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首脳宣言なきG7サミット――「西側先進国」空中分解の歴史を紐解く

六辻彰二国際政治学者
G7ビアリッツ・サミットの記者会見場に入るトランプ大統領(2019.8.26)(写真:ロイター/アフロ)
  • G7はアメリカ単独で世界をリードできなくなった時代背景のもと「主な西側先進国による集団指導体制」として生まれた
  • 「西側先進国」が政治・安全保障面だけでなく経済的にもお互いに依存していたことは、それを可能にした
  • G7ビアリッツ・サミットで首脳宣言が採択できなかったことは、この条件が徐々に失われてきたことの一つの結果であり、冷戦時代に生まれた「西側先進国」というくくりの有名無実化を象徴する

 8月26日、フランスで開催されていたG7ピアリッツ・サミットが貿易問題などで紛糾し、首脳宣言が取りまとめられないまま閉幕したことは、冷戦時代に生まれた「西側先進国」というくくりがもはや成り立ちにくくなった歴史的変化を象徴する。

G7の空中分解

 G7サミットで首脳宣言の採択が見送られたのは初めてだ。主要先進国が世界情勢に共通の見解と行動目標を示せなかったことは、その結束の揺らぎを象徴する。

 ただし、これは何も突然の現象ではない。この数年、G7では特に貿易をめぐって不協和音が目立ったが、その大きなきっかけはアメリカ第一を掲げるトランプ大統領の登場だった。

 G7にデビューした2017年のタオルミーナ・サミット(ホスト国イタリア)で、トランプ氏は各国に関税引き下げを要求。首脳宣言では「自由で公正、互恵的な貿易が重要」という文言が盛り込まれてなんとか成立した。

 しかし、これに続く昨年9月のG7シャルルボワ・サミット(ホスト国カナダ)では、鉄鋼・アルミニウム関税の引き上げなどをめぐり、ドイツのメルケル首相を先頭に各国首脳がトランプ氏に詰め寄る姿が大きく報じられた。

 結局、トランプ氏は1日早く会場を後にした。シンガポールで開催された米朝首脳会談に出席するためだったが、首脳宣言の受け入れを後にトランプ氏は拒否した

 そして今年。貿易問題やイラン情勢などで、イギリスを除くヨーロッパ諸国やカナダとアメリカの間の溝は埋まらなかった。安倍首相はアメリカとの二国間貿易協定で頭がいっぱいだったのか、あるいは調停を諦めたのか、ともかくこの対立を熱心にとりなすことはなかった。

 首脳宣言が採択されなかったことで、G7は空中分解に一歩近づいたといえる。

西側先進国の集団指導体制

 そのG7が空中分解に近づいたことは、きっかけは先述のようにトランプ大統領の登場だが、より長期的な視点に立てば、数十年間の時代の変化の結果でもある。

 その起源を1975年にさかのぼるG7は、当時の時代背景の産物でもあった。この時期は、1960年代に日本やヨーロッパが高度成長期を迎え、アメリカ向け輸出を加速させるなか、アメリカの国際競争力の低下が表面化していた。

 もともと、第二次世界大戦後に確立された自由貿易体制は、アメリカの市場開放や基軸通貨ドルの大量発行にともなう慢性的なインフレといった負担によって支えられていた。しかし、1971年にニクソン大統領(当時)が金=ドル兌換の停止を突然発表し、これを機にドル安に向かっていったことは、自由貿易体制をアメリカだけでは支えきれなくなったことを象徴した。

 そのうえ、1973年の第四次中東戦争をきっかけとする石油危機で、国際的な原油価格が7倍近くに上昇。戦後、ほぼ一貫して成長してきた先進国の経済に大きくブレーキがかかった。

 こうした背景のもと、1975年にフランス政府の呼びかけで、主要国の首脳が率直に話せる場として開催された会議が、今日のG7のルーツにあたる。メンバーは当初、アメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、日本の5カ国だったが、これにイタリア、カナダが加入(1998~2013年はロシアもメンバーだった)。G7はアメリカ単独で世界経済をリードできなくなった時代に、「主な西側先進国による集団指導体制」として生まれたのだ。

集団指導体制の落日

 この集団指導体制が曲がりなりにも機能したのは、経済的な結びつきが強かったためだ。

 冷戦時代、自由貿易は基本的に西側と一部の開発途上国でしか行われていなかった。そのため、西側先進国は自由や民主主義といった政治体制で共通し、安全保障上のパートナーであっただけでなく、主な取り引き相手でもあった。

 取り引き相手が限られていたことは、お互いの利害を調整しやすくした。さらに東西冷戦のもとで結束する必要もあり、日米貿易摩擦など一部で対立もあったが、西側先進国の集団指導体制は基本的に保たれた。

 この状況を大きく変化させるきっかけになったのが、冷戦終結後のグローバル化と新興国の台頭だ。

 ほとんどの国にとって、中国など新興国との貿易・投資が死活的に重要になった一方、取り引きに占める他の先進国の比重は減少。これにより、西側先進国にとってお互いの経済的な必要性は冷戦時代より低下した。それは西側先進国同士の結束より、自国の方針を優先させやすい土壌になったといえる。

「西側先進国」は存続するか

 それはとりわけ、中国とのつきあい方で表面化しやすい。

 痩せても枯れても超大国であるアメリカは、自らの地位を脅かす存在として中国への警戒感が強い。中国の海洋進出や先端技術の移転は、トランプ大統領以前のオバマ政権の時代からすでにアメリカで問題として浮上していた。

 これに対して、超大国でない他のほとんどの先進国にしてみれば、利益になる範囲で中国とつき合うことへの心理的ハードルがアメリカより低い。中国が設立したアジア・インフラ投資銀行(AIIB)に日本とアメリカを除くほとんどの先進国が参加していることは、その象徴だ。

 その各国にとって、アメリカが中国と貿易摩擦につっこむだけでなく、自らにも同調を求めることは受け入れにくい。

 冷戦時代、アメリカはやはり東側との交流を制限するよう同盟国に求めた。これはヨーロッパ諸国には東欧・ソ連の市場を、日本には中国の市場を、それぞれ諦めさせるものだったが、その代わりにアメリカは自国の市場を開放することで、同盟国の不満を慰撫した。

 ところが、現代のアメリカは自国の門戸をせばめようとする一方で、他国の取り引きに口を出そうとする。通信分野でアメリカの牙城を脅かす中国の通信機器大手ファーウェイをめぐり、機密情報の保護を理由に同盟国に取り引きの制限を求めたことは、その象徴だ。

 このようにグローバル化で各国の選択肢が広がるなか、アメリカが締め付けの代替措置を提供する意思や力を失った時代の変化は、冷戦時代のような利害調整を難しくし、「主な西側先進国による集団指導体制」としてのG7を機能しにくくしてきた。

 だとすると、アメリカ第一を掲げるトランプ大統領の登場は、各国が分裂する原動力であると同時に、その歴史的な流れの一つの産物でもある。G7サミットで首脳宣言が採択されなかったことは、「西側先進国」というくくりが有名無実化する道のりの一里塚なのかもしれない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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