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ウクライナ、ガザから緊張が飛び火するシリア――米軍が直接かかわる危険とは

六辻彰二国際政治学者
米軍が中東に派遣したのと同型の地上攻撃機A-10(資料)(20225.27)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカと対立するロシアやイランは中東に駐屯する米軍への威嚇・攻撃を強めている。
  • シリアに駐屯する米軍にはイランによるイスラエル攻撃を監視する目的もある。
  • ウクライナ侵攻やガザ危機はシリアなどでの緊張をエスカレートさせている。

 多くの人がほとんど忘れていたアメリカの軍事活動は今、アメリカと対立する勢力の標的になりつつある。

シリア駐留米軍への攻撃

 米国防総省は11月7日、シリアとイラクの3カ所に駐留する米軍が、1カ月間に38回攻撃を受けたことを明らかにした。そのほとんどはイラン革命防衛隊によるロケット、ドローン攻撃だったという。

 アメリカは防空体制が機能していると強調しており、それによるとおそよ1200人駐留している米軍兵士に死者は出ていない。

 とはいえ、現在の世界で、海外に展開する米軍が直接攻撃にさらされている土地は他にほとんどない(テロ組織によるものを除けば)。

 革命防衛隊はイラン政府直属の軍事組織で、正規のイラン軍と同等、あるいはそれ以上の練度と装備を備えているとみられる。

 イランは1979年以来アメリカと対立しており、アメリカから「テロ支援国家」にも指定されている。その反動で中ロとの関係が深い。

 また、イランは周辺のイラク、シリアにも強い影響力をもっていて、それらに駐留する米軍への攻撃を加速させているとみられるのだ。

 一連の攻撃に関するイラン政府からの公式表明はない。

米ロ両軍が最も近接する土地

 ただし、この地域における米軍が注目を集め始めたのは昨年からだ。

 米中央軍作戦部長アレクシス・グリンコウィチ中将は昨年3月23日、「シリアとイラクの米軍施設の上空をSu-34などのロシア軍戦闘機が頻繁に通過して威嚇している」と明らかにした。

 ロシアにとって、シリアは冷戦時代から中東における数少ない足場の一つだ。

 そのため、2014年にこの地域で「イスラーム国(IS)」が建国を宣言した後、ロシアは戦闘機による空爆などでシリア政府のアサド大統領を支援した。ただし、ロシアによる空爆の対象は、ISなどの過激派だけでなく反アサド勢力も含まれていたとみられる。

 一方、アメリカなど欧米諸国も2015年頃からシリアで空爆などを行ったが、その目的にはロシアと対立するところがあった。

IS建国を宣言するアル・バグダディ(2014.7.5)。バグダディは預言者ムハンマドの後継者を意味する「カリフ」を名乗り、イスラーム国家建設の顔になったが、2019年10月に米軍の急襲で殺害された。
IS建国を宣言するアル・バグダディ(2014.7.5)。バグダディは預言者ムハンマドの後継者を意味する「カリフ」を名乗り、イスラーム国家建設の顔になったが、2019年10月に米軍の急襲で殺害された。提供:Social Media Website/ロイターTV/アフロ

 アメリカはアサド率いるシリアも「テロ支援国家」に指定してきた。そのため、アメリカは過激派への空爆を行う一方、反アサド勢力とりわけ少数民族クルド人へのテコ入れを行ったのだ。

ウクライナ侵攻の開始と同時期に

 こうしてシリアは第二次世界大戦後に数少ない、米ロがともに公式に活動する戦場になった

 こうした経緯のもと、アメリカはシリアのアルタンフに駐屯地を設けた。トランプ前政権は2019年10月、シリア北部の米軍撤退を命じたが、南部のアルタンフ駐屯地はそのまま残った。

 これに関してシリア政府は承認しておらず、しばしば退去を求め、それをアメリカが無視してきたという因縁がある。

 とはいえ、米ロの直接衝突はお互いにとってリスクが高い。そのため、米ロは2019年、不測の事態を避けるため、航空機で相手の軍事施設上を通過しないことなどに合意した。

 米軍によると、ロシア軍機の威嚇は昨年3月から急増したという。

 だとすると、ちょうどロシアによるウクライナ侵攻の開始とほぼ同じ時期に、アルタンフ駐屯地などでの威嚇行為が増えたことになる。

 そしてこの緊張をさらに高めたのが、ガザ危機だった。

ロシア製戦闘爆撃機Su-34(資料)(2017.7.5)。シリアのアルタンフ駐屯地上空を通過したものと同型とみられる。
ロシア製戦闘爆撃機Su-34(資料)(2017.7.5)。シリアのアルタンフ駐屯地上空を通過したものと同型とみられる。写真:ロイター/アフロ

ガザ情勢の飛び火

 パレスチナのイスラーム組織ハマスが10月7日、イスラエルにかつてない規模の攻撃を開始したが、それにともないシリアやイラクの米軍施設に対する攻撃が急激に増えたのだ。

 米国防総省報道官は10月23日、その前週に5度、アルタンフ駐屯地などにドローン攻撃が行われたことを明らかにして、「脅威がエスカレートしている」と警告した。アメリカはこれがイランによるものとみている。

 アメリカがイスラエルを一貫して支援してきたのと対照的に、イランはハマスを支援してきた。

 これに加えて、イランはイスラエルの北隣レバノンのシーア派組織「ヒズボラ」も1980年代から支援している。

レバノンの首都ベイルート近郊で集会を開くヒズボラ支持者(2023.11.3)。ハマスとイスラエルの戦闘に呼応するように、ヒズボラはイスラエル軍との戦闘を加速させている。
レバノンの首都ベイルート近郊で集会を開くヒズボラ支持者(2023.11.3)。ハマスとイスラエルの戦闘に呼応するように、ヒズボラはイスラエル軍との戦闘を加速させている。写真:ロイター/アフロ

 ヒズボラはイスラエルの北隣レバノンの南部に拠点をもち、イスラエルともしばしば交戦してきたが、10月7日のハマスによる攻撃をきっかけにイスラエル攻撃を加速させている。

 2011年に始まったシリア内戦の大局が決した後も、イランやヨルダンの国境に近いアルタンフに米軍が拠点を構え続けたのは、「IS残党の掃討」という公式の理由だけでなく、イランからレバノンに至るルート上にあるこの地を監視することがあったとみられている。

危ういバランスのシリア

 つまり、ガザでの戦闘激化は連鎖反応的に、シリアやイラクに駐留する米軍への攻撃も増やしている。

イスラエル南部からのぞむガザ市内(2023.11.13)。ハマスとイスラエルのこれまでにない規模の衝突は「イスラーム世界vsイスラエル」の構図に発展しつつある。
イスラエル南部からのぞむガザ市内(2023.11.13)。ハマスとイスラエルのこれまでにない規模の衝突は「イスラーム世界vsイスラエル」の構図に発展しつつある。写真:ロイター/アフロ

 この地域の米軍施設を防御するため、米軍は弾道弾迎撃ミサイルシステムTHAADや対地攻撃機A-10の追加派遣を決定し、その一部はすでにペルシャ湾近海に展開している。

 これまで米兵から軽傷者や空爆のトラウマによる心的外傷で戦線離脱する者は出ているが、現状において死者は出ていない。しかし、犠牲者が出た時、アメリカがシリアにさらに深くコミットする転機にもなり得る

 オースティン国防長官は10月末、「もし(駐屯地への攻撃が)止まらないなら対応する用意がある」と発言した。

 米ロが直接接触する危険という意味で、シリアはウクライナやガザより高い。そしてガザ危機はすでにこの地に飛び火し始めている。

 シリアが今、大国間の危ういバランスの上にあることだけは確かなのだ。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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