所の公園を散歩するだけでも、IT機器では触れることができない情報を五感から大量にインプットすることができます。普段から自然が豊かな環境で生活していれば、感性がいっそう豊かになって、創造性や独創性を鍛えることにもつながっていくでしょう。

 私の考えのお手本に近いのが、長野県諏訪市に本社を構えるセイコーエプソンです。この会社が地球の環境に配慮した画期的な製品を開発し続けることができるのは、豊かな自然環境のもとで感性が磨かれることで、創造性や研究開発力が高まっていると考えられるからです。同社の社員が長野に6000人いるのに、東京には100人もいないというのは、日頃から創造性が求められている会社として極めて合理的な体制であるといえます。

 また、2018年10月10日の記事でも申し上げたように、日本最大手の無線通信メーカーである日本無線は2014年に、研究開発拠点を東京の三鷹市から長野県長野市に移転しています。LEDで有名な日亜化学工業も2015年に、同県下諏訪町に研究開発拠点を移転しています。両社が長野を選んだ主な理由というのは、豊かな自然環境のもとでモチベーションや創造性が高まることによって、研究開発力の向上が期待できるからだということです。

 そういった意味では、創造力や発想力が競争の源泉となるIT企業であるヤフーが東京のど真ん中に本社を置いているというのは、決してプラスにはならないと考えております。社員が地方の生活に満足できるのかといった不安があるかもしれませんが、少なくとも日本無線や日亜化学工業の事例では、そうした不安は杞憂であり、社員の多くは生活環境が快適になって満足していると評価されているのです。

東京への一極集中に変化の兆しも

 第三の効果は、会社の経営コストや社員の生活コストが下がるということです。経営コストに関しては、従業員6500人を抱えるヤフーの本社は千代田区紀尾井町のオフィスビルですが、日本で1平方メートル当たりの支払い家賃がもっとも日本で高い会社のひとつです。土日祝日でも恒常的にかかるコストは、決して馬鹿にできるものではありません。 

 社員の生活に関しても、東京圏は生活コストが高いという傾向が顕著です。住居費や食費はもちろん、子どもの教育費など、これらすべては人口規模が大きい自治体ほど増える傾向にあるからです。地方では教育水準が低いと気にする方もいるかもしれませんが、子どもの学力はどこに住むかではなく、むしろ親の所得水準に大きく影響されているのが明らかなので、さほど心配することではないでしょう。

 実は2018年にヤフーの宮坂学会長(当時)とお話する機会があった際、以上のような考えをかいつまんで提案したことがあります。「僕は利益を増やすだけでなく、社員が幸せになる会社をつくりたい」と目標をおっしゃっていた宮坂会長は、私の考えに賛意を示してくれたものの、2016年に本社を移転したばかりであり、状況的には難しいというニュアンスの話をされていました。宮坂会長自身も登山が趣味であり、自然との触れ合いが感性を豊かにすることを認識しているため、社員には同年から新幹線手当(月額15万円が上限)を支給するなどして地方に住むことをすすめているということでした。

 日本では働く人々の5割以上が仕事にストレスを感じ、3割以上が仕事に疲れているといわれています。働く人々のいくつもの負担を軽減し、仕事にも生活にも幸せを感じる人々を増やすことができれば、日本はもっと明るい社会になるはずです。

 新型コロナ以前からあった明るい兆しとして、有望なベンチャー企業の若手経営者のなかに、地方に移転するメリットを意識しはじめている人たちが増えてきています。地方での働きやすさや生活のしやすさに着目し、社員の幸せと生産性の向上の両立ができると考えはじめているのです。

 それに加えて、新型コロナによる働き方の変化によって、企業のオフィスに対する考え方も変わりつつあります。実際に、都心のオフィスを縮小したり、解約したりする動きも出てきています。社会の隅々までITやAIが普及していく世界では、企業が以前ほど東京にこだわる必然性がなくなってきているので、本社機能の移転需要は確実に増えてきているというわけです。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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