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「中国に対抗できるのはトランプだけ」の勘違い――バイデンの戦略とは

六辻彰二国際政治学者
当選確実の報を喜ぶバイデンとその家族(2020.11.7)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ外交には派手さと剛腕ぶりがあったが、そうであるがゆえに穴も大きかった
  • とりわけ、アメリカが突出して中国と対決したことは、結果的に中国の行動範囲を広げることになった
  • バイデンはこうした穴を埋める形で、国際的な中国包囲網を形成していくとみられる

 トランプ退場で世界がリセットされるわけではない。トランプ政権のもとで激化した米中対立は、形を変えてバイデンに引き継がれる。

トランプ外交の穴とは

 アメリカ大統領選挙でバイデン当選が確実になった。本稿執筆段階ではトランプ氏は敗北を認めておらず、法定闘争も始まっている。しかし、トランプ陣営には「選挙の不正」を立証する責任があるが、必要な証拠を揃えられるかは疑わしい。

 トランプ退場は世界に大きなインパクトを与えるが、なかでも重大なのが米中対立だ。トランプ支持者からは「中国に対抗できるのはトランプだけ」という声が聞こえてきそうだが、「敵か味方か」を鮮明にするトランプ外交は、中国にとっても大きな衝撃だった反面、そこには穴も目立った。

 これに対して、バイデンはトランプとは違う形でだが、強い圧力を加えるとみられる。バイデンの対中政策に関して、筆者はすでに9月に論考を掲載していたが、以下ではこれに補足して、特に国際的な中国包囲網の形成についてみていこう。

孤立したのは誰か

 バイデンの大方針は中国への国際的な包囲網を強めることにある。これは一国主義的な行動の目立ったトランプ政権とは対照的だ。

 トランプ外交の最大の特徴は、第二次世界大戦後のアメリカの基本方針「超大国であること」を放棄したことにある。自由貿易をはじめアメリカ自身が生み出したルールや秩序をトランプが拒絶したことは、「超大国としての立場も降りる」と宣言したに等しい

 しかし、相手を選ばず、一方的な要求を繰り返したことは、結果的に(中国ではなく)アメリカを孤立しがちにした。

 これと逆に中国は、むしろ活動範囲を広げてきた。トランプがコロナ対策への不満から世界保健機関(WHO)脱退を宣言し、アメリカの利益が反映されていないと世界貿易機関(WTO)からの脱退をも示唆したことは、これらにおける中国の影響力を増す効果しかなかったといえる。

 これに対して、バイデンは「アメリカが世界をリードしなければならない」と強調している。言い換えると、アメリカが超大国の座にとどまることを目指しているのであって、アメリカ大統領としては、いわばオーソドックスなタイプだろう。

 そのためのバイデンの方針は、一言でいえば国際主義だ。バイデンはWHOや地球温暖化に関するパリ協定への復帰を訴えているが、これは国際機関への関与を強め、アメリカ主導のルールを厳格化することで、中国包囲網を強めるものといえる。

陣取り合戦の激化

 中国包囲網を強める場合、カギになるのは途上国だ。多くの人は外交というと大国間のものを意識しやすいが、途上国を無視する者は途上国に泣く。途上国は国連加盟国の半分以上を占めるからだ。

 中国は冷戦時代から途上国を足場としてきた。1971年に中国が台湾に代わって「中国政府」として国連代表権を手に入れた時も、途上国の支持が決定的だった。中国が政治的な意味でも途上国を重視することは、現代でも基本的に変わらない。

 そのうえ、現代は冷戦時代より途上国の囲い込みが難しい。冷戦時代は、縄張りがいったん確定すれば、東西両陣営がそれぞれ住み分けできた。これと異なり、現代は自由貿易のもと、全ての国との取引が基本的に可能だ。

 そのため、アメリカに近い国と思って油断していると、あっという間に中国の影響が浸透することもある。パキスタン、フィリピン、ケニア、エジプトなど、そんな例はいくらもある。

途上国軽視のツケ

 だからこそ、中国包囲網の形成では途上国が重要になるわけだが、トランプ政権がその取り込みに成功してきたとはいえない。

 トランプ政権のもと、アメリカの途上国向け援助はトータルでやや増えたが、アラブの友好国向けを除くと、他の地域向けのものは横ばいか減少した。最貧困地帯のアフリカ向けはいったん増加したものの、2018年には減少に転じている。

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 とりわけ、コロナ禍に直面して自国のことに手一杯になったアメリカが途上国への支援を控えたのに対して、中国が「マスク外交」を積極的に展開したことは記憶に新しい。

 要するに、国際的な陣取り合戦において、トランプは中国のリードをむしろ許してきたとさえいえる。

 だとすると、バイデンが途上国、特に明白な親米国でない国への支援を増やしても不思議ではない。実際、バイデン陣営は大統領選挙の最中から「援助を外交の柱の一つにする」と表明してきた。

 まず当面、想定されるのは、いわばアメリカ版「マスク外交」の強化だ。その場合、日本やヨーロッパの同盟国に途上国援助を増やすよう協力を求めてくることも想定される。

貧困国にも「対等」を求めることが「偉大さ」か

 その最前線の一つになるとみられるのが、貧困国が多く、中国の進出が目立つアフリカだ。トランプ政権が中国に許したリードをリカバリーすることは簡単ではない。

 トランプ政権は中国や日本だけでなく、アフリカの貧困国に対してもアメリカ製品に対する関税引き下げを求めてきた。貧困国を相手にしても「アメリカ第一」を求めることが、「アメリカの偉大さ」を示すものだったかは疑問だ

 そのうえ、トランプはアメリカと個別の自由貿易協定を結ぶよう強要するなかで、アフリカ内のモノのやり取りを自由化する自由貿易協定を突き崩そうとしてきた。これは長年かかって貿易圏を作ろうとしてきたアフリカにとって、歓迎できない話だ。

 さらにトランプには、ナイジェリアを「肥だめの国」と呼ぶなど差別的な言動が目立った。コロナ禍に直面した中国でもアフリカ人差別は表面化し、アフリカとの外交摩擦に発展したが、アフリカ人の反人種差別意識を刺激した点では、人種差別反対のデモを批判してきたトランプもひけをとらない。

「気に入らない者には制裁を」の短絡

 こうしたトランプ外交は、それまでアメリカと良好な関係にあった国でも反感を招いてきた。エチオピアはその典型だ。

 エチオピア出身のテドロスWHO事務局長が中国を擁護してきたことから、アメリカだけでなく日本でも「エチオピア=中国の属国」のイメージが先行したが、実際にはエチオピアは常にアメリカなど西側先進国と中国のバランスに苦慮してきた国の一つだ。

 近年、経済取引では中国の存在感が圧倒的に大きく、昨年のエチオピア向け投資の約60%が中国からのものだ。その一方で、エチオピアはソマリアやスーダンのテロ対策でアメリカなど欧米に協力してきた、いわば戦略的パートナーでもある。

 そのエチオピアに対してアメリカは9月、青ナイル河でのダム建設のために提供を約束していた1億3000万ドルの援助を突如停止した。ダム建設に反対していた下流国エジプトに一方的に肩入れした結果だが、そこには「中国に味方した」エチオピアへの制裁のニュアンスを見出せる。

 しかし、アメリカの圧力は、これまで米中の間のバランスに苦慮してきたエチオピアを、中国の側に押しやるものともいえる。実際、突然の援助停止はエチオピアで反米感情を湧き上がらせた。エチオピアのアビー首相は「多くのエチオピア人は裏切られたと感じている」とまで述べている。

 トランプには「敵か味方か」の二分法の思考パターンが目立ち、それは支持者を喜ばせてきた反面、敵でも味方でもない者まで敵にしてきたといえる。

背後から刺されないようにすること

 バイデンの国際主義は、こうしたトランプ外交の欠点を埋めるものとみられる。それは派手さに欠き、トランプ外交を見慣れた者には物足りないかもしれないが、本来外交はショーマンシップやテレビの視聴率を競うものではない。

 バイデンのアフリカ政策はまだはっきりしない部分もあるが、すでに貧困、人口増加、テロなどの援助を増やし、トランプ政権時代には減少していた高官の往来を増やす方針を打ち出している。さらに、バイデンが政権移行チームの幹部に迎えたヨハネス・アブラハム氏がエチオピア系であることは、アフリカで存在感の大きなエチオピアとの関係修復を意図したものとみられる。

 こうした細かな積み重ねで中国包囲網を形成しようとした時、バイデンにとって一番の障害になるのは、中国よりむしろ、即座の成果を求める短絡的な世論だろう。そのため、いわば背後から刺されないようにするため、世論をできるだけ鎮静化することも、バイデンにとっては課題となる。

 世論を煽って外交を展開し、外交で世論を煽ったトランプと、バイデンはこの点でも対照的になるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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