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オリーブオイルが超高級品になる日――価格高騰が長期化しかねない4つの理由

六辻彰二国際政治学者
(写真:アフロ)
  • オリーブオイル価格の高騰には、地球温暖化の他、世界全体の需給バランスといった背景がある。
  • 価格が高騰するなか、一部の生産国が輸出禁止に踏み切ったことは、これに拍車をかけている。
  • その一方で、世界レベルで生産量を急激に増やすことにはハードルが高い。

 健康志向の高まりとともに日本にも定着してきたオリーブオイルは急激に値上がりしている。これが長期化する懸念には4つの理由がある。

地球温暖化とオリーブオイル泥棒

 国内の飲食店ではオリーブオイル仕入れ値が3倍に跳ねあがるという話も出ている。これは主に国内だけでなく原産地での価格高騰を反映している。

 世界的な大産地の一つスペインのハエンでは、国際オリーブ理事会によると、エクストラバージンオリーブ100kgが2011年からの10年間平均で222ユーロ(約3万5000円)以下だったが、最近では337ユーロ(約5万3000円)を超えた

 その結果、オリーブオイル盗難も多発している。例えばスペインのコルドバでは8月末、エクストラバージンオイル5万リットルが製造所から盗まれ、被害額は700万円以上にのぼった。

 この価格高騰の大きな原因は、第一に記録的な猛暑にある。

 オリーブオイルの本場は地中海沿岸の国だ。日本でも近年生産が活発化しているが、消費されるオリーブオイルのほとんどはこの地域からの輸入に頼っている。

 ところが、地球温暖化が進むなか地中海一帯は世界平均と比べても平均気温上昇のペースが20%早いといわれる。実際、この一帯はこの数年来、夏に死者が出るほどの異常な熱波に見舞われており、降雨量が減ってオリーブ栽培が大きな損害を受けているのだ。

 その影響は国ごとに差があり、すべての国の生産量が減少したわけではない。しかし、最大の生産国スペインで昨年度の生産量が一昨年度の半分近くにまで減少したことが、現在の価格高騰の直接的な原因である。

 これにエネルギー高騰による輸送コスト増や円安といった条件が加われば、国内価格はさらに上がる。

供給を上回る需要

 第二に、生産を上回るペースで消費が増えていることだ。

 健康志向やオーガニックブームは日本だけではない。オリーブオイルの最大の消費国はアメリカだが、近年では先進国だけでなくブラジル、中国、サウジアラビアなども急激に輸入を増やしている。

 国際オリーブ理事会は昨年3月に「需要の増加に供給が追いつかない」と認めていた。

 この需給バランスはこれまでにすでに価格に転換されていて、結果的にオリーブオイル生産国でさえ消費量が減少している

 例えばオリーブオイルの大生産国であり、大消費国でもあるイタリアでは、年間の一人当たりオリーブオイル消費量が2000年代初頭には約12リットルだったが、2021年にはこれが約7リットルにまで減少した。

 これと並行して、より安価な外国産への需要も高まっている。イタリアでも国産の多くが輸出に向かうのと入れ違いに今やチュニジア産オリーブオイルの最大の輸入国だ。

 需給バランスの変化もやはり、オリーブオイル価格が長期的に高騰する一因といえる。

輸出制限に踏み切る国

 そして第三に、価格高騰にともなう買い上げ競争を背景に、オリーブオイル輸出を禁じる国が出てきたことだ。

 トルコでは今年8月から10月末までの3カ月間、オリーブオイル輸出が禁止されてきたが、この措置は11月からも延長された。

 コロナ感染拡大にともなう経済停滞に直面していた2021年3月から、トルコ政府は国内価格安定のため断続的にオリーブオイルの輸出を制限してきた。

 そこにはインフレ圧力が高まるなか、物価上昇が政情不安をもたらすことへの警戒がある。

 ただし、トルコ政府のオリーブオイル輸出禁止は「国民生活のことを考えています」アピールに過ぎない可能性が高い。実際、トルコのオリーブオイル生産者組合は「国内年間消費量は約14万トンだが、それを満たしてもさらに6~7万トンを輸出できる」と主張し、「全面的な輸出禁止が価格安定につながらない」と反対している。

 ともあれ、これが国際市場価格の高止まりを促す一因であることは疑いない。トルコの昨年度の生産量は世界第2位だったからだ。

 昨年度、日本が輸入したオリーブオイルの約7%もトルコ産だった。

 トルコに加えて、シリアやモロッコも輸出制限に踏み切っている。新興国・途上国の動向が先進国を揺るがす構図は、この分野でも見受けられるのである。

生産を増やせばよいか

 最後に、生産量を簡単に増やせないことだ。

 もともとオリーブ栽培は地中海性気候の土地でなければ難しい。実際、生産量上位10カ国は地中海沿岸国が占め、その生産量の合計は世界全体の9割以上を占める。

 世界的に消費が増えていても、地中海周辺以外でオリーブオイル生産量は劇的に増えていないのだ。

 そのうえ、一部ではすでに過剰生産への警戒もある。大規模な灌漑設備などを備えたオリーブ農園を増やせば、それだけ土地が乾燥しやすくなる報告されているからだ。

 さらに、急激に需要の高まるオリーブ栽培では安価な働き手を酷使する構造も目立つ。例えばイタリア南部のシチリアでは、アフリカから流入した難民を違法に働かせるオリーブ農園の存在も確認されている。

 これらの問題は、パームアボカドなど、人気の高まりで需要が急激に伸びたその他の品目にもほぼ共通する。

 こうした背景のもと、スペインの食品大手Deoleoは「10秒に1本のペースでオリーブの苗が植えられている」「現状の過剰供給のビジネスモデルはサステナブルではない」として、農家への適正な利益配分や環境に配慮した栽培などの覚え書をいくつもの農業団体と2010年代末から相次いで結んできた。

 いわばSDGsに沿って、持続可能なオリーブオイル生産を目指すという方針だ。

パレスチナ和平を祈念してオリーブをバチカンで植樹するフランシスコ法王とイスラエル、パレスチナ、東方正教会の代表者たち(2014.6.8)。オリーブは食品という枠を超えて一つの文化的シンボルでもある。
パレスチナ和平を祈念してオリーブをバチカンで植樹するフランシスコ法王とイスラエル、パレスチナ、東方正教会の代表者たち(2014.6.8)。オリーブは食品という枠を超えて一つの文化的シンボルでもある。写真:ロイター/アフロ

エシカルなオリーブオイルとは

 サステナブルを理由に生産量を調整することには、供給量をコントロールする方が収益を安定化しやすい、という経営上の目的もあるかもしれない。

 しかし、その真意はさておき、急速に高まるオリーブオイル需要に合わせて生産を無制限に増やせば、生産地の自然環境や労働環境に大きな影響を及ぼすこと自体は間違いない。

 価格高騰の長期化が避けられないなら、むやみに増産による価格下落を求めるよりむしろ「そこそこ手頃な価格で手に入って当たり前」という思い込みを捨て、使用量を調整したり、代替品も検討したりといった対策をとる方が、財布だけでなく地球にも優しいだろう。

 大袈裟にいうなら、オリーブオイル高騰は変貌する世界の一つの象徴といえるのだ。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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