• オーストラリアではコロナワクチン接種の強制に反対するデモがしばしば暴徒化しており、その影には極右の扇動がある。
  • しかし、それは多くのデモ参加者にとってあまり重要でないとみられ、政府への不満で共通する極右が今までより身近になったことがうかがえる。
  • 極右の浸透は暴動の多発そのものよりむしろ深刻であり、もともとアジア系ヘイトが目立つオーストラリアの変化は日本にとっても無関係ではない。

 オーストラリアの反ワクチンデモは人種差別主義者に煽られて拡大した。ただし、極右が暴動を扇動すること以上に深刻なのは、極右が普通の市民にとって「となりにいる者」と映る、当たり前の存在になりつつあることだ。

メルボルンの騒乱

 オーストラリアを代表する大都市の一つメルボルンで10月2日、ロックダウンやワクチン義務化に抗議するデモが大規模な暴動に発展し、100人以上の逮捕者を出す騒ぎになった。

 オーストラリアでは8月中旬から抗議デモが各地で散発的に発生し、しばしば暴動に発展してきた。9月21日には、やはりメルボルンのデモで200人以上の逮捕者が出ている。

 10月2日の抗議デモの直前、メルボルンを抱えるビクトリア州のアンドリュー知事はコロナ感染状況を理由に建築現場での作業を2週間延期することを決定した他、主に建築関係の労働者が10月15日までに最低1回受けることを義務づけた。違反すれば働けない。

 これに対して、建築作業員を中心に、もともとワクチン接種に消極的だった人々の不満が爆発した格好だ。メルボルンでは、デモ参加者が‘Our body, our choice(我々の身体、我々の選択)’というスローガンを叫び、ワクチン義務化に反対したが、その一部が暴徒と化し、警官隊との衝突に至ったのである。

 メルボルンではコロナ感染が広がっており、10月1日時点で感染者は1488人にのぼっていた。

極右に煽られた反ワクチン

 ただし、問題はワクチン接種の是非に止まらない。一連の抗議デモが極右の台頭と連動してきたからだ。

 オーストラリアの複数のメディアによる共同取材は、反ロックダウンや反ワクチンを叫ぶ抗議デモをSNSで扇動してきたネオナチ「国家社会主義ネットワーク」メンバーをあぶり出した。また、メルボルンにあるアルフレッド・ディーキン研究所のジョシュ・ルース博士も多くの逮捕者を出した10月2日のデモに「自由の行進者(Freedom Marchers)」と呼ばれる極右グループが介在していたと指摘する。

 欧米で増える白人極右は、トランプ前大統領に代表されるように、「堕落したエリート(今の日本でいえば‘上級国民’だろうか)」を敵視し、国家権力が私生活を脅かすことを強く拒絶し、その延長線上で個人の権利を最大限に強調する(ただし、それは「私の権利」であり、「他者の権利」ではない)。他者の尊厳を平気で傷つける言動も「表現の自由」で正当化することはその典型だが、「移動の自由」や「身体の自由」は反ロックダウン、反ワクチンの抗議デモの土台になってきた。

 そのため、オーストラリアの極右政党「一つの国民(One Nation)」のパウリン・ハンソン党首は9月21日、反ワクチンデモを支持したが、これに対して自由党のビル・ショーテン上院議員は同日、「極右の、ひどく幼稚なナチス(hard-right man-baby Nazis)がトラブルを引き起こした」と批判している。

となりに当たり前にいる極右

 とはいえ、ここで注意すべきは、メルボルンなどでのデモ参加者のほとんどは極右と無関係の一般市民で、ただ生活苦への不満を表明するために集まっていることだ。実際、一連の抗議デモで人種差別的なヘイトスピーチなどはほとんど確認されていない。

 その一方で、極右の介在は広く報じられているため、多くの参加者がこれを知っていても不思議でないが、それでも抗議デモは拡大した。ほとんどのデモ参加者にとって大きな問題は、抗議デモに極右が介在していることよりむしろ、ロックダウンやワクチン義務化といったコロナ対策そのものだからだろう。

 だとすると、これは長期的には、デモが暴徒化するより深刻といえる。抗議デモをきっかけに極右に対する心理的ハードルが生活の苦しい人々の間で下がっているとみられるからだ。

 すでにオーストラリアでは、アメリカやヨーロッパと同様、移民の増加などを背景に白人極右の活動が活発化している。保安情報機構(ASIO)は2020年オーストラリアの政治的な暴力事件の約40%が白人右翼によると公表した。また、2019年2月にニュージーランドのクライストチャーチで発生した、55人の犠牲者を出したモスク銃撃事件の犯人ブレントン・タラントはオーストラリア人である。

 テロにまで至らなくても、コロナ禍は人種差別を助長させてきた。とりわけ、集まって礼拝したりすることの多いムスリムがコロナ感染拡大の元凶とみなされやすく、メルボルン大学のサハール・ギュムカー博士はコロナ対策違反を取り締まる警察がムスリム居住地域を集中的にパトロールし、白人居住地域にはほとんど足を運ばない実態を告発している。

 それでも、白人極右はオーストラリア全体からみれば少数派で、たとえ彼らを内心では支持していても、表立ってそれを表明することは「評判にかかわる」ものでもあった。

 ところが、人種差別などをぬきに「失業や生活苦を改善できない政府への不満」という一点で多くの人々と立場を共有することで、白人極右は「どこか遠くにいる変わり者の集団」ではなく、「自分とは同じでないが、少なくとも自分と同じく政府を批判していて、となりにいても支障のない人々」になりつつある

 それはこれまでより極右が社会に浸透しやすくなったことを意味する。同様の状況は、ドイツなどヨーロッパでも確認されている。

アジア系ヘイトの目立つ豪州

 そして、そのことは日本にとっても無縁ではない。アメリカやヨーロッパと比べても、オーストラリアではヘイトクライムの被害者に占めるアジア系の割合が高いからだ。

 シドニー大学のゲイル・メゾン博士はニューサウスウェールズ州における2013年から2016年までのヘイトクライムを調査し、アジア系(28%)に対するものが人種別で最も多かったと明らかにした。だとすると、オーストラリアにおける白人極右の浸透は、長期的には日本人、日系人の安全にもかかわってくる。

 「日本とオーストラリアは外交・安全保障やビジネスなどで関係が深く、中国人はともかく日本人がヘイトの対象になるはずがない」という見方もあるかもしれない。しかし、政府・企業レベルの関係が良好だからオーストラリア人がみんな日本人に好意的と捉える方が、むしろナイーブすぎる(だから「親日的な国」といった表現はそもそも意味をなさない)。

 第二次世界大戦直後のドイツで聞き取り調査を行ったアメリカ人研究者ミルトン・マイヤーは、そのインタビュー対象者のほとんどが大戦後もナチスを特に悪いものだったとは思っておらず、しかもナチス台頭以前の自分たちのことを、政治家や官僚、企業経営者、聖職者、一部の学者など、あらゆる権威・権力に虐げられる「弱者」とみていた被害者意識を浮き彫りにした。

 その中の1人はインタビューの最中、日系人が戦時中アメリカで強制収容所に入れられたことに関して、かつての同盟国のよしみで同情するどころか、次のように言い放ったという。「ジャップはジャップ、ユダヤ野郎はユダヤ野郎なんだ」(田中浩・金井和子訳『彼らは自由だと思っていた』、p88)。