カジノ問題を根っこから問い直す――IRは本当に経済効果があるのか
- 政府はこれまでカジノ設立による経済効果を強調し、約2兆円の市場を見込んできた
- しかし、海外の事例からは、効果が長続きしにくい、雇用創出の効果も限定的、地域の産業に悪影響が及びやすいなどの弊害が報告されている
- さらに、よくいわれるギャンブル依存症だけでなく、治安悪化、離婚や育児放棄、交通渋滞など社会的なコストの増加を差し引けば、その経済効果はさらに限定的になる
カジノ設立への逆風がこれまでになく強まっているが、この問題の根本には一時的・限定的な経済効果のためにその他の問題を見て見ぬふりする政府の方針がある。
カジノに経済効果はある?
参入を目指していた中国企業から秋元司衆院議員がワイロを受け取ったとして逮捕されたことで、カジノを含む統合型リゾート(IR)設立に対する批判はこれまでになく高まっている。
贈収賄という闇を解明することはもちろん重要だが、これを機にそもそもIRが必要かについても改めて考える必要があるだろう。
政府・官邸はこれまで、カジノの経済効果を強調してきた。例えば、安倍首相に近い岩屋元防衛相は10月、IRがGDPを1%引き上げることを期待すると力説した。
それでは、実際にカジノには経済効果が期待できるのか。
例えば、アメリカではラスベガスが有名だが、アメリカ・ゲーミング協会によると、それを含めて全土にカジノは979カ所あり、総収益は731億ドルにのぼる。また、世界最古のカジノの一つマカオではカジノによる収益が年間450億ドル、2010年にカジノを解禁したシンガポールでも41億ドル以上にのぼる。
日本の場合、IRの建設による市場規模は180億ドル(約2兆円)になると見込まれ、アメリカ、マカオに次ぐ水準が期待されている。
効果が長続きしにくい
ただし、こうした数字を額面通りに受け止めるべきではないだろう。
観光振興、地域振興の手段としてカジノを導入しているアメリカなどではカジノの影響に関する調査・研究が進んでいる。その多くはカジノ建設にある程度の経済効果を認めながらも、過大評価するべきでないと釘を刺している。
例えば、「ギャンブルの政治」という著書もあるセントメリー大学のパトリック・ピアース教授はアメリカメディアのインタビューに対して、「カジノの経済効果の多くは建設中のところにある」と断言している。つまり、建設ラッシュなど一時的な効果になりやすいというのだ。
言い換えると、ラスベガスのように他所でみられないショーなど集客を見込める他のコンテンツがあれば話は別だが、地域経済が疲弊しているところにカジノを建設しても、その効果は長続きしないという。そのため、閉鎖に追い込まれるカジノも少なくない。
それなりの規模の都市でなければカジノが成功しないとすれば、日本で横浜や大阪が有力候補になっているのは不思議ではない。
ただし、大都市に建設したとしても、思ったほど集客が伸びないこともある。例えば、世界有数の観光地に近いカリフォルニア州ハリウッドで1996年にオープンしたハリウッド・パーク・カジノは当初、年間1000万ドルを市に納税すると見込んでいたが、現在では1800万ドルの負債を抱えており、市当局の財政を圧迫している。
地域経済に貢献するか
次に、地域経済への影響についてみてみよう。IR設立には、観光客の増加によるホテル、レストラン、その他のアミューズメント施設などへの波及効果も期待されている。
しかし、たとえカジノが成功しても、それが地域経済にどの程度プラスの効果をもたらすかは疑問だ。カジノに集まる客が地域でお金を落とすとは限らないからである。
例えば、ナイアガラのカジノを調査したカナダ国立中毒・精神疾患センターのロビン・ルーム博士らは、カジノを訪れた観光客がその他でほとんど消費しないことを明らかにした。同じように、ニュージャージー州アトランティックシティでは、カジノ開業の後、レストランの3分の1が廃業している。
つまり、カジノ目当ての観光客が増えたとしても、その恩恵が地域に波及するとは限らないのだ。
雇用創出も長続きしにくい
地域への影響として、雇用創出についてもみておこう。
カジノでは高度な技術を持つディーラーなどだけでなく、非熟練労働者も多く雇用される。そのため、カジノ推進派はこの面でも地域経済へのポジティブな効果を強調する。
ところが、雇用創出の効果に疑問を呈する調査結果もある。
ノースダコタ州立大学のシウ・リン准教授は全米での10年以上の調査結果を発表している。それによると、全米でカジノを設けた土地では、2003〜2012年の間に雇用が0.71%増加したものの、その後は0.67%に下落した。
つまり、雇用創出の効果も一時的なものになりやすいというのだ。成功するカジノが必ずしも多くないことからすると、これは不思議ではない。
軽視されやすい社会的コスト
これに加えて無視できないのは、社会全体が背負うコストだ。
日本のカジノ構想はプラスの経済効果(それも持続性があるか疑わしいが)ばかり強調し、それが社会に及ぼす悪影響、いわゆる外部不経済を軽視する傾向がある。
しかし、すでにカジノが設置された土地では、よく言われるギャンブル依存の増加以外にも、社会へのさまざまな悪影響が指摘されている。以下、主なものを列挙してみよう。
・バーモント大学のパトリシア・ストコフスキー教授らは、コロラド州やサウスダコタ州での調査から、カジノが設置された町で犯罪発生率が高くなったことを発見した。
・セントラル・ミシガン大学のパトリシア・ジェーンズ教授らによると、カジノが設置された地域では、育児放棄(ネグレクト)や離婚、DVといった家庭内の問題が増えた。
・セントラル・カリフォルニア大学のエイブラハム・ピザム教授らのマサチューセッツでの調査では、住民の大半がカジノによって生活がよくなったと思わないと回答した。
・京畿大学のコウドンワン教授らは、韓国のチェジュではカジノ設立によって交通渋滞、大気汚染、ゴミの増加などで環境や美観が損なわれたと告発した。
こうした調査・研究は枚挙に暇がない。
一般的に経済政策を実施する場合、それがもたらす社会への悪影響と、それに対応するためのコストを比較考量することが欠かせない。よほど公益性の高い事業ならともかく、特定の業界が利益をあげるための負担を社会全体が負うのは、健全な経済政策とはいえない。
大きすぎるカケに向かわせるもの
こうしたリスクに鑑みれば、IR建設の候補地で消極的な意見が珍しくないのは不思議ではない。最有力候補ともいわれる横浜では、住民の65%が建設反対だ。
それでも、秋元議員の逮捕後の記者会見で、IR建設の旗ふり役になってきた(横浜が選挙区の)菅官房長官は「着実に進めたい」と述べるなど、強気の姿勢を崩さない。その背景には、金融、建設などの業界がカジノ建設に期待を示してることだけでなく、アメリカの要請がある。
安倍首相がアメリカを訪問した2017年2月、トランプ大統領はカジノ経営大手ラスベガス・サンズにライセンスを与えることを「真剣に考える」ように求めたといわれる。また、この時にトランプ大統領は、ラスベガス・サンズのライバルでやはり世界屈指のカジノ企業ウィン・リゾーツについても言及したと報じられた(菅官房長官は記者会見でこれを強く否定した)
ラスベガス・サンズもウィン・リゾーツも、どちらも共和党の大口支援者だ。トランプ氏による売り込みだけでなく、各社は日本にまできてロビー活動に余念がない。
こうしたアメリカの要求は、政府を「カジノありき」に向かわせる一因といえるだろう。そこに国民、住民への視点がどれだけあるかは疑問だ。
もし、カジノに経済効果があり、それが外部不経済を上回るというなら、カジノがもたらしかねない社会的影響を含めて、政府はそれらを示すべきだろう。運任せでただ闇雲に突き進むギャンブルとしては、カケが大きすぎるのだから。