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日米貿易摩擦から中国が学んだこと―トランプ政権からの圧力に有効な対策は「譲らない」

六辻彰二国際政治学者
米ロサンゼルスの港に積み上げられた中国海運集団のコンテナ(2010.10).7(写真:ロイター/アフロ)
  • 中国はアメリカとの貿易戦争でダメージを受けながらも譲歩する姿勢をみせない
  • これは日米貿易摩擦から中国が得た教訓によるとみられる
  • トランプ政権から次の標的として名指しされている日本自身が誰より、日米貿易摩擦の教訓を再検証する時期にきている

 9月17日、トランプ政権が2000億ドルにおよぶ中国製品の関税引き上げを決定し、貿易戦争を加速させたのに対して、中国は翌18日に報復関税の措置をとると発表した。既に輸出の縮小などの影響を受けているにもかかわらず、引く構えをみせない中国からは、「日本の二の舞を避けたい」という意志をうかがえる

アメリカに譲るな、アメリカに頼りすぎるな

 中国系カナダ人で、マスターカードのグローバル・チーフ・エコノミストなどを歴任したYuwa Hedrick-Wong博士は、中国政府にとって1980年代の日米貿易摩擦が「アメリカの圧力に譲るな、対米輸出に頼りすぎるな」という教訓になっていると指摘する。

 1980年代のアメリカでは、市場にあふれかえる日本製品に対する反感が、日本製品に対する関税引き上げや日本の輸入規制緩和を求める世論「ジャパン・バッシング」の台頭を招いた。

 これに対して日本政府は、自動車や家電製品などの輸出の「自粛」を各企業に要請するとともに、在日米軍に対する「思いやり予算」やアメリカ国債購入額の増加、アメリカが求める金融、農産物輸入の規制の緩和などで「アメリカからの圧力を受け流す」ことを優先させた。

 安全保障面でアメリカの協力が欠かせなかっただけでなく、日本の輸出に占めるアメリカの割合が大きかった(IMFの統計によると1980年代の10年間の平均で30パーセント以上)ことも、この選択を促したといえる。

バブルの入り口

 しかし、アメリカとの対決を避け続けたことは、結果的にアメリカの要求をさらにエスカレートさせた。その象徴が1985年のプラザ合意だ。

 プラザ合意では、日米に英、仏、西ドイツを含めた5ヵ国が協調して為替相場に介入し、ドル高を是正することが定められた。ドル高是正はアメリカの輸出競争力の回復を目指すもので、入れ違いに円高をもたらし、日本は輸出に不利な条件を抱えざるを得なかった。

 その一方で、円高・ドル安が進行したことで、それまで高嶺の花だった輸入品の消費が容易になっただけでなく、折から金融取引の規制が徐々に緩和されたことで、日本では空前の好景気を迎えた。

 ただし、金融取引の加熱はバブル経済をもたらし、これが1991年にもろくも崩壊した後、日本は長い低成長の時代を迎えた。プラザ合意は、まさに泡のような一時の享楽の後の苦難の入り口になったといえる。

中国からみた日米貿易摩擦

 アメリカへの輸出が日本の経済復興・経済成長の大きな柱になり、アメリカ経済の回復が日本にとっても利益になる状況にあったことから、プラザ合意の受け入れは現実的でもあった。

 とはいえ、アメリカが自らの購買力を盾に圧力を加えた時、これに抗しきれなかったことが、その後の日本の進路を大きく左右したことは確かだ。バブル時代に膨れあがった、必要性の疑わしいものの多かった公共事業費は、巨額の財政赤字の一部として、今もその影響を残している。

 これを現代の貿易戦争に照らし合わせると、当時の日本と現在の中国では、政治的な立場も経済構造も異なる。

 しかし、アメリカと同盟関係になく、当時の日本より輸出に占めるアメリカの割合が低い(IMFによると2017年段階で19パーセント)からこそ、中国にとって日米貿易摩擦の顛末が「アメリカの圧力に譲るな」や「対米輸出に依存しすぎるな」という教訓になっても不思議ではない

トランプ政権に対処するには

 これに拍車をかけているとみられるのが、トランプ政権の特徴だ。

 貿易戦争に限らず、トランプ政権の外交には「自分もリスクがあるなかで敢えて相手に無理難題をふっかけて譲歩を迫る」というパターンがある。これに最もうまく対応してきたのは北朝鮮だといえる(だからといって北朝鮮を擁護するわけではない)。

 2017年の米朝間の緊張は、もともと北朝鮮が核・ミサイルを開発したことに大きな原因があるが、トランプ政権が全面的な経済制裁だけでなく、軍事力の行使さえも示唆しながら「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」という、北朝鮮が呑めるはずもない要求をしたことでエスカレートした。

 この際、「北朝鮮が折れる」という楽観的あるいは強気の観測もあった。しかし、実際には、北朝鮮は「一方的な核廃絶には応じない」という姿勢を維持することで、実際には軍事行動に踏み切れないアメリカを立ち往生させ、それと並行して韓国などを巻き込みながら緊張を和らげる方向に転じ、結果的に6月にシンガポールでの「何も決めない」米朝首脳会談に持ち込むことで、身の安全を確保することに成功した。

 この北朝鮮の行動は、世界に「強気で臨んでくるトランプ政権に対処するには、逆に強気で臨んでデッドロックに持ち込むことで、トランプ政権を困った状況に追い込むのが効果的」という一つの解決策を示したことになる(何度も言うが、だからといって北朝鮮を賞賛しているわけではない)。トランプ氏が歴代政権以上に、支持者向けの、わかりやすい「明確な勝利」を設定する傾向が強い以上、圧力を受けても踏ん張り続け、「明確な敗北」にさえならなければ、むしろトランプ政権の方が具合が悪くなりやすいことは、北朝鮮の選択の効果を高めたといえる。

 だとすると、中国の選択も不思議ではない。もともと中国には、人権侵害などに関するアメリカなどからの外圧に対して強気で臨む傾向が強かったが、トランプ政権のこの特徴を踏まえれば、貿易戦争で一歩も引かない対応は合理的ともいえる。

日本自身にとっての教訓

 もちろん、トランプ政権から圧力をかけられた時、各国がこれに対抗すれば、貿易戦争が世界的に広がり、どの国にとっても貿易から得られる利益が収縮することになる。中国も同様で、貿易戦争を収束させられればそれに越したことはない。その意味で、アメリカからの圧力に張り合うことは、置かれた環境のなかで合理的な判断だったとしても、それが最上の結果を約束するとは限らない。「貿易戦争に勝者はいない」といわれる所以である。

 とはいえ、トランプ政権から貿易戦争をしかけられた場合、「我が国の企業の進出がアメリカで雇用を生んでいる」などの理性的な呼びかけがポピュリスト相手に無力で、圧力をかわし続けることに限界があり、ましてその要求に一方的に合わせられないのであれば、圧力に譲らないなかで着地点を探すしかない。つまり、勝てないまでも負けない選択が不可欠といえる

 トランプ氏から次の標的として名指しされている日本にとって、これは他人ごとではない。

 1980年代と比較して、日本の輸出に占めるアメリカの割合は低下しており(IMFによると2017年段階で19パーセント)、これはリスクヘッジとも呼べるが、政治的な意志によるというより、中国など新興国との取り引きの増加によって生まれた結果にすぎないともいえる。だとすれば、誰より日本自身が、日米貿易摩擦の教訓を見直す時期にきていることになるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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