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現代の魔女狩りは誰の手によるものか―アフリカで広がる福音主義

六辻彰二国際政治学者
ウガンダの首都カンパラで開かれたゲイ・パレード(2014.8.9)(写真:ロイター/アフロ)
  • アフリカでは性的少数者への取り締まりが強化されていて、襲撃や殺人に発展するケースもある。
  • その大きな原動力になっているのは、保守的な宗教的価値観の普及を進めるキリスト教福音主義の影響である。
  • 福音主義のグローバルな展開は、アフリカに限らず各地に分断を促す一因になっている。

 アフリカではLGBTなど性的少数者への規制が広がっており、国によっては氏名を公表され、嫌がらせや襲撃を受けたりするだけでなく、最高刑で死刑が求刑される国さえある。中世の魔女狩りやゲシュタポのユダヤ人狩りを思い起こさせる同性愛者狩りの大きな理由には、アメリカでトランプ政権を支えるキリスト教福音主義がアフリカでも普及していることがある。

タンザニアでの同性愛者狩り

 筆者の個人的感想でいうと、アフリカ東部のタンザニアは周辺の多くの国と比べて人々が穏やかで、総じて居心地のいい国の一つだ。最大の街ダル・エス・サラームはキリスト教会とモスクがすぐそばに並ぶといったコスモポリタン的雰囲気もある。

 ところが、そのダル・エス・サラームのポール・マコンダ市長は10月30日、同性愛が「タンザニアの道徳的価値観とキリスト教とイスラームという2つの宗教を踏みにじるもの」と断じ、ゲイを特定して逮捕するための特別チームの発足を発表した

 もともとタンザニアでは、1998年の「性的攻撃に関する特別法」で男性の同性愛を禁じていて、特に幼児が対象の場合は最高で終身刑もあり得る。また、2017年10月には「同性愛を奨励した罪」で2人の南アフリカ人を含む12人が逮捕されるなど、決して同性愛に肯定的ではない。

 しかし、魔女狩りとも呼ばれるダル・エス・サラーム市の決定が報じられるや、ヒューマン・ライツ・ウォッチなど国際人権団体や欧米諸国の政府から批判が噴出したことを受け、タンザニア政府は「政府の方針とは異なる」と距離を置いた。

 これに対して、マコンダ市長は「わずか5日間で市民から5700以上の通報を受け、100人以上を特定した」と発表し、譲る構えをみせていない。そのため、身の危険を覚える同性愛者や人権活動家ら数百人が、アムステルダムで隠れ暮らしたアンネ・フランクのように、知人などに匿われているといわれる。

アフリカで広がる法規制

 これはタンザニアに限った話ではない。

 国際レズビアン・ゲイ協会によると、2017年段階でアフリカ大陸全体の54カ国中32カ国で同性愛が違法になっている。このうち、最高刑が死刑の国は4カ国にのぼる。

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 死刑まで導入されているのはスーダンなどムスリム人口の割合が高い国だが、刑の重さはさておき、取り締まりはキリスト教徒が多い国でも珍しくない。ピュー・リサーチ・センターによると、例えばタンザニア人口のうちムスリムは約35パーセントにとどまり、約61パーセントはキリスト教徒で、ダル・エス・サラーム市長もキリスト教徒である。

 ただし、一口にキリスト教といっても同性愛の扱いは教派ごとに大きく異なり、ダル・エス・サラーム市長は信者数が最も多いローマ・カトリックではなく、福音主義の信者である。

 同様に、例えばタンザニアの隣国ウガンダでは2011年にタブロイド紙が主な同性愛者のリストを公表し、同性愛者の運動家デイヴィッド・カト氏が殺害される事件が発生したにもかかわらず、政府がこうしたヘイトを積極的に取り締まらず、2013年暮れには議会が最高で終身刑もあり得る反同性愛法を成立させ、再び同様のリストが公表されたが、この国のヨウェリ・ムセベニ大統領も福音主義者だ。

 福音主義の普及はアフリカにおける性的少数者取り締まりの一因になっているのであり、ダル・エス・サラームの同性愛者狩りはその一つの表れに過ぎない。

福音主義とは

 それでは、福音主義とは何か。

 福音主義は大きな区分けでいうと、キリスト教のプロテスタントに属する。しかし、プロテスタント各派のなかでも教派ごとに離婚、中絶、婚外子、同性愛などに対する態度が分かれ、このうちアダムとイブにさかのぼる「伝統的な家族」イメージや「生命重視(プロ・ライフ)」を強調するペンテコステ派や聖公会などの総称が福音主義で、「福音主義」という一つの教派があるわけではない。

 帝京大学の藤本龍児准教授の言葉を借りれば、「保守的な信仰理解を共有する教派横断的集団」なのである。

 これが特に目立つのはアメリカで、福音主義の聖職者によるテレビ説法も珍しくなく、救いを求める失業者や低所得層を吸収して何万人も信者を抱える「メガ・チャーチ」と呼ばれる巨大教会もある。

 トランプ大統領がその組織的な支持を受けているように、保守的な宗教的価値観で社会を建て直そうとする福音主義は、世俗主義や個人主義へのリバウンドとして、その発信力、動員力、資金力を背景に、アメリカ政治で無視できない勢力となっている

福音主義のグローバル展開

 ただし、福音主義はアメリカなど先進国よりむしろ、開発途上国で信者を増やしている。

 世界キリスト教研究センターによると、2018年段階で世界全体で約25億人いるキリスト教徒のうち約66パーセントは開発途上国におり、なかでもアフリカは6億3100万人と地域別で最多だ。開発途上国は宗教関係者にとって新たに信者を獲得する草刈り場となっていて、特に人口爆発が目立つアフリカでは布教競争が活発なのだ。

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 そのなかでカトリックよりプロテスタントの信者が増え続けていて、とりわけカトリックや(家族のあり方など私生活にあまり立ち入らないという意味で)リベラルな他の教派との差別化を図る福音主義は、アフリカなど開発途上地域での布教に力を入れている。その結果、例えば人口の約84パーセントがキリスト教徒のケニアでは、その約60パーセントが(福音主義の一派)ペンテコステ派という報告もある。

政教一致の模索

 ペンテコステ派を含む福音主義は一般的に、教会を設立して布教を進めるのと並行して、教育や公衆衛生が十分でない土地で学校や診療所を開設している。こうした活動は、昔からキリスト教だけでなくイスラームや仏教なども宗教的使命感から(あるいは信者獲得の一環として)行なってきたことで、とりわけ珍しいものではない。

 むしろ、福音主義で特徴的なのは、政治への働きかけに熱心な点だ

 多くのカトリック教会やプロテスタント教会は、1990年代にアフリカで民主化の波が広がった際、民主化運動の一翼を担った。しかし、そういったいわば非常時を除けば、中世以来の世俗権力との闘争のなかで生まれた政教分離の原則のもと、カトリック教会にとっては政治といかに距離を置くかが重要な課題で、個人の内面に政治権力がかかわることを拒絶するリベラルなプロテスタント教会も政治と距離を置きがちである。

 これらに対して、福音主義の教会は総じて、宗教的価値観に基づく社会変革をアピールすることに熱心だ。それは教育や医療などの支援を通じて、貧困層に波及しやすい。

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 資源ブームに乗って2000年代に急速に成長したアフリカだが、格差はむしろ拡大し、さらに2014年以降の資源価格の急落後、経済成長もおぼつかない国が多い。リーマンショックの後、欧米諸国で反移民感情がそれまで以上に噴出したように、フラストレーションがたまりやすい社会で、たまった鬱憤を晴らす対象、つまりスケープゴートが求められることは珍しくない。

 この背景のもと、アフリカでは、同性愛者に敵意すら抱く福音主義者のメッセージが政治や社会を動かしやすくなっている。

民主的な迫害

 実際、福音主義系の団体や教会がテレビ局やラジオ局を運営して世論を動かそうとすることは珍しくなく、例えば先述のウガンダでは、アメリカのテキサス州に拠点をもつ福音主義団体キャルバリー・カテドラル・インターナショナルによってライトハウス・テレビジョンが運営されており、このテレビ局の放送に感化された人々がしばしば反同性愛のデモを実施している。

 それだけでなく、より直接的に政治家に働きかけるロビー活動も活発だ。ウガンダの場合、数多くの学校や診療所を運営して社会的信用をはくした福音主義団体の招きに応じて、2009年3月にアメリカ人の牧師で反ゲイ運動家でもあるスコット・リブレイ氏が同国を訪問し、「青少年をゲイから守ること」を議会や多くの集会で訴えた。

 作家でもあるリブレイ氏はその著作で「ヒトラーなどナチス高官は皆ゲイだった」「同性愛がナチスの軍国主義とホロコーストの元凶だった」と論じるなど、一種の陰謀論者と呼べるが、同氏の演説の後、福音主義団体に属する議員が最高刑に死刑を盛り込んだ反同性愛者法案を初めて提出(最高刑を終身刑に修正して2013年末に成立)し、ウガンダは性的少数者への取り締まりを急速に強めていったのである。

 欧米とりわけアメリカの福音主義者は、自分たちの土地では難しい「神の国」の創設をアフリカで目指しているといえる。

純化の暴力性

 16世紀に宗教改革を推し進めた先駆者の一人カルヴァンは、キリスト教の教義に基づく神権政治をジュネーヴで行ったことで知られる。これと同様に、現代の福音主義にも政教一致を求める傾向が強く、性的少数者の取り締まりはその一環である。

 ウガンダで反同性愛者法案が提出された翌2010年、同国で活動してきた福音主義団体のメンバーはニューヨーク・タイムズのインタビューに対して「人々の(同性愛者への)怒りを焚きつけたり、終身刑まで含む法案を提出させる意図はなかった」と釈明した。とはいえ、意図の有無はともかく、福音主義団体の活動が社会の分断を促したことは否定できない。

 同様のことは、アフリカの外でも確認されている。

 伝統的にカトリックが主流のラテンアメリカでも福音主義は拡大しており、例えばブラジルではキリスト教徒の49パーセントを福音主義が占めるに至っている。ブラジルでは10月の大統領選挙で、性的少数者や中絶に厳しく、麻薬組織を力づくで鎮圧することを強調するなど、「ブラジルのトランプ」とも呼ばれる強硬派ボルソナロ氏が当選したが、ボルソナロ陣営にはペンテコステ派から資金などの協力があった

 アフリカでもそうだが、欧米諸国からくる福音主義団体はあくまで民主的なプロセスを通じて宗教的価値観の実現を目指す。この点で福音主義は、民主主義や既存の体制そのものを力で破壊しようとするイスラーム過激派と異なる。しかし、政教一致を目指し、貧困層を中心に勢力を広げ、社会を特定の信条で純化しようとすることの暴力性を示している点で、両者は大きく違わない。

 その教義の価値はともかく、福音主義の普及は世界の分断を促す一つの原動力になっているといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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