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大企業の研究所の従業員9割が、東京から長野へ移住した理由とは

中原圭介経営アドバイザー、経済アナリスト
諏訪湖畔の豊かな自然が、多くの研究所を吸い寄せる(ペイレスイメージズ/アフロ)

少子化対策の王道は、本社機能の誘致にある

 昨年の記事(2017年9月4日9月11日の記事参照)では、少子化対策の模範となる大企業としてコマツの取り組みを紹介しましたが、今回の記事では、お手本となる地方自治体として長野県の対応策について取り上げたいと思います。

 長野県の阿部守一知事は2010年に就任して以降、長野の地を豊かにするために強い使命感と危機感を持って仕事に邁進していますが、少子化対策や地方振興策に関する考え方が非常に私と共鳴するところが多く、その考え方を見事に地方自治の現場で実践しています。そこで私は、長野県の取り組みを全国の人々にも知ってもらいたいと思い、2018年3月に意見交換も兼ねて貴重なインタビューをさせていただきました。

長野県の阿部守一知事
長野県の阿部守一知事

 阿部知事に「少子化を食い止めるために、具体的にどのようなことをしているのか」とお伺いしたところ、「大企業の本社機能(研究開発拠点を含む)の誘致を積極的に行っている」としたうえで、「本社機能の移転については、強力に支援する制度を設けている」と述べています。長野県では東京23区から本社機能を移転した企業に対して、県税である法人事業税と不動産取得税について全国でトップレベルの減税制度を用意しているといいます。とくに法人事業税については3年間にわたって95%を減額する措置を設けているというのです。さらには、県内の市町村にも協力してもらい、固定資産税を減額する措置も設けているということです。

地方自治体は特色や強みを活かして勝負すべき

「長野県はどのような強みや特色を活かして、大企業の本社機能の誘致に取り組んでいるのか」という問いに対しては、「自然が豊かだという特色を活かして、とりわけ大企業の研究開発拠点の誘致を積極的に進めている」と明らかにしています。研究員がクリアな頭で研究に没頭できる雄大な自然環境は、大都会に比べると格段に優れているはずであるというのです。そのようなわけで、過去10年間の研究所の立地件数は全国で5番目に多いという結果を残しているということです。

 たとえば、日本最大手の無線通信メーカーである日本無線は、東京の三鷹市に研究開発拠点を持っていましたが、2014年にその拠点を長野市に移転すると同時に、従業員約900名のうち9割が東京から移住しています。初期の段階では「人口減少社会のなかで、長野に移転して将来的に人材を確保できるのか」「従業員が長野の生活に満足できるのか」といった不安があったということですが、今ではそうした不安は完全に払しょくされ、従業員の多くは生活環境が快適になって満足しているといいます。

 LEDで有名な日亜化学工業は本社が徳島県ですが、2015年に下諏訪町に研究開発拠点を移転しています。長野を選んだ理由というのは、「諏訪湖畔の豊かな自然環境のもとで、意欲と創造性が高まることで研究開発力の向上が期待できる」「諏訪地区はモノづくり産業が集積している地域性から、他の企業と技術連携できる可能性が高い」ということでした。日本無線や日亜化学工業の事例を見ていると、長野の強みを如何なく発揮したモデルケースになっているように考えることができます。

少子化の克服には地道な積み重ねが欠かせない

 長野県が力を入れている少子化対策は、大企業の本社機能や研究開発拠点の移転だけではありません。結婚したい男女が結婚して、子どもが欲しい夫婦が子どもをつくれば、出生率を1.84まで上げるという目標を設定して、結婚・子育ての支援策や育児に関する啓蒙活動など、いろいろな取り組みを進めている最中であるというのです。

 第一に、出生率を上げる入り口となる結婚の支援策では、県内の市町村や企業、民間団体などと協力して「長野県婚活支援センター」を設け、結婚する若者を増やすための本拠地にしているといいます。多くの県民がボランティアの「婚活サポーター」として、若者の結婚を応援する活動を積極的に行っているというのです。

 第二に、結婚を希望する男女のプロフィール(居住地域・身長・体重・学歴・年収・親との同居など)をデータとしてまとめ、各々の希望する条件に合う異性を検索できるマッチングシステムも導入しているといいます。リクルートなどの企業が運営しているマッチングアプリと似たような取り組みを、今や行政までもが行っているというわけです。

 第三に、子育ての支援策として、子育て家庭の経済的な負担をなるべく和らげるという目的で、医療費の助成対象は他の県と比較してもかなり充実しているといいます。県では中学校卒業まで所得制限なしで医療費の支援をしていますし、市町村のなかには高校卒業まで助成対象としているところもあるということです。

 第四に、13県の知事で結成した「日本創生のための将来世代応援知事同盟」において、子育ての楽しさや家族の良さをしっかり情報発信していったほうがいいと考え、長野県の提案で11月19日を「いい育児の日」と定め、記念日協会にも登録して2017年からスタートさせているといいます。メディアの報道では子育てに関するネガティブな情報のほうが出てしまう傾向があるので、それを何とか払しょくしていきたいということです。

長野県の取り組みの波及効果に期待したい

 これらの取り組みを一つひとつ地道に積み重ねていくことによって、長野県の出生率は過去10年で1.47から1.59まで少しずつではあるものの上がってきています。阿部知事は深刻な少子化を和らげるためにこれからも、社会全体で結婚や子育てを応援する環境づくりを盛り上げていかなければならないという決意を語っています。

 私は都道府県のなかで長野県はもっとも少子化に歯止めをかけようと努力している地方自治体の一つであると思っています。長野県には少子化対策のフロントランナーとして引き続いて頑張ってもらい、できるだけ多くの企業経営者に対して地方に目を向けた経営を考えるきっかけを与えてほしいと期待していますし、地域の若い人々が結婚したい、あるいは子どもを持ちたいと前向きになる環境整備をいっそう進めてほしいと切に願っています。

経営アドバイザー、経済アナリスト

「アセットベストパートナーズ株式会社」の経営アドバイザー・経済アナリスト。「総合科学研究機構」の特任研究員。「ファイナンシャルアカデミー」の特別講師。大手企業・金融機関などへの助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済金融教育の普及に努めている。経営や経済だけでなく、歴史や哲学、自然科学など、幅広い視点から経済や消費の動向を分析し、予測の正確さには定評がある。ヤフーで『経済の視点から日本の将来を考える』、現代ビジネスで『経済ニュースの正しい読み方』などを好評連載中。著書多数。

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