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ラグビーにはびこるフーリガン――なぜ「紳士のスポーツ」が暴力を招くか

六辻彰二国際政治学者
(写真:アフロ)
  • レフェリーの判定をめぐる暴力事件などを引き起こす過激なファン、フーリガンはサッカーだけでなくラグビーでも増殖している
  • その背景には「社会的に自分の存在を誇示したい若者」が増え、しかもその一部がサッカーから締め出されてきたことがある
  • 「紳士のスポーツ」ラグビーの健全な発展のためには、紳士であることなど気にもしない人間をどう扱うかが新たな課題となる

 サモアも撃破して3連勝した日本チームの快進撃もあって、日本で初めて開催されたラグビーW杯への関心は高い。その影で、日本ではラグビーの暗い側面に触れられることはあまりない。

ラグビー・フーリガンの増殖

 ラグビーの本場ヨーロッパでは近年、フィールドに花火などを投げ込む、フィールドに乱入する、相手チームのファンと乱闘を演じる、相手チームの選手やレフェリーに差別的なアピールをするといった過激なファン、フーリガンが問題視されている

 最近では、8月3日に開催されたカタラン・ドラゴンズ(フランス)とウォリントン・ウルブズ(イングランド)の試合で、レフェリーの判定をめぐって両チームの選手が入り乱れての大乱闘が発生。この際、カタランのファンの一部が柵を乗り越え、ウォリントンの観客席に押し寄せて、観客同士の間でも乱闘に発展した。

 この事件に関して、イングランドを代表するラグビー選手の一人だったデイビッド・ランゴ氏は「私はこの数年、こういったことが我々のスポーツに浸透してきたと言ってきた…我々は…これに取り組まなければならない」と嘆いた。

 この感慨はランゴ氏一人のものではない。

 ラグビー・フーリガンの問題行動はスタジアムだけでなく、鉄道など公共の場でも目立つ。イギリス鉄道警察のアンドリュー・モーガン警視はメディアのインタビューに対して、「サッカーのファンはバリケードを押すだろうが、それでもこっちの言うことを聞く。ラグビーのファンはそうではない…彼らは悪夢になる」。

サッカーとラグビー 似て非なるもの

 フーリガンが目立つことは、往年のラグビーファンにとってはまさに悪夢だろう。これまでフーリガンはサッカーに目立っていたが、ラグビーはサッカーより「品のいいスポーツ」とみられてきたからだ。

 サッカーとラグビーはどちらもイギリスで生まれた集団球技で、似た部分も多い。しかし、両者は社会的には全く異なる。

 いまやイギリスの国民的スポーツであるサッカーはもともと「大衆のスポーツ」として発展し、これと対照的にラグビーは「紳士のスポーツ」であることを誇りとしてきた。

 今の多くの日本人にはピンときにくいかもしれないが、ここでいう大衆や紳士とは階級を意味する。

 サッカーは19世紀のイギリスで低所得の労働者階級の間で広まったため、早くから賭けの対象となり、金銭が絡みやすいことでプロ化も早かった。ビッグビジネスとなったサッカーでは、選手だけでなく観客の間でも勝ち負けに執着する風潮が強まり、判定をめぐるトラブルも増加。その結果、イギリスでは1989年のサッカー観客法(Football Spectators Act)で悪質な観客の個人情報登録とスタジアム観戦の規制が定められるなど、フーリガンに対する法的措置も強化されてきたのだ。

 これに対して、ラグビーはやはり19世紀のイギリスで、名門パブリック・スクール(中産階級以上の子弟が通う全寮制学校)の一つラグビー校で生まれたことに、その名の由来がある。その出自通り、ラグビーはそれなりの社会的立場のある人々が、教育の一環として愛好してきた。最近でこそプロ化が進んできたが、アマチュアリズムの時代が長く、試合終了の合図が敵味方なく健闘をたたえ合う意味の「ノーサイド」と呼ばれたことが、これを象徴する。

 この違いを反映して、サッカーと比べてラグビーではフーリガンが生まれにくかった。実際、2010年に南アフリカで行われた調査によると、「レフェリーに暴力をふるうことは絶対に認められない」と回答したラグビーファンの割合(約84%)はサッカーファン(約62%)を上回っている

フーリガン現象の伝播

 それにもかかわらず、「紳士のスポーツ」たるラグビーでもフーリガンが目立つようになったのはなぜか。

 サッカーに関していうと、フーリガン現象には一般的に観戦中の飲酒の影響(現在ではサッカー観戦中の飲酒は制限されている)や不公平な(あるいはそのようにみえる)ジャッジのほか、経済的な事情も指摘されている。

 例えば、イングランドでは失業率が高い北部ほどフーリガンによる暴力事件が多い。ここからは、フーリガンは日常の憂さをスタジアムで晴らしていることがうかがえる。

 ただし、フーリガン全員が日々の生活に困っているわけではない。スタジアムに行く程度のお金はあるし、個人差はあるがフーリガンのなかには恐喝や詐欺などの犯罪に手を染めて、逆に羽振りがいい者もいる。

 こうした状況は、フーリガン現象が生まれた頃と基本的に同じだ。

 フーリガンと呼ばれる不良少年の集団(今の日本でいえば半グレか)が登場したのは19世紀末のイギリスだった。当時、都市化が進むロンドンには、ちょっとした仕事や時には犯罪で日銭を稼ぎながらも、家庭や学校、安定した職に吸収されない若者は履いて捨てるほどいた。

 フーリガンはそれなりにお金をもちながらも、経営者に使い捨てにされる若者たちだった。歴史学者の井野瀬久美恵氏によれば、そうした若者はミュージック・ホールやフットボール・スタジアムに集まり、社会を見返すように違法行為を働くことで、自分たちの居場所を求めたという(『子どもたちの大英帝国 世紀末、フーリガン登場』、中央公論社)。

 だとすると、それがサッカーだけでなくラグビーにも波及してきたことは、社会的に何者になる希望ももてず、自分の存在を誇示する機会に飢えた若者がそれだけ増えていることを示唆する

 その一方で、昔からフーリガンが多かったサッカーでは、対策が強化されてきた。フーリガンだけでなく、選手の言動にも厳しいチェックが入る。サッカーの歴史に詳しいイギリスの小説家ギャビン・モーティマー氏によると、「いまや(ラグビー選手ではなく)サッカー選手の方が紳士としてふるまうことを知っている」。

 サッカースタジアムがフーリガンにとって居心地のいい場所でなくなりつつある今、「紳士のスポーツ」、ファミリースポーツとして規制の緩いラグビーは、フーリガンの標的になったとみられるのである。

「紳士協定」が通じない時代

 これと比べて、日本で開催されているラグビーW杯では、少なくともこれまでのところファンによる大きな混乱は起こっていない。それは、日本までこれるくらいの社会的地位と経済的余裕のあるファンには無闇に暴力的な行動にでるフーリガンが少ないからだけでなく、日本チームの出場する試合で不可解なジャッジがなかったこと、そして何より日本の観客が全体的に行儀がいいからといえるだろう。いわば日本のファンは、世界基準でみたとき、古き良きラグビーファンなのかもしれない。

 ただし、この状況が継続できるかは分からない。

 かつて紳士は名誉を重んじ、厳しいルールを課されなくとも、身を律することを知っていた。違反しても何ら制裁のない取り決めのことを紳士協定と呼ぶのは、そのためだ。ヨーロッパのサッカーで規制の対象となっているスタジアムでの飲酒がラグビーで認められているのは、「紳士のスポーツ」の名残りでもある

 しかし、いまや厳罰がなくても自らを律するといった美風は世界的に廃れている。電車の列に平気で割り込む高齢者や道いっぱいに我が物顔で広がって歩く若者をみるまでもなく、日本もその例外ではない。

 さすがにというべきか、日本ではサッカーでも、レフェリーへの脅迫などはこれまでないようだ。しかし、それでもすでにヨーロッパの風は吹き込んでおり、一部サポーターによるフィールドへの物の投げ込み、観客同士の乱闘、さらに差別的なアピールなどを受け、厳罰化に向かわざるを得なくなっている(その風はなぜか埼玉あたりで目立つ)。

 良くも悪くも欧米の風潮に左右されやすいこの国で、今回のW杯をきっかけに今後ラグビー人気がこれまで以上に高まれば、サッカーと同様の事態も想定される。その場合、ただ目立ちたいだけ、あるいはただ自分のチームのことしか考えない無法者の対処が、関係者にとって今後の新たな課題となるだろう。「紳士のスポーツ」も、紳士協定など通用しない寂しい風潮とは無縁でいられないのである。

【追記】

ラグビーには大きく分けてラグビーユニオンとラグビーリーグがあり、今回のW杯はラグビーユニオンのルールに基づくもので、一方で記事中で取り上げた事例や動画には、ラグビーリーグの試合も含まれています。両者はルール体系もスタイルも異なり、混同しているというご指摘をいただきました。また、フーリガンが目立つのは主にラグビーリーグというご指摘もいただきました。

これに関して、もちろん両者は別のものですが、おおもとの発祥、サッカーと対比した場合の類似性、そして程度の差はあれ、社会的な背景から暴力的な行為が目立つようになっているという論旨においてほぼ共通すると判断したため、本稿のような記述になりました。

説明不足からご迷惑やご不快の念を与えてしまったことにお詫び申し上げます。上記のような趣旨でご理解いただけますようお願い申し上げます。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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