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トランプはクビになるか――米下院弾劾の焦点「ウクライナ疑惑」とは

六辻彰二国際政治学者
一般教書演説に臨むトランプ大統領とペロシ下院議長(2019.2.7)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • アメリカ議会下院のペロシ議長はトランプ大統領に対する弾劾調査を正式に開始すると発表した
  • そこでの焦点は、トランプ氏が来年の大統領選挙のために、大統領としての権限を利用してウクライナ政府に圧力をかけたか、にある
  • これに加えて、権力の恣意的な利用に関する内部告発を握りつぶそうとした疑惑も浮上している

 これまでアメリカでクビになった大統領はいない。ニクソン大統領は弾劾の手続きが完了する前に辞任したし、ジョンソン大統領やクリントン大統領の場合は下院の弾劾が成立しても、上院で却下された。トランプ氏はアメリカ大統領として史上初の「クビになった大統領」になるのだろうか。

ペロシ下院議長の告発

 ナンシー・ペロシ下院議長は9月24日、トランプ大統領に対する正式な弾劾調査を開始すると発表した。これを受け、下院司法委員会のプラミラ・ジャヤパル議員は「全速力で進める」と決意を述べている。

 アメリカの大統領制は権力を集中させることではなく、権力を分散させることに主眼がある。弾劾は議会が大統領を罷免する手続きで、三権分立にとって重要な一つの制度でもある。

 そこには二段階あり、まず定員435人の下院の過半数の支持で、大統領の訴追が可能になる。今回の弾劾調査はそのために下院司法委員会が調査を正式に始めるというものだ。

 現在、トランプ政権と対立する民主党は下院の過半数235議席を占めており、下院が弾劾条項を可決することは、ほぼ確実とみられる。

 次に、下院を通過した弾劾条項を踏まえて、議会上院が弾劾裁判を行うことになる。定員100人の上院の3分の2以上の賛成で、大統領は解職される。

 ただし、トランプ政権を支持する共和党は上院で53議席を占めており、ここから20人程度が離反しなければ下院の弾劾条項は却下される。そのため、トランプ氏が解職される見込みは、かなり低い。

転機となった「ウクライナ疑惑」

 民主党内には、これまでにも「トランプ大統領が権力を乱用している」として弾劾を模索する動きがあった。しかし、選挙目当てとみられることはかえって不利になるという判断が働いただけでなく、解職が実現する可能性の低さもあり、これまでペロシ議長も弾劾には消極的だった。

 その姿勢を転換させた転機は、トランプ政権に持ち上がった新たな疑惑「ウクライナ疑惑」だった。

 トランプ氏が来年の大統領選挙を有利に戦うため、有力対抗馬とみられる民主党のジョー・バイデン氏の家族の汚職に関する疑惑を追及するよう、ウクライナ政府に圧力をかけたというのだ

 話を先に進める前に、ことの発端となったバイデン氏をめぐる疑惑について、説明を補足しておこう。

 ウクライナでは2014年、親欧米派の市民の抗議活動で、親ロシア派のヴィクトール・ヤヌコーヴィッチ大統領(当時)が失脚。親欧米派のペトロ・ポロシェンコ大統領(当時)が就任した。この政変はウクライナを「縄張り」とみなすロシアの介入を呼び、ロシアがクリミア半島を事実上併合するクリミア危機に発展した。

 この政変と前後して、オバマ政権で副大統領も務めたバイデン氏の長男ハンター・バイデン氏は、ウクライナ最大の天然ガス企業ブリスマの理事に就任。月収は約5万ドルだったといわれる。

 トランプ大統領はこれを取り上げ、「ウクライナ政府を軍事的に支援したオバマ政権のもとでバイデン親子が汚職にまみれていた」と主張してきた。トランプ氏によると、当時アメリカ政府のウクライナ問題の責任者であったバイデン氏がウクライナ検事総長の更迭を働きかけたことは、不正が暴かれるのを防ぐためだったという。

 一方、この問題に関してバイデン氏は「ウクライナでは検察こそが腐敗しており、その責任者の更迭が必要だった」と主張。さらに、現在のウクライナの検事総長は「ジョー・バイデン氏がウクライナの法を犯したという証拠はない」と発言している。

証拠の隠滅?

 バイデン氏をめぐる疑惑はやぶの中だが、一般論で言えば、アメリカ政府に限らず、援助する側の担当者の近親者が密接な関係のある国の重要ポストに就くことも、相手国の内政に関与することも、珍しくはない。そのため、バイデン氏がいうほど潔白かは定かでない。

 それはさておき、むしろ今回の弾劾との関係で重要なことは、トランプ氏がこの問題を来年の大統領選挙の道具にしようとしたとみられることだ。

 トランプ氏は7月25日、ウクライナの現職大統領ゼレンスキー氏との電話会談で、この問題の再調査を求め、それとともに約4億ドルの援助の削減を持ち出したという。

 これは情報機関からの内部告発で表面化した

 さらに、ペロシ下院議長によると、この内部告発を受け、連邦政府の活動を監督する監察官(IGIC)が調査を行い、緊急性があると判断していたものの、この監察官は下院でのヒアリングに対して、上司にあたるジョゼフ・マグワイア国家情報長官がこれに反対していると証言したという。

 国家機密を扱う国家情報長官は、大統領によって任命される。とすると、トランプ政権が選挙のために国家権力を乱用し、外国政府に圧力をかけ、しかも内部告発を政権ぐるみでもみ消そうとしているという疑いは濃くなる

 ペロシ下院議長は24日の会見で、トランプ氏が憲法に違反し、安全保障を損ねたと糾弾した。

初めて解職が成立する可能性

 弾劾の手続き開始を受け、トランプ大統領はこれを「魔女狩り」と批判。ウクライナ大統領との電話会談の内容を書き起こすことにも応じ、潔白を証明することにやっきだ。

 今後の焦点は、この公表された電話の内容の検証になってくる。先述のように、上院が共和党に握られている現状では、下院で成立するであろう弾劾が却下される公算が高いが、電話会談での会話が権力の乱用にあたるとみなされれば、共和党上院議員から造反者が出ないとも限らない。

 かつてバラエティー番組の司会者だった時代、「クビだ!」というのがトランプ氏のきめ台詞だった。「アメリカ史上で初めてクビになった大統領」となるかは、トランプ氏にとって北朝鮮やイランより頭の痛い問題といえるかもしれない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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