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アメリカが直面する矛盾――中国に依存しないコロナ対策は成立しない

六辻彰二国際政治学者
N95マスクを着用したニューヨークの看護師(2020.4.2)(写真:ロイター/アフロ)
  • 医療用マスクは世界で不足しており、各国が争奪戦を繰り広げる戦略物資となっている
  • その中心には感染者、死者ともに世界最多のアメリカがいるが、同時にアメリカは中国製マスクぬきに医療を支えられない
  • 一方、「コロナの発生源」をめぐってアメリカと対立する中国からみて、アメリカは最上級の顧客でもある

 「コロナの発生源」をめぐるプロレス場外乱闘の裏でアメリカと中国の利害は一致している。中国ぬきにアメリカのコロナ対策は成立しないし、アメリカは中国にとって一番の上客なのだ。

仁義なきマスク争奪戦

 各国は段階的に緊急事態宣言を緩和し、日本でもマスクが値崩れして店頭に現れ始めているが、どの国でも重症患者の治療は続いている。そのなかで不足が目立つのが医療物資、とりわけ医療用マスクだ。

 医療用マスクがいわば戦略物資となった結果、世界では争奪戦が激化している。マスク争奪戦の中心にいるのは、感染者数、死者数ともに世界一のアメリカだ

 トランプ大統領は朝鮮戦争時代の「国防生産法」をもちだし、相手がたとえ同盟国であっても医療用物資の輸出を禁止している。

 一方、アメリカ最大手の3Mは医療用マスクをカナダなどにも輸出しており、これにトランプ氏は「報いを受ける」とツイート。実際、カナダのオンタリオ州に向けて輸出されるはずだった300万枚のマスクが米当局に差し押さえられるなどの事例も報告されている。

 なりふり構わないマスク調達は、アメリカ国内にとどまらない。

 4月上旬、パリを含むイル・ド・フランス地域圏の知事はアメリカ人バイヤーが2倍、3倍の値段でマスクを買い占めていくと不満を述べた。また、ドイツに向けて輸出されていたアメリカ製マスクがタイのバンコクで差し押さえられ、発注主だったベルリン州は「海賊行為」と非難している。

中国製マスクに支えられるアメリカの医療現場

 しかし、それでもアメリカのマスク需要には追いついていない。その結果、重要性を増しているのが、中国からのマスク輸入だ。

 例えば、カリフォルニア州の場合、気密性が高く感染症対策の現場で需要の高いマスクN95を3億枚、サージカルマスクを1億枚、中国企業BYDから調達する契約を結んでいる。その総額は約9億9000万ドルにのぼる。

 この契約に関して、対中不信が高まるアメリカでは「なぜアメリカ企業に発注しないのか」という批判もある。しかし、コトは至極単純で、アメリカ企業だけではもはや追いつかないのだ。実際、3MのCEOは4月上旬、ウォールストリートジャーナルのインタビューに「需要は我々の生産能力を超えている」と述べている。

 N95に関していえば、もともと世界の生産量のおよそ半分は中国製だった。

 コロナ感染が拡大した後、中国ではマスク生産に乗り出す企業が続出しているため、世界市場に占める中国の割合はさらに増えているとみられる。例えば、カリフォルニア州と契約しているBYDは本来自動車メーカーだが、今年2月からマスク生産に乗り出し、いまや世界屈指の生産量を誇る。

 つまり、中国製マスクなしにアメリカの医療現場はもたないのである。

プロレス場外乱闘としての米中対立

 こうした状況はトランプ大統領にとって具合の悪いものだろう。

 コロナ蔓延の以前から、トランプ大統領は中国の不公正な貿易慣行を批判し、貿易戦争に突っ込んでいた。さらにコロナ蔓延後は、初期対応への遅れを批判されるなか、「中国の情報公開の遅れ」を批判し、武漢の研究所で新型コロナウィルスが作られた可能性を示唆するなど、中国批判に余念がない。

 しかし、こうした人目を引く対立を演じながらも、アメリカはマスクだけでなく必要な医療物資の調達で中国に依存している。カナダへのN95輸出をトランプ大統領から「非国民」といわんばかりに批判された3Mは4月6日、輸出を続ける一方で中国から3カ月で1億6600万個の防護マスクを輸入すると発表した。これはアメリカ政府との取り引きといえる。

 つまり、アメリカは実態として中国への依存を深めており、トランプ大統領が執拗に中国を批判し続けるのは、それを覆い隠す煙幕ともいえる。

中国のマスク外交

 一方の中国政府も「アメリカ軍がウィルスをばらまいた可能性」を主張するなど対決姿勢を崩さないが、これもプロレス場外乱闘という意味では同じだ。中国からみればアメリカは最上級の顧客とさえいえる

 中国政府は国内のマスクメーカーに対して規制を強めている。中国自身の感染拡大が続いていた3月には、アメリカやヨーロッパで操業する中国メーカーが現地の政府や自治体との契約を一方的にキャンセルしてまで、中国政府にマスクを納入する事態が相次いだ。

 その一方で、中国政府は友好国にマスクを無償提供することを、外交的な手段としても用いている。

 これらに鑑みれば、中国企業がアメリカに大量のマスクを輸出すること自体、中国政府の了解がなければあり得ない。だとすれば、中国もまた場外乱闘は場外乱闘として演じながらも、アメリカと本気で衝突する気はないとみた方がよい。むしろ、マスクを通じてアメリカが中国依存を深めることは、中国政府にとって望ましいものといえる。

脱グローバル化の狭間

 コロナ蔓延で世界恐慌以来の景気後退に見舞われた世界は、貿易、投資、インバウンドなどで中国に依存することの脆さを浮き彫りにした。コロナはいわば、トランプ大統領の登場で進んでいたグローバル化の逆流をさらに加速させたといえる。

 戦略物資となったマスクに関しても、国内生産を進める動きも各国でみられる。

 とはいえ、コロナ後の経済復興で貿易など海外との取り引きは欠かせないばかりか、必要な物資の全てを国内で調達することは、少なくとも短期的にはほぼ不可能でもある。

 コロナ後の世界で長期的にグローバル化がどこまで逆流するかは、現段階では不明だ。しかし、少なくとも当面の世界は、中国依存の危うさとともに中国とのつき合いなしに成り立たない矛盾と向き合わなければならないことを、アメリカの医療現場は物語っているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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