AIからもっとも遠いトップ棋士・羽根直樹が8年ぶりにビッグタイトル獲得

名人戦を検討する羽根直樹碁聖。左は父親の泰正九段。=2015年10月、筆者撮影

「後輩が伸びてきてタイトル戦のチャンスは来ないと思っていました。張栩さんの(名人取の)活躍もあって、もうひと頑張りしたい思いでやっていたら好成績になりました」

第44期囲碁碁聖戦五番勝負。許家元碁聖(21)を3勝2敗で破り、7年ぶりにタイトルホルダーに返り咲いた直後、羽根直樹九段(43)はこう語った。

常識的でちゃんとしている

羽根直樹新碁聖は棋聖、本因坊などタイトルを26も獲得している。その存在は、トップ棋士の中でも独特だ。

棋士は個性的な人が多い。勝負師であるとともに、研究家でもあり、また芸術家のような気質を持っている人も少なくない。一局の碁をふたりで作り上げている意識があるので、「相手の悪手が気に入らなくて」腐ってしまい、なんと自ら負けを宣言する棋士もいたほどだ。

そんな個性派集団の中で、羽根直樹碁聖は温厚で人あたりがよく、「常識的でちゃんとしている」がゆえ、独特な存在なのだ。

大棋士なのに、幹事役

タイトルホルダーには珍しく、高校まで卒業している(ほとんどの棋士、とくにタイトルホルダーの学歴は中学卒業がふつう)のもあるのかもしれない。羽根直樹碁聖なら、一般企業に勤めても立派に出世していくだろうとだれもが思うキャラクターだ。

所属する日本棋院中部総本部の忘年会などで、羽根直樹碁聖は幹事役を引き受け、気さくにテーブルをまわって、「飲み物や料理、足りている?」ときいたり、注文を取ったりするそうだ。羽根直樹碁聖ほどの大棋士がそんなことをするのかと、ちょっと驚いた。

囲碁一家で育つ

そんな気配りの人の父親は、ビッグタイトル「王座」を獲ったこともある羽根泰正九段。妻は羽根しげ子初段。今年4月に三女の彩夏初段もプロになった囲碁一家。

親子でビッグタイトルを獲得したのも、三世代が現役囲碁棋士というのも、羽根家が初めてのことだ。

囲碁どっぷりの環境で育った常識人というのが、羽根直樹碁聖の強みだと思う。

AIの手は打たない

ここ数年、囲碁AIが登場して、囲碁の考え方が大きく変わった。新しい打ち方を示されただけでなく、これまでよいとされた形が否定されたり、逆に悪いと考えられていた手が、少しの工夫でよい手になったり。とくに定石は多くが打たれなくなるなど、考え方が大きく転換してきている。

多くの棋士がAIの示す手を真似し、活用している中、羽根直樹碁聖はAI推奨の手はほぼ打たない。いくら人からいいといわれても、自分が納得しない手は打たない。

昔から人間が打っていた手で勝負し、なおかつ高い勝率を上げている希有な棋士なのだ。

羽根直樹本人は、全くAIを活用していないというわけではなく、中盤の戦いなど読みでは判断できない状況で、自身の碁を検討するのに使っているという。

ファンが喜ぶために

以前、羽根直樹碁聖は「難しい手ではなく、アマチュアが打てる手を打って勝つのが理想」と言っていた。また七番勝負でも、勝つならば、ストレートの4連勝より4勝3敗のほうがいいとも言っていた。

囲碁一家に育った常識人である羽根直樹碁聖ならではの言葉だ。

すべてはファンのため。ファンが楽しみ喜ぶことが、羽根直樹碁聖にとって最も大事なことなのだ。

囲碁観戦記者・囲碁ライター。神奈川県平塚市出身。1966年生。お茶の水女子大学大学院修士課程修了。お茶の水女子大学囲碁部OG。会社員を経て現職。朝日新聞紙上で「囲碁名人戦」観戦記を担当。「週刊碁」「囲碁研究」等に随時、観戦記、取材記事、エッセイ等執筆。囲碁将棋チャンネル「本因坊家特集」「竜星戦ダイジェスト」等にレギュラー出演。著書に『井山裕太の碁 AI時代の新しい定石』(池田書店)『囲碁ライバル物語』(マイナビ出版)、『井山裕太の碁 強くなる考え方』(池田書店)、『それも一局 弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ』(水曜社)等。囲碁ライター協会役員、東日本大学OBOG囲碁会役員。

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