Yahoo!ニュース

「中国は各国を借金漬けにしている」―中国の反応とシフトチェンジ

六辻彰二国際政治学者
「一帯一路」国際会議の開会式で基調演説をする習近平国家主席(2019.4.26)(写真:ロイター/アフロ)
  • 中国の「一帯一路」構想に関しては、大規模なインフラ整備が巨額の債務によって相手国を中国の影響下に置く「債務のわな」がしばしば批判される
  • 中国政府は「一帯一路」国際会議でこれを否定したうえで、「持続可能な」ローン提供の仕組みについて提案した
  • 中国政府は「債務のわな」批判に応じて方針をシフトさせたわけだが、これが実現するかは不透明である

 中国主導の「一帯一路」構想でしばしば取り上げられるのが、沿線国でのインフラ整備がローンも増やし、返済できないほど膨らんだ債務が中国の影響力につながる「債務のわな」への懸念や批判だ。これに対して中国は、一方では「債務のわな」を否定しながらも、ローンのあり方を見直し始めている。

「一帯一路」国際会議の拡大

 日本で大型連休やロシアでのプーチン‐金正恩会談などに注目が集まっていた4月26~27日、中国では「一帯一路」国際会議が開催された。中国が目指す巨大経済圏構想「一帯一路」の沿線国を中心に参加するこの国際会議は2017年に初めて開催され、今回で2回目である。

 第1回と比べた今回の最大の特徴の一つが、規模の拡大だ。

画像

 例えば参加国でみると、第1回会議に参加したのが130カ国で、そのうち29カ国から大統領や首相など首脳級が出席したのに対して、第2回は首脳級を送り出した37カ国を含む150カ国が参加した。今回、初めて首脳級が出席した国にはオーストリアやポルトガルなどの先進国や、中東の産油国アラブ首長国連邦(UAE)も含まれる。

画像

 ちなみに、日本からは前回と同様、政府関係者は誰も出席しなかったが、これまた前回と同様、自民党の二階幹事長が出席している。

 また、資金の額でいうと、第1回会議で中国の国営銀行が約562億ドル相当のプロジェクトに融資することが決定されたのに対して、第2回では合計640億ドルのプロジェクトが合意された。

「債務のわな」への関心

 この「一帯一路」に関して、最近しばしば取り上げられるのが「債務のわな」だ。つまり、中国が「一帯一路」沿線国で融資に基づくインフラ整備を大規模に行うことが、結果的に相手国の債務を増やし、借金で首が回らなくなった相手国政府に中国政府が影響力を及ぼすようになる、という見方である。

 この見方自体は新しいものではなく、「一帯一路」構想が2013年に打ち出される以前の2006年、国際通貨基金(IMF)は当時アフリカ進出を加速させていた中国を念頭に「中国のインフラ整備が新たな債務負担になりかねない」と指摘しており、筆者自身も2015年のアフリカに関する論文のなかでこの問題に触れている。

 この問題が一躍脚光を浴びたのは2017年11月、中国によるインフラ建設が進んでいたスリランカで、同国政府が中国政府に港湾の使用権を99年間認める契約を結んだことにある。それ以来、特に中国の台頭に警戒を強めるアメリカを中心に、「一帯一路」の危険性を語る用語として「債務のわな」が頻繁に用いられてきたのである。

全体の1.8パーセント?

 高まる懸念と批判に、第2回「一帯一路」国際会議に向けて中国政府はその火消しに躍起になってきた。

 まず、中国政府系メディアは、これまで中国のインフラ整備の主戦場となってきたアフリカなどのローカルメディアの記事を引用する形で「『債務のわな』はない」と力説してきた。

 もっとも、中国は開発途上国のメディアに財政支援を行っており、これらが主に中国擁護に回ったものとみられる。その典型例は、2016年から中国政府の支援を受けているガーナの公共放送ガーナ・ニュース・エージェンシーが25日、その筋では世界的に有名な米国ジョンズ・ホプキンズ大学のブラウチガム教授のチームの「アフリカ全体に対する融資のうち中国のものは1.8パーセントに過ぎない」という研究を引用して「『債務のわな』はない」という見解を伝えたことだ。

 ただし、ブラウチガム教授のチームはこれらの報道に対して「我々の研究成果と異なる」と、その内容を否定している。ブラウチガム教授らによると「少なくとも18パーセントと改めるべき」であり、これでさえ最新のデータを反映していないという。

債務問題に関するシフトチェンジ

 このように粗雑な情報操作の一方で、中国政府は第2回「一帯一路」国際会議で「債務のわな」に対応する姿勢をアピールした。27日の閉会式で習近平国家主席は、今後のインフラ建設をリスクに強く、費用面で合理的な「持続可能」なものにすることで各国首脳と合意したと強調した。

 その一環として、会議が開幕する前日の24日、「一帯一路」会議に出席するため訪中していたエチオピアのアビィ首相と会談した習近平国家主席は、2018年末までに満期を迎える融資の利払いを放棄することを約束した。

 こうした「債務免除」は、これまでにも中国政府が行ってきたことで、今回もエチオピア以外の国でも適用されている(ただし、こうした方針が全体会合ではなく2国間交渉のなかで打ち出されること自体が、相手国に対する影響力になることも無視できない)。

 債務免除に加えて、中国財務省は4月25日、融資対象のリスク評価や環境基準などを厳格化する仕組みの導入も発表している。つまり、無制限に貸し付けるわけではない、というのだ

 これらはいずれも、「債務のわな」への批判が高まることへの対応とみてよい。

「債務のわな」に反応したことの意味

 ここで強調すべきは、メディア対策などが粗雑だったとしても、「債務のわな」言説に中国が反応したことそのものだ。この点で、中国は西側先進国と大きく変わらない。

 アメリカをはじめ西側先進国の政府関係者は語りたがらないが、債務をカタに相手国に影響力を行使するのは中国の専売特許ではなく、かつて西側先進国が行ったことでもある。

 西側先進国が主導するIMFや世界銀行は1980年代、アフリカなどの貧困国に市場経済化を条件とする融資を行い、半ば強制的に経済改革を実施させた。ところが、それは結果的に貧困国の経済成長にほとんど寄与せず、むしろ返済不能なレベルに借金を膨らみあがらせた。

 その結果、アフリカ各国では教育予算や医療予算さえ削らざるを得ない状況が広がり、これに対する批判が高まったが、西側先進国はこれを10年あまり放置し、方針を改めたのは1990年代の半ばになってからだった。その後、西側先進国は段階的に債務放棄を進めると同時に、とりわけ貧困国に対しては新規ローンを控えてきた。

 これと比べると、中国の反応は、最初の批判から10年あまりで債務のコントロールに着手し始めた点では西側先進国と大きく変わらない。

 ただし、中国はこれまで他の国の追随を許さないほど「気前よく」ローンを組んできて、これが多くの国を引き付ける手段となってきた。そのため、1990年代半ば以降、少なくとも貧困国向けの融資を控えてきた先進国と異なり、実際に「持続可能な」程度に融資を自制できるかには不透明感が漂う。さらに、中国輸出入銀行など、巨大国営企業が半ば独立してそれぞれ活動していることは、これに拍車をかけ得る。

 とはいえ、これ以上「債務のわな」言説が広がることは、中国にとって重要な足場である開発途上国で「一帯一路」への警戒感を増幅させかねない。そのため、今回の会議で中国政府が打ち出した貸し付け抑制の方針が額面通りに進むかは、「一帯一路」の成否をも左右するとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事