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成果が問われる安倍首相のイラン訪問――何をもって「成功」と呼ぶか

六辻彰二国際政治学者
ペルシャ湾に派遣されているアメリカ海軍の空母エイブラハム・リンカーン(資料)(写真:U.S. Navy/ロイター/アフロ)
  • アメリカとイランの緊張が高まるなか、安倍首相は仲介のためイランに向かう
  • 安倍首相にできる最大限のことは、アメリカとの直接対話をイランに約束させることである
  • しかし、イランにとってそれを呑むことは難しいうえ、直接対話が実現しても協議の難航が予想される

 安倍首相はアメリカとの緊張緩和を働きかけるためイランに出発するが、仲介は困難とみられる。今回の訪問で、安倍首相はどこまでやれれば「成功した」といえるのだろうか。

何をもって「成功」と呼ぶか

 6月12日、安倍首相は緊張が高まるアメリカとの仲介のため、イランに出発する。2015年に結ばれた、イランの核兵器開発を禁じた核合意を「弾道ミサイルなどが規制されていないのは不完全」とみなすトランプ政権が一方的に破棄し、軍事的・経済的圧力を加え、これに対抗してイランが低濃縮ウランの製造を加速させていると国際原子力機関(IAEA)が報告するなど、緊張がエスカレートするなかでの訪問になる。

 今回のイラン訪問は、5月末に来日したトランプ大統領に安倍首相が提案したものだ。トランプ大統領の懐に入り込み、「アメリカにモノが言えるのは日本だけ」とアピールすることで自分の存在感を増そうとしている安倍首相は、今回のイラン訪問で大いにアメリカに恩を売りたいところだろう。

 いずれにせよ重要なのはイラン訪問の成果だが、そもそも何をもって「成功した」と呼べるのだろうか

安倍首相にできること

 まず、「戦争を回避するべき」といった原則論に終始するだけでは、イランまで行ったというアリバイ作りにはなっても、「成功した」部類に入らない。それだけでイランが納得するはずがないからだ。

 先述のように、今回の危機はアメリカがイラン核合意から一方的に離脱したことでエスカレートしてきた。アメリカにブレーキを踏むよう促していない日本が、自衛に向かうイランにだけ矛を納めるよう求めても説得力がない。

 かといって、核合意から離脱したアメリカに何も言わない以上、日本がイランに核合意の維持などについて具体的な提案もできない。そもそも日本は2015年の核合意に参加していない。この点で、安倍首相に先立って10日にイランを訪問したドイツのマース外相が、核合意の参加国として、合意の堅持をイラン政府に呼びかけたこととは対照的だ。

 したがって、ロイター通信などが指摘するように、安倍首相にできる最大限のことは、第三国などでアメリカとイランが協議することを促すことだろう。そのために、6月末のG20大阪サミットにイランのロウハニ大統領などを招待して、アメリカとの協議の場をセットするといった可能性も取り沙汰されている。

イランは協議を受け入れるか

 ただし、安倍首相がアメリカとの直接対話を促すとしても、イラン政府がこれを受け入れるかは不透明だ。

 衝突の回避がアメリカにもイランにも利益になることは言うまでもない。とはいえ、イランにしてみれば「会って何を話せというのか」というのが率直なところだろう

 トランプ大統領は一方的に核合意を破棄し、根拠不明の「脅威」を言い立て、しかも軍事的圧力を加えながら「我々には協議の用意がある」と言ってきた。アメリカを信用しないイランにとって、核合意に含まれなかった弾道ミサイルも規制すべきというトランプ大統領の要望を呑むことは自滅行為に等しく、協議の余地はない。

 そのため、対立のエスカレートを受け、フランスのマクロン大統領がトランプ大統領(およびその同盟国で反イラン的なサウジアラビアやイスラエル)の求める弾道ミサイル規制を含む新たな交渉を提案したのに対して、イラン外務省のムサビ報道官は現状の核合意を変更する可能性を否定している。

イランと北朝鮮の違い

 手段を問わず圧力を加えて協議に持ち込むのは北朝鮮でもみられたトランプ流だが、北朝鮮とイランでは立場が違う。

 北朝鮮は自らの体制を認知させるため、もともとアメリカと直接協議することを望んでいた。核不拡散条約をはじめ各種の国際ルールに明らかに反してでも、アメリカと対等の立場で協議の場に臨むことは、北朝鮮にとって「望むところ」だったといえる(首脳会談の結果はともかく)。

 これに対して、イランはそもそも自分の体制をアメリカに認めさせることを北朝鮮ほど重視していない。そのうえ、少なくとも一度は合意した内容を一方的に反故にしたのがアメリカである以上、筋からいえば今更アメリカの認知を受ける必要もない

 この状況でアメリカとの協議に応じれば、国内で「脅しに屈した」と批判されやすいだけでなく、「無理な要求をしているのはアメリカ」という自らの国際的な正当性もフイにしかねない。

「成功」の先にあるもの

 こうしてみた時、安倍首相が提案してもイランがアメリカとの協議に応じる可能性は高くない。それだけに、安倍首相がイラン政府に「アメリカと協議する」と約束させることができれば、一応「成功」と呼べるかもしれない

 一方、それができなかった場合、緊張の緩和には繋がらない。そればかりか、「成功」しなければ、むしろ緊張がさらにエスカレートするきっかけにもなりかねない。トランプ大統領は自分の無理押しを棚に上げて「日本が仲介してくれたのに、イランは協議を断った」と自らを正当化しかねないからだ。

 逆に、「成功」したとしても、緊張がすぐに緩和するかは疑問だ。先述のように、トランプ氏の要望はイランからみて呑めないもので、着地点を見出すのが難しい。その場合、鳴り物入りで実現しながら事実上何も決まらない米朝首脳会談の二の舞にさえなりかねない

 だとすれば、安倍首相が「成功」してもしなくても、イラン危機が短期間で収束する見込みは薄いと言わざるを得ないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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