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米アフガニスタン和平合意――「最初の敗北」ベトナム戦争との類似性

六辻彰二国際政治学者
米特別代表ハリルザド氏とタリバン政治部門責任者バラダル氏(2020.2.29)(写真:ロイター/アフロ)
  • アメリカがアフガニスタンからの撤退に合意したことをタリバンは「勝利」と呼ぶ
  • アメリカはこの合意でアフガニスタンがアメリカに敵対的な勢力の根城にならないことを最優先にしている
  • しかし、その結果、アメリカを標的にしないタリバンが再び全土を掌握することも黙認する内容になっている

 アメリカがタリバンと和平合意を結び、アフガニスタンからの撤退を決定したことは、事実上タリバンの勝利を意味する。それだけでなく、今回の和平合意はタリバンがアフガニスタン全土を再び制圧するきっかけになるとみられる。

「勝利」を叫ぶタリバン

 世界が新型コロナに震撼するなか、2月29日にアメリカはアフガニスタンのイスラーム組織タリバンと和平合意に調印。アメリカ軍の撤退などに合意した。

 3000人以上の死者を出した2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を受け、同年11月に始まったアフガニスタン戦争は20年近くに及ぶ。その間、アメリカは1兆ドル以上の経費と2300人以上のアメリカ兵の生命というコストを払った。

 しかし、当時アフガニスタンの政権を握っていたタリバンを首都カブールから追い出し、2011年にはアルカイダ指導者オサマ・ビン・ラディンを殺害するなどの「戦果」をあげたものの、アメリカは結局、アフガニスタンからタリバンやアルカイダを一掃することはできなかった

 したがって、アメリカが当初の目標を達成できないまま撤退するという今回の合意を受け、タリバンから「勝利」という声があがったことは不思議ではない。これに対して、アメリカのポンペオ国務長官は「アフガニスタン人が平和と繁栄のもとで生きられるようになって初めて勝利といえる」と述べるに留まっている。

何が合意されたか

 それでは、タリバンが「勝利」と呼ぶ合意とはどんなものか。

 今回の和平合意の主な項目は、

1.アメリカとその同盟国の撤退(135日以内)

2.国家再建に向けたアフガニスタン内部の協議と対話

3.タリバン兵士や政治犯の解放

4.タリバンに対する国連制裁の解除に向けたアメリカの取り組み

5.タリバンがアルカイダなどアメリカを脅かす組織に協力せず、こうした組織にアフガニスタン退去を明確に求めること

6.避難民保護に向けたタリバンの協力

7.アフガニスタン再建のためのアメリカの資金協力

 これらのうち、アメリカにとって最大の眼目は、恐らく1.「アメリカの撤退」と5.「アフガニスタンからアルカイダなどを排除すること」だろう。

 タリバンは元来、アフガニスタンにイスラーム国家を建設することを目指しているが、外に勢力を広げることは基本的に企図していない

 つまり、タリバンがアルカイダやイスラーム国(IS)といったイスラーム過激派を擁護しないなら、アメリカが撤退してもアフガニスタンが脅威にならない、という判断があるとみられる。

 タリバンはアフガニスタンに入ってきたISとしばしば交戦している他、9.11への関与をはじめアルカイダとの関係を否定している

タリバンに有利な内容

 ただし、その一方で、今回の合意はタリバンにとって有利なものといえる。

 タリバンが実際にはアルカイダと気脈を通じているという報告は少なくない。そのため、実際にアルカイダがどの程度アフガニスタンでの活動を制限されるかは不明だ。

 これに加えて、2.「アフガニスタン内部の協議と対話」では、アメリカの撤退と並行して、アフガニスタン人自身が国家再建の主役になることが謳われているが、こちらも実現の可能性に疑念がある。

 これまでタリバンはアフガニスタン政府を「アメリカの操り人形」と呼び、対話を拒否してきた。一方、アフガニスタン政府も民主主義や自由などの理念を否定するタリバンとの協議を拒否し、アメリカがタリバンと協議することを批判してきた。この両者が対話に臨んでも、なんらかの合意にたどり着けるかは疑問だ。

 ただし、それでもタリバンにとっては、協議に臨むことそのものに得るものがある。アメリカとの和平合意では、3月10日までに行われるアフガニスタン政府とタリバンの協議の初日に、拘束されている5000人のタリバン兵士が釈放されることになっているからだ。

 つまり、たとえアフガニスタン政府との協議が物別れに終わっても、それはアメリカの責任ではないし、タリバンは兵力を補充できる。

 そのため、アフガニスタン政府のガー二大統領が2日、タリバン兵士の解放に反対する声明を出したことは不思議ではない。

国内決戦の火蓋は切られるか

 タリバンとの和平協議は、「アメリカ第一」を強調するトランプ政権になって始まったものではなく、オバマ政権時代から段階的に進められてきた。それに今年の大統領選を控えたトランプ大統領の意向が加わったことで、アフガニスタン撤退は合意された。

 先述のように、アメリカは膨大なコストを払ってきたが、ゴールは全くみえない。400人以上の軍人や外交官、援助関係者などにインタビューしてアメリカ政府が極秘に作成した「アフガニスタン・ペーパーズ」からは、当事者たちの絶望感が浮き彫りになっている。

 そのうえ、アメリカ世論ももはや味方ではない。ギャロップの世論調査によると、「アフガニスタンに兵力を派遣したのは間違いだった」と考えるアメリカ人は2002には6%に過ぎなかったが、その後徐々に増え、2016年には49%にのぼって「そう思わない」を逆転した。

 筆者は常日頃トランプ大統領に批判的だが、この状況からすれば「テロリストとは交渉しない」という公式論に固執しないこと自体は、むしろ現実的といえるだろう。

 ただし、拙速にタリバンに有利な条件で和平合意を結ぶことは、アフガニスタン政府を見捨てることでもある。利用した現地勢力をアメリカが見捨てることは珍しくないとしても、今回の合意によってアフガニスタンに和平が訪れるとは想定できない。

 むしろ、先述のアフガニスタン政府とタリバンの相互不信を考えれば、アメリカ撤退がアフガニスタンの国内決戦の火蓋を切る公算は高い。

ベトナム戦争との類似性

 それは「アメリカ初の敗北」ベトナム戦争にも共通する。

 アメリカは1973年、当時の北ベトナムの共産主義政権だけでなく、それまで支援していた南ベトナム政府なども交えてパリ協定を結び、「名誉ある撤退」を演出した。そこでもポイントはアメリカの撤退と現地勢力による国家再建にあり、この点ではアフガニスタンと変わらなかった。

 しかし、実際には、アメリカの撤退後、パリ協定で約束された南北ベトナムの間の平和的な協議は有名無実になり、1975年に北ベトナムが南ベトナムのサイゴンを陥落させ、ベトナム戦争は終結した。

 これに照らせば、「アメリカの介入がない」という安心感は、タリバンの活動をこれまで以上に活発にさせるとしても不思議ではない。それはアフガニスタン全土が再びタリバンの手中に収まる可能性すら含んでいるが、そうなったとしてもアメリカはもはや動かないだろう。

 それは「外国支配からの独立」を達成するものではある。ただし、アフガニスタンの発展に結びつくかは別問題だ。

 アフガニスタンが「アメリカを追い払った」点はともかく、「国家として発展する」点でベトナムに続けなかった場合、もともとアメリカにとって勝利とは程遠い今回の撤退は、さらに「名誉ある撤退」からかけ離れたものになるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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