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ロシアはウクライナで本当に核兵器を使用するか――警戒すべき三つの理由

六辻彰二国際政治学者
クリミア併合8周年式典で演説するプーチン大統領(2022.3.18)(写真:ロイター/アフロ)
  • ロシアがウクライナで核兵器を使用する可能性は高くないが、その恐れは着実に増している。
  • その理由には長期化を嫌がっていること、ウクライナを西側に取られるより不毛の地にする方がマシであること、そして核抑止が効かないことがある。
  • ロシアの「本気度」を疑いすぎることは、かえって神経過敏になっているプーチン政権を刺激しかねない。

 ロシアはウクライナで本当に核兵器を使用するか。「ただの脅し」という見方もできるが、プーチンが核使用に踏み切る恐れは払拭できない。そこには三つの理由がある。

核使用の現実味

 ロシア政府スポークスマンは3月22日、米CNNのインタビューに対して「我々は国家安全保障に関する考え方を以前から公表しており…実際の脅威があれば、その考え方に沿って核兵器を使用することもあり得る」と述べた。

 これはウクライナを念頭に置いた発言だ。

 プーチン大統領はウクライナ侵攻開始直後の2月28日、国防相に核抑止の警戒レベルを引き上げるよう指示した。これはアメリカが介入するなら核戦争も辞さない、というメッセージとみられる。

 その後、国連のグテーレス事務総長が3月14日に懸念を表明するなど、ロシアによる核使用への警戒はすでに高まっていたが、今回のスポークスマンの発言は危機感を嫌が上にも高めるものだ。

 ハンブルグ大学のウルリッヒ・クーン教授は「可能性はまだ低いが、高まってもいる」と述べ、人の多くない地域を狙って、ロシアが小型の核弾頭を使用することがあり得ると警鐘を鳴らしている。

長期戦を避けたいロシア

 「ただの脅し」「心配しすぎ」という見方もあり得るが、少なくともシリア内戦など他の戦争と比べれば、ウクライナ侵攻ではロシアが核兵器を使用する恐れが拭えない。そこには大きく三つの理由がある。

 第一に、ロシア政府は短期間のうちに決着をつけたいからだ。

 すでに日本を含む先進国が発動している経済制裁は、長期化すればするほど効果が大きくなるとみられる。

 また、ロシアの強気を支える一つの条件は歴史的な資源価格の高騰だが、先進各国の働きかけもあってサウジアラビアやUAE、カタールなどアラブ諸国は増産体制に入っている。そのため、天井知らずの価格高騰がいつまで続くかは不透明だ。

 さらに、長期化するほどロシア国内の不満や批判も大きくなりやすい。

 ところが、ウクライナ側の抵抗もあり、ロシア軍の進撃は遅れ気味といわれる。つまり、マリウポリを含めて個別の戦闘ではロシア軍有利の戦場が多いとしても、全体的な風向きは短期決戦を目指すロシアにとって不利になりつつあるとみてよい。

 とすると、短期間でウクライナの戦意を喪失させる手段として、プーチン大統領の頭を「核使用」がよぎっても不思議ではない。その場合、クーン教授がいうように、実損より心理的ダメージを重視するなら、人が多くない場所をわざと選ぶこともあり得る。

ただウクライナを取られるよりマシ

 第二に、今のロシアにとって、これ以上「悪名」を高めても、たいして実害はないことだ。

 今のロシアはこれまでになく国際的な非難の的だ。3月2日に国連総会で採択された、ロシアに軍事活動の即時停止を求める決議に、193カ国中141カ国という圧倒的多数が賛成したことは、これを象徴する。

 また、ロシア非難の国連決議に反対した中国でさえ、核使用の危機感が高まるにつれ、「‘ロシアのように’自分の利益を守るため、核を脅しに使うことを、中国はしない」など、モスクワと微妙に距離を置く立場を外向けに発信するようになっている。

 それでも平気なのは、恐らくプーチン政権が「力は正義なり(Might makes right)」という古い格言、日本風にいえば「勝てば官軍」の考え方に染まっているからだろう。

 勝者の言い分が正義になる、という考え方の強さは、東西冷戦の事実上の勝者である西側の言い分がその後「世界の正義」になったことへの拒絶反応やコンプレックスの裏返しともいえる。

 それらが強ければ強いほど、勝ちさえすれば一時的な悪名など恐るるに足らず、という思考に傾いても不思議ではない。

 とすると、ロシアの国際的評価はすでに落ちるだけ落ちているので、そして「勝ちさえすれば」の考え方が強まっているので、タブー視されてきた核使用に踏み切ることにブレーキが効きにくくなっているとみてよい。

 「でも、仮に人口密集地帯でなかったとしても、核兵器を使えば放射能で汚染されて、ウクライナを自分のものにしたいロシアだって困るじゃないか」という意見もあり得る。

 しかし、その最優先事項が「ウクライナが西側に組み込まれることの阻止」だとすると、たとえウクライナの一部が不毛の地になっても、ロシアにとっては最悪の事態を避けることになる

 放射能で汚染してしまえば、今後ウクライナがNATOやEUに加盟しても、欧米もこれを持て余すことになる。これ以上の悪名を恐れないプーチン政権に「ただウクライナを欧米にくれてやるよりマシ」という発想が生まれれば、核兵器の引き金も軽くなりやすい。

核抑止のスキマ

 そして最後に、ロシア政府には「核兵器を使用してもロシアが核攻撃されることはほぼない」という安心感があるとみてよい。

1945年8月9日に長崎に投下された'Fat Man'から上がるキノコ雲。
1945年8月9日に長崎に投下された'Fat Man'から上がるキノコ雲。提供:The National Archives/ロイター/アフロ

 そもそも第二次世界大戦中の日本を除き、これまで戦争で核兵器が実際には用いられなかったのは、それをすれば自分も大きなダメージを負うという判断が働きやすかったからだ。

 冷戦時代に米ソ間で生まれた核抑止とは、「核の先制攻撃を行なえば必ず核の報復を受けるから、核を使用しないことがお互いの利益になる」という考え方に基づく。この「核不使用のバランス」は、二大陣営がほぼ互角の核兵力を持っていたから成り立っていた。

 ところが、ウクライナはNATO加盟国ではない。だから、仮にウクライナが核攻撃を受けても、アメリカには報復しなければならない義務はない。アメリカにしても、ウクライナのためにロシアと核ミサイルを撃ち合うつもりまではない。

 つまり、ロシアはウクライナで核兵器を使用しても、核の報復を恐れなくてよい。ウクライナがいわば核抑止のスキマにあることは、ロシアの心理的ハードルをさらに引き下げる一因といえる。

「ただの脅し」とみなすリスク

 念のために繰り返せば、いくらプーチンでも核兵器を用いる可能性は決して高くない。ただし、その恐れは着実に増してもいる。

 そして、外部からそのようにみられていることも、ロシア政府は承知しているだろう。だとすると、「何をするかわからない」と思われること自体、ロシアにとっては外交的な手段となる。

 いわば「状況次第では本当に撃つぞ」という威嚇だが、「ただの脅し」とみなされているとロシア政府が感じれば、むしろ本当に撃つリスクも高まる。それくらい今のプーチン政権には、大胆さというより神経過敏の兆候がうかがえる。

 先進各国はプーチン政権の本気度を予断なく見極めながら、制裁を強化する一方でウクライナの交渉を支援し、核使用という最悪の事態を回避する必要があるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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