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コロナ対策に協力するテロリスト――「昨日の敵は今日の友」なのか

六辻彰二国際政治学者
アフガニスタンのタリバン兵(2015.4.15)(写真:ロイター/アフロ)
  • アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンは手洗いやソーシャルディスタンスの徹底といったコロナ対策を住民に呼びかけ始めた
  • さらに、タリバンは簡易検査キットを用いて、感染が疑われる者の隔離なども進めている
  • タリバンがコロナ対策で存在感を示すほど、アフガニスタン政府の無策ぶりが際立つことになり、これはコロナ終息後の対テロ戦争の行方をも左右しかねない

 コロナが蔓延するなか、テロ組織のなかには政府や国際機関によるコロナ対策に協力するものも現れている。そこには危機をテコに勢力を広げる戦略がうかがえる。

タリバンのコロナ対策

 アフガニスタンでは4月初旬から、反政府武装組織タリバンが住民に手洗いやマスク着用、濃厚接触の回避などを呼びかけるキャンペーンを開始。礼拝所に集まった人々が、自動小銃を背負い、防護服を着たタリバン兵に呼び止められ、集まらずに自宅で礼拝するよう促されることも増えている

 こればかりではない。

 アフガニスタンの約40%を実効支配するタリバンは、これまで国際機関やNGOが支配地域に入ることすら規制し、しばしば襲撃の対象にしていた。しかし、3月中旬にこの規制は解除され、タリバン支配地域にも医療支援が届くようになった。

 そのうえ、入手経路は不明だが、タリバンの医療班は簡易検査キットも備えているといわれる。

アフガニスタン政府の弱み

 こうしたタリバンの活動について、アフガニスタン保健省はアルジャズィーラの取材に「誰であれ、コロナウイルスとの戦いに協力してもらえるのはありがたい」と応じている。

 ただし、タリバンがコロナ対策に協力すればするほど、アフガニスタン政府にとっては一つの脅威になる。それがアフガニスタン政府に対する不信感の受け皿になるからだ

 WHOによると、4月12日段階でアフガニスタンのコロナ感染者数は555人、死者は18人と、決して多くない。アフガニスタン政府はコロナを抑えられているとしばしば強調している。

 しかし、長く戦闘が続くこの国では医療体制が貧弱で、検査も十分ではない。そのため、少し前の日本と同じように、「検査の少なさが公式の感染者数の少なさになっているのでは」という疑問が沸き起こっても不思議ではない。

 これを指摘したトルコメディアに対して、アフガニスタン保健省の責任者は明確に否定せず、さらに政府の対応に市民が不信感を募らせていることも認めている。

感染地域からの流入

 人々の不安に拍車をかけているのは、コロナ感染が広がる地域からの人の流入だ。

 アフガニスタンからは数多くの難民が北隣のイランに逃れているが、イランがコロナ蔓延でロックダウンするなか、職を失って故郷に戻る人々が増えている。イランの感染者数は7万人以上で、死者は4300人を超えている。

 さらに、先月末からは東隣のパキスタンからも5万人以上が帰国した。パキスタンでも5000人以上が感染しており、コロナ感染が拡大し始めた先月、国境を閉鎖していたが、パキスタン政府は4月7日、これを一時的に開放したため、アフガニスタンへの人の流入が加速したのだ。

 これに関してアフガニスタン政府はパキスタンが「正式の手続きも必要な検査もなしに人の流れを生んだ」と主張しているが、パキスタン政府は「アフガニスタン政府の要望を受けて対応したまで」と反論している。

 いずれにしろ、この混乱もアフガニスタンで感染拡大への懸念や政府の発表への不信感を強めさせる一因となったことは間違いない。

イスラーム過激派はなぜ台頭したか

 このようにアフガニスタン政府の無力があらわになるなか、タリバンによるコロナ対策への協力は、住民に「政府より頼れるかもしれない」と思わせる効果がある

 タリバンに限らずイスラーム過激派は基本的に、格差の拡大や治安の悪化などを改善できない政府の無策と、これに対する不満によって勢力を広げてきた。

 タリバンの場合、農民に大麻を栽培させ、麻薬の密輸を資金源にしている。それは海外からみればただの組織犯罪だが、大麻を栽培しなければ生活できない農民からすれば、貧困を放置する政府より「仕事をくれる」タリバンの方が頼りになる。

 イランから大挙して難民が帰国する状況にアフガニスタン政府はこれといった対策を講じていないが、タリバンは感染が疑われる者の隔離などを行なっている。

 コロナへの不安が政府への不信感を広げるなか、タリバンがコロナ対策で存在感を示すことは、アフガニスタン政府にとって不安材料になるといえる。

アメリカとの和平合意の行方

 これに加えて、アフガニスタン政府の不安は、アメリカとタリバンが2月に交わした和平合意によって拍車がかかっているとみられる。

 早く撤退したいアメリカはアフガニスタン政府の頭越しにタリバンと交渉し、捕虜の交換などをいわば勝手に合意した。これに対して、アメリカ以上にタリバンへの不信感が強いアフガニスタン政府は反発し、タリバン兵の釈放などを渋ってきた。

 とはいえ、最大のスポンサーであるアメリカとタリバンの利害が一致するなかで、アフガニスタン政府はいつまでも渋っていられない。

 この状況でタリバンがコロナ対策で協力することは、アフガニスタン政府にタリバンとの対話に向かわせる糸口にもなる。それはこれまで抵抗してきたアフガニスタン政府にとって、主導権を握られかねないものだが、協力を断ることもできない。

 世界を見渡せば、コロナ対策で後手にまわった政治家は評価を下げてきた。逆に、危機において手腕を発揮する者に民心がなびくのは世の常だ。タリバンの戦略が当たるか否かは、アフガニスタン和平、さらには対テロ戦争の行方をも左右するといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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