バイデン政権が目指す‘朝鮮半島の非核化’――北朝鮮が断りにくい提案とは

(写真:CavanImages/イメージマート)

  • バイデン政権は‘朝鮮半島の非核化’をゴールに設定した。
  • これは「北朝鮮の」非核化とは異なり、字義通りに解釈すれば、韓国を「核の傘」から外すのと引き換えに、北朝鮮に核を放棄させるものといえる。
  • この方針は従来の北朝鮮の提案に沿ったものではあるが、アメリカからの逆提案によって北朝鮮はジレンマに陥るとみられる。

 バイデン政権の北朝鮮政策が少しずつ明らかになってきた。その方針は、北朝鮮のこれまでの要求を利用したものといえる。

「核の傘」から韓国は外れるか

 バイデン大統領は4月28日、議会下院あてのメッセージで「北朝鮮はアメリカと世界にとっての脅威であり、同盟国とともに外交と厳しい抑止をもって臨む」と述べた。

 これだけでは不明瞭だが、2日後の30日にホワイトハウスのジェン・サキ報道官が記者会見で述べた内容からは、バイデン政権の北朝鮮政策の輪郭がもう少し浮かび上がってくる。その要点をまとめると、

・「我々の目標は‘朝鮮半島の完全な非核化’にある」

・「我々は大々的なバーゲンも、戦略的な忍耐もしない」

・「我々は段階的で実践的なアプローチをとる」

・「我々はそれぞれの段階ごとに日韓その他の同盟国やパートナーと協議しているし、今後もそうする」

 このうち、とりわけ重要なのが‘朝鮮半島の完全な非核化’という目標だ。これは‘北朝鮮の’非核化とは意味が違う。‘朝鮮半島の’という言葉を字義通りに解釈すれば、韓国も含まれることになる。

北朝鮮の求めてきた内容

 韓国はもちろん核兵器保有国ではないが、日本と同じく冷戦時代からアメリカの核兵器によって、他国の核の脅威から守られてきた(いわゆる「核の傘」)。そのため、これまでアメリカが求めてきた「北朝鮮の核廃棄」は、核の傘で韓国を守り続けるという前提だったため、北朝鮮にとっては「信用できない敵だけが核兵器をもつ状態で自分だけ丸腰になれ」という要求に等しいものだった。

 だからこそ、これまで北朝鮮はしばしば核放棄の条件として、アメリカの核の傘の排除を含む‘朝鮮半島の非核化’について触れてきた。例えば、2018年のシンガポールでの米朝首脳会談で取り交わされた合意文書には、「金正恩委員長は朝鮮半島の完全な非核化への確固たるコミットメントを再確認した」とある。

 もっとも、この条件を受け入れることは、アメリカにとって朝鮮半島をめぐる核戦力を見直すことにもなるため、ハードルが高かった。実際、アメリカ大統領として初めて北朝鮮の最高責任者と首脳会談を実現させたトランプ前大統領も、「核を放棄すれば制裁を解除するし、体制維持も受け入れる」と提案するしかなく、アメリカを信用しない北朝鮮と合意にたどりつくことはできなかった。

 つまり、バイデン政権は北朝鮮自身の要求を持ち出すことで、外交交渉の糸口にしようというのであり、これはトランプ政権ともオバマ政権とも異なるアプローチといえる。

中韓の支持

 バイデン政権が打ち出した‘朝鮮半島の非核化’は、韓国や中国からも支持を得やすいものだ。

 韓国の文在寅(ムン・ジェンイン)大統領は、2018年の南北首脳会談ですでに朝鮮半島の完全な非核化を目指すことに金正恩と合意している。そればかりか、バイデン政権による方針発表に先立つ4月3日、中韓両政府が「朝鮮半島の非核化を目指す」と合意している。

 文大統領は「外国の干渉」を嫌うナショナリストとして知られ、その反動で北朝鮮への融和姿勢が目立つ。その文政権にとって、‘朝鮮半島の非核化’はアメリカの核戦略と距離を置くという意味でも望ましいものだろう

 一方、北朝鮮に一定の影響力を持つ中国は現在、アメリカとの深刻な対立を演じているが、北朝鮮問題に関しては事情が異なる。実際、3月に行われた米中の閣僚級会合では両者の対立のみが注目されがちだったが、イラン、アフガニスタン、地球温暖化などと並んで、北朝鮮問題では大きな意見の衝突はなかった。

 中国にとっても核やミサイルの実験を繰り返す北朝鮮は面倒な存在だ。そのうえ、朝鮮半島がアメリカの核の射程から外れれば、中国にとって一石二鳥でもある。そのため、アメリカの有力シンクタンク、ブルッキングズ研究所のロバート・アインホルンは「中国にとっては核問題より北朝鮮の体制が崩壊しないことの方が重要」と指摘したうえで、「それでも緊張緩和は中国にとっても歓迎できるし、北朝鮮を交渉に向かわせるにはその協力が必要」と述べている。

焦点となるポスト文在寅

 ただし、‘朝鮮半島の非核化’には、大きく三つの問題がある。

 第一に、信頼できる、透明性あるプロセスを作れるかだ。

 北朝鮮以外の全ての国にとって最悪のパターンは、北朝鮮が核兵器を隠し持ち続けることだ。そのため、核の廃棄・撤去を相互にチェックする体制をどのように作るか、あるいは朝鮮半島の非核化の定義(ミサイルなどを含むのかなど)を詰める作業が不可欠になる。

 しかし、そういった細部の協議は限られた時間で行われるトップ同士の会談では不可能だ。バイデンは「実務レベルの協議の再開」を強調しており、それが終わるまでトランプのようなトップ会談はしないと繰り返し述べている。北朝鮮の「騙し討ち」を避けるためには当然の手順であり、サキ報道官のいう「段階的で実践的なアプローチ」とはこれを指すとみてよいだろう。

 第二に、韓国の内政だ。

 文政権の積極姿勢とは対照的に、韓国の保守派には北朝鮮の論理への警戒感が強い。朴槿恵(パク・クネ)政権で国家安全保障を担当した、朝鮮統一研究所の元所長・全星勲(チョン・ソンフン)は、朝鮮半島の非核化がアメリカと韓国を引き離す戦略に過ぎないと力説する。

 文大統領の支持率は3月には37%にまで低下し、就任以来の最低水準を記録している。おまけに来年3月には大統領選挙があり、仮に北朝鮮への不信感が強く、従来の米韓同盟や日韓関係を重視する保守派の大統領が選出された場合、バイデン政権にとってのハードルは上がる。

北朝鮮にはヤブ蛇か

 そして第三に、「言い出しっぺ」の北朝鮮が素直に受け入れるかだ。

 北朝鮮はソトに向けて朝鮮半島の非核化を要望する一方、ウチに向けては「核大国であること」を国威発揚の最大の宣伝材料にしてきた

 もし北朝鮮がこれまで「どうせアメリカは呑めないだろう」とタカをくくったうえで朝鮮半島の非核化を要求してきたなら、バイデン政権がOKといっても「待ってました」となるとは限らない。北朝鮮政府にとって、国内向けの自慢のタネを捨てることに繋がるからだ。

 その場合、北朝鮮はあれこれと理由をつけて(あるいは何も言わないまま)交渉を絶ち続けることも想定される。実際、北朝鮮の国営メディアは5月4日、議会下院へのバイデンのメッセージについて「敵対的な政策」と批判したが、サキ報道官が示した朝鮮半島の非核化に関しては、これといった論評を加えていない。

 とはいえ、洪水被害などによって経済が壊滅的な北朝鮮にとって海外からの支援は喉から手が出るほど欲しいところで、このまま数年間アメリカや中国の呼びかけを黙殺し続けるのは難しい。

 今後の動向は予断を許さない。しかし、金正恩にとってバイデン政権に対応するには、交渉そのものを目的化していたトランプ政権への対応から変更せざるを得ないことは確かなのである。