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周辺の西アフリカ諸国は軍事介入も示唆――邦人も退避、混迷のニジェール情勢の深層

六辻彰二国際政治学者
ニジェールからイタリアに逃れたEU市民(2023.8.2)(写真:ロイター/アフロ)
  • 西アフリカのニジェールではクーデタをきっかけに治安が悪化し、外国人が退避する事態となっている。
  • これを受けて周辺国は経済制裁を発動し始めているだけでなく、軍事介入すら検討されている。
  • ウクライナ戦争をきっかけにアフリカの多くの国では欧米との温度差が鮮明になっているが、「クーデタの感染」を恐れる点では立場を共有している。

 西アフリカの小国を巡る争いは、グローバルな地政学にとっても無関係ではない。

周辺国による軍事介入の可能性

 7月24日に発生した西アフリカ、ニジェールのクーデタは緊張の度を高めている。クーデタを支持するデモ隊の一部が旧宗主国フランスの大使館に火を放つなど、治安の悪化に日本や欧米各国の国民が相次いで退避しているのだ。

 この事態に周辺国も動き始めている。

 周辺15カ国(ニジェールを含む)が加盟する西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は8月2日、使節団を派遣し、軍事政権に拘束されたバズム大統領の解放などを求めた。

 これと並行して制裁も始まり、その一環として隣国ナイジェリアはニジェール向け電力を停止した。

 ナイジェリアはGDPの規模でアフリカ最大を誇る産油国で、ECOWASでも大きな発言力をもつ。

 さらに、7月30日に開催されたECOWAS緊急首脳会合では、軍事介入についても検討された。この会合では「大陸の安定を保つために必要なあらゆる手段をとる」ことが確認された。

ECOWASの「実績」

 西アフリカはアフリカのなかでも貧困国や小国が目立つ地域だ。それが軍事介入などできるのか、と怪訝に思うかもしれない。

 しかし、ECOWASは本来、経済協力を目的に設立された地域機構だが、この方面でも実績を積み重ねてきた。

 そのルーツは20年以上前の1990年代、この地域で内戦が頻発した時期にさかのぼる。リベリアやシエラレオネの内戦で多くの犠牲者が発生し、難民も急増したことを受け、ECOWASは部隊を派遣してこれらを平定した。

 近年では、2017年にガンビアの当時のジャメ大統領が選挙での敗北を受け入れず、大統領の座に留まり続けて政治危機が深刻化したとき、隣国セネガルの部隊が介入して事態の収拾にあたった。

 さらに、2020年と2021年のマリ、2022年のブルキナファソなどで、それぞれクーデタが発生した際、ECOWASは経済制裁を発動した。

 ECOWAS加盟国は「内戦などで国内が混乱した場合には介入されることもあり得る」というルールに事前に合意している。混乱が絶えないアフリカならではのローカルルールとも言えるが、ニジェールの場合もこれを拠り所にECOWASは強い態度を見せている。

 これに対して、ニジェールの軍事政権を率いるチアニ将軍は「ECOWASやその他の冒険主義者(欧米を指す)に、父祖の地を守る我々の固い決意を繰り返す」と述べ、あらゆる干渉・介入を拒絶する意思を示している。

西アフリカ各国が警戒するもの

 それでも、ニジェールのクーデタに早い段階からECOWASが軍事介入まで示唆したことは、これまでにないスピーディーな反応といえる。そこには西アフリカ各国に広がる「クーデタの伝染」への警戒がある。

 アフリカでは2020年頃からクーデタがドミノ倒しのように各国で発生している。

 その背景には、コロナ感染拡大、旱魃などの自然災害、イスラーム過激派のテロなどで生活苦が広がってきたことがあげられる。

 その一方で、多くの国では政府高官による腐敗・汚職も目立ち、さらにイスラーム過激派によるテロの拡大にブレーキがかかっていない。

 こうした不満を背景にマリやギニアビサウで発生したクーデタが、近隣諸国に波及することは、各国政府にとって由々しき問題だ。

 それは政治的立場を超え、ほとんどのECOWAS加盟国に共通する問題と言える。

 ニジェールに対する軍事介入の可能性に言及したナイジェリア国防相は「我々の決定は民主主義へのコミットについての強いメッセージを発信する」と述べ、民主主義を否定するクーデタを認めない、と主張した。とはいえ、ECOWAS加盟国には必ずしも民主的といえない国も少なくない。

 しかし、「自分たちの立場が軍事的にひっくり返されるかもしれない」という危機感で各国首脳は共通する。

 さらにニジェールの混乱が拡大すれば、イスラーム過激派がこれまで以上に台頭する懸念も大きい。それによって難民が増加すれば、欧米よりむしろ西アフリカ諸国にとって憂慮すべき事態となる。

 ニジェールのクーデタに対する周辺国の強い反応は、強い危機感の表れといえる。

グローバルな意味とは

 その一方で、欧米各国もニジェールのクーデタに強い警戒感を示している。マクロン大統領は「フランスの利益への攻撃には即座に対応する」と警告し、バイデン大統領も「自由かつ公正な選挙(というものがニジェールであったとすればだが)の結果を尊重すべき」と述べて拘束されているバズム大統領の釈放を求めている。

 欧米各国にとっても、アフリカでクーデタが相次ぐことは深刻な問題だ。近年相次ぐクーデタでは、政府批判の延長線上に反欧米的主張が噴出することも少なくないからだ。

 それは結果的に、イスラーム過激派対策として欧米ではなくロシアの軍事企業ワグネルと契約する国を増やし、ロシアの影響力を拡大させるきっかけにもなってきた。

 ニジェールの場合も、世界有数のウラン生産国でありながら、その開発の多くを担うフランス政府系企業アレヴァ(現在はオラノに改称)が利益の大半を握るだけでなく、開発プロセスで膨大な水を消費するため地域住民の生活用水が不足する事態も発生するなどして、しばしば批判されてきた。

 ニジェールではこれまでワグネルの活動が確認されていない。しかし、クーデタ支持のデモ隊の一部がロシア国旗を掲げるなど、欧米寄りの政権に対する拒絶反応がロシアに接近するきっかけになっている点では、マリやブルキナファソと同様のパターンがうかがえる。

 そのロシア政府はニジェールのクーデタを批判するECOWASや欧米に対して、「制裁や介入は緊張を和らげる助けにならない」と主張し、むしろニジェールにおける緊急国民対話を呼びかけている。

 ECOWAS加盟国でこれに賛同しているのは、マリやブルキナファソなどだけだ。これらの国の政府はワグネルと契約している。

 だからこそ欧米は「ニジェールが次のドミノになるのでは」と警戒し、この小国から目が離せないのである。

 それは結果的に、ECOWASと欧米の立場が接近することを意味する。

 ウクライナ侵攻の後、「アフリカにはロシア寄りの国が目立つ」といった指摘が目立つが、実態は異なる。むしろ、アフリカの多くの国は先進国と中ロのどちらにも取り込まれたくない、とみた方がよい。

 つまり、圧倒的に大きな影響力をもつ欧米と距離を保つためのテコとして中ロとも良好な関係を築くが、中ロの引力圏に引き込まれたいわけでもないのだ。

 そのため、必要に応じて欧米と立場を共有することは不思議でない。それはあくまで一時的、限定的なものだが、先進国がこうした共通部分でアフリカの多くの国に協力できなければ、その後の関係強化も望めないのである。

【追記】キャプションの一部を修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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