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迷走するトランプ政権〜北朝鮮とは交渉のための交渉を、シリアからは撤退のための撤退を

六辻彰二国際政治学者
バグズ近郊の村を走るSDFの車両(2019.2.18)(写真:ロイター/アフロ)
  • ISの残り少ない拠点バグズは、アメリカ軍が支援するクルド人勢力により、陥落寸前
  • バグズ攻略はトランプ政権にとって、撤退を加速させるための手段である
  • バグズが陥落したとき、トランプ大統領はその成果を最大限に強調するだろうが、最も利益を得るのはプーチン大統領である

 内政で行き詰まるトランプ大統領にとって、次期大統領選の準備が視界に入ってくるなか、「成果」を強調できる舞台は国外にあり、その文脈で2度目の米朝首脳会談が迫る北朝鮮問題はよく取り上げられるが、日本であまり注目されないものの、シリア内戦も同じことがいえる。

 シリア東部のバグズでイスラーム過激派「イスラーム国」(IS)の掃討作戦を進めるシリア民主軍(SDF)は、アメリカ軍の協力のもと、ISを0.5平方キロメートルほどのエリアに追い詰めており、降伏を呼びかけている。勢力を衰えさせたISはシリア国内での拠点をほとんど失っており、バグズが陥落すれば決定的なダメージになるため、トランプ大統領もIS支配地域を近く「100パーセント奪回する」と宣言している。

 ただし、「最後の拠点」バグズが陥落した場合、トランプ大統領は大統領選でその「成果」を最大限に強調するだろうが、実際にはそれはプーチン大統領に「塩を送る」ものといえる。

大勢は揺らがない

 人道的な観点を抜きに、戦略面に限っていえば、アメリカ軍が支援するクルド人主体のSDFがバグズを陥落させたとしても、アメリカが得るものはほとんどない

 そもそもシリアでのIS掃討作戦は、アメリカ軍にとって、シリアのアサド政権を打倒する一つの手段でもあった。つまり、内戦の混乱に乗じて、もともと対立していたアサド政権を引きずり降ろそうとしてきたのである。実際、オバマ政権の時代から、アメリカ政府は再三、「内戦はアサド政権による独裁への不満によって引き起こされた」、「アサド退陣がシリア内戦の終結には欠かせない」と主張してきた。

 ところが、もともとアサド政権を支持してきたロシアやイランはアメリカの介入を警戒し、シリア軍を支援してほとんどのIS支配地域をすでに解放してきた。

 そのため、クルド人主体のSDFがバグズを陥落させても、それは局地戦でアメリカが「気を吐いた」に過ぎず、ロシア、イランが支援するアサド政権優位というシリア内戦の大勢は揺らがない。つまり、バグズ攻略というトロフィーを盾に、アメリカが当初からの目標「アサド退陣」に持ち込むことは、ほとんど不可能だ。

 このような見方は、同盟国の間にも広がっているとみてよい。

 AFPは1月30日、サウジアラビアやエジプトなど、この地域におけるアメリカの同盟国の諜報部門責任者が会合を開き、この場で3月に開催されるアラブ連盟の会合でシリアの復帰を認める方針が確認されたと報じた。

 アラブ連盟はアラブ諸国が加盟する地域機構だが、シリアは2011年、(他のメンバーも多かれ少なかれ同じようなことをしているのに)反体制派への弾圧を理由に、参加資格を停止されている。そこへのシリア復帰に関する報道の真偽は定かでないものの、サウジアラビアはエネルギー政策で、エジプトなどは武器輸入で、それぞれロシアとも協力していることからも、彼らがアメリカのシリア政策に一から十まで付き合うつもりがないことは確かだ。

撤退のための撤退

 これに加えて、たとえバグズ攻略で密接に協力したとしても、アメリカがその後もSDFを利用してシリアの内政に関わることは、ほとんどできない。なぜなら、昨年12月にトランプ大統領は、マティス国防長官らの反対を押し切って早期撤退を宣言したからだ。

 もともとトランプ氏は大統領選挙中から「シリアからの撤退」に言及してきた。「アメリカはもはや世界の警察官でない」と公言するトランプ大統領にしてみれば、遠く離れたシリアでの介入は「ムダ」と映ることだろうし、海外のことに関わるべきでないという「孤立主義」の考え方が強い共和党支持者からの支持も得やすい。

 とはいえ、これまでの経緯を無視した「早期撤退」は、クルド人からみれば「裏切り」に映る。そのうえ、アメリカ軍や情報機関などからも「シリア撤退」宣言への批判や懸念が相次いだため、トランプ氏はその後主張をトーンダウンさせざるを得なくなった。ただし、撤退そのものは翻していない。

 だとすると、2月初旬から、SDFによるデリゾール攻略が急ピッチで進み始めたのは、「裏切り」の烙印を避け、しかも早期撤退を実現させるために、できるだけ早く「成果」を出したいトランプ政権の意向を反映したものといえる。それは大統領選挙で強調すべき「成果」ともなる。

 しかし、それは裏を返せば、「成果」が出れば、アメリカ軍の撤退に弾みがつくことになる。つまり、北朝鮮政府と交渉の場を持つこと自体がトランプ政権の目的になっているのと同じく、シリアから撤退すること自体がトランプ政権の目的になっているといえる。

クルド人とアサド政権の接近

 ところが、それではクルド人は困る。もともとシリアからの分離独立を求めてきたクルド人たちにとっては、ISだけでなくアサド政権も敵だった。そのうえ、やはり国内でクルド人の分離独立運動に直面し、これを触発するシリア国内のクルド人勢力に攻撃を強めてきたトルコも、SDFからみて敵だ。

 そのトルコは2018年10月、シリア国内のクルド人民防衛隊(YPG)を攻撃するため、シリア北部で部隊を展開し始めた。YPGはSDFを構成する多くの勢力の一つで、クルド人中心という点で共通する。クルド人を敵視するトルコに対して、シリアに駐留するアメリカ軍が事実上YPGを保護してきたが、アメリカ軍が撤退すればクルド人勢力は風前の灯火となる。

 そのため、すでにクルド人たちは旧敵アサド政権や、それを支えるロシア、イランとの和解に向かっている。12月、トルコ軍が行動を開始した直後、クルド人たちは旧敵であるはずのアサド政権に救援を求めたのだ。これはトランプ大統領が撤退を宣言した直後のタイミングで、クルド人にしてみれば「裏切りには裏切りを」ということなのだろう。

 ともあれ、クルド人勢力の決断はアメリカの「裏切り」をより印象づけたため、この汚名を着たままではさすがにまずいと思ったのか、トランプ大統領はその後、クルド人支援をむしろ加速させ、撤退の大義名分を早めに成立させる方向に転じた。これが、今回のバグズ攻撃に結びついたとみてよい。

 しかし、先述のように、バグズ攻略が成功すれば、アメリカ軍の撤退は加速しやすい。そうなれば、クルド人にとってトルコ軍の脅威は現実味を帯びてくる。こうしてみたとき、バグズ攻略ではアメリカの支援を受けながらも、クルド人がアサド政権、ロシア、イランと握った手も離そうとしていないことは不思議でない

 だとすれば、なおさらアメリカがクルド人を「手先」として使うことは難しくなる。

トランプ氏には花を、プーチン氏には実を

 こうしてみたとき、SDFがバグズを陥落させても(あるいは陥落させなくても)、もはやアサド政権優位の構図に大きな変化はないのであり、その構図は遅かれ早かれ訪れる内戦終結後のシリアでの力関係に反映されるといえる。

 その場合、クルド人がアサド政権に期待できることはせいぜいこれまでより高い自治権だけであり、欧米諸国もしぶしぶアサド政権を承認せざるを得なくなる。要するに、シリア人だけでも40万人以上の犠牲者を出した内戦が発生する以前と、基本的には何も変わらない。

 それはつまり、アメリカとこの地をかけて争い、一貫してアサド政権を支援してきたロシアやイランの勝利でもある。言い換えると、バグズ攻略がなった暁には、世界はいやというほどトランプ大統領の自画自賛を聞くことになるだろうが、それで結果的に最も利益を得るのは、アサド政権とその同盟国なのだ。いわば花はトランプ大統領に、実はプーチン大統領に、といえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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