英プレミアリーグ名門クラブの大スポンサーにして、トランプ政権と貿易戦争で対決するカガメとは何者か
- アフリカの小国ルワンダのカガメ大統領は英プレミアリーグの名門アーセナルと40億円以上のスポンサー契約を結ぶ一方、米トランプ政権とは貿易戦争で対決姿勢を崩さない
- カガメ氏の強気の背景には、「アフリカの市場統合」をけん引する中心人物としてアフリカ内外での影響力を高めていることがある
- その存在感は、北朝鮮やかつてのリビアと異なり、自由貿易のルールを最大限に利用するなかで独立性を高める「開かれた独裁者」の台頭を象徴する
6月のシンガポールでの「歴史的会談」でアメリカと何ら具体的な約束をしなかった北朝鮮は、ミサイル開発を続けていると報じられる。これに象徴されるように、力のある側が常に有利なわけでなく、弱い側が強い側の鼻面を引き回すことさえあるところに、国際政治の機微がある。
金正恩委員長ほど無法でなくとも、貧困国の寄り集まっているアフリカにはクセの強い権力者が多い。そのなかでもルワンダのポール・カガメ大統領は、国際的な注目度の高い人物の一人だ。
アフリカ中央部に位置するルワンダは、四国の約1.4倍の2万6300平方キロメートルしかなく、人口は約1200万人の小国で、資源もほとんど産出されない。
しかし、2014年に資源価格が急落して以来、アフリカ経済が以前ほど活況を呈していないなか、ルワンダでは政府主導による観光、情報通信、繊維産業などの育成の成果もあり、6パーセント前後の経済成長を維持してきた。その一方で、カガメ氏は野党や市民団体を弾圧する「独裁者」として、しばしば海外から批判を集めてきた。
これらに賛否はあるが、アフリカを率いる有力リーダーの一人として、カガメ氏の動向がアメリカや中国にまで影響を及ぼし始めていることは疑いない。
名門クラブの大スポンサー
カガメ大統領率いるルワンダ政府は、5月にイギリスのプレミアリーグ屈指の名門クラブ、アーセナルと3000万ポンド(約43億円)のスポンサー契約を結び、ヨーロッパで一躍注目の的となった。契約は3年間で、ユニフォームの左袖に「ルワンダを訪れよう(VISIT RWANDA)」のロゴが入る。
ヨーロッパの有名クラブチームはアフリカでも人気があり、カガメ氏個人がアーセナルの大ファンであることは広く知られている。ただし、ルワンダ政府の公式見解によると、これは同国の観光振興のキャンペーンの一環という。
いずれにせよ、この契約にはイギリスだけでなくヨーロッパ各国で賛否両論が湧きあがった。
ルワンダ政府を含めた支持派は、国際的に知名度が高く、1日に世界中でテレビに3500万回映るアーセナルのユニフォームにロゴを入れることがもつ、観光客誘致の宣伝としてのコストパフォーマンスを強調する。
一方、反対派はルワンダの一人当たりGDPが約700ドル(世界銀行)にすぎず、イギリスからだけでも年間60万ポンド(約8600万円)の開発援助を受け取りながら、名門クラブとスポンサー契約を結ぶことを批判する。また、人権侵害が指摘されるルワンダ政府と契約したことは、アーセナルへの批判も噴出させた。
これに対して、ルワンダ政府はスポンサー契約の資金源が観光収入であり、援助の流用ではないと強調している。アフリカでも数少ないゴリラの生息地であるルワンダでは、観光業の成長が目覚ましく、GDPの約12パーセントを占める一大産業になっている。
欧米とは敵対しないが、従属もしない
19世紀に植民地化された歴史もあり、アフリカは長く欧米の影響下に置かれてきた。しかし、カガメ氏には欧米と敵対しないものの、欧米に従属しない姿勢が鮮明である。
アーセナルとの契約からは、イギリスとの友好関係を前提に、ヨーロッパ文化の一つの象徴でもあるサッカーにも「対等の資格」で参入しようとする姿勢をうかがえる。
イギリス屈指の名門クラブ、アーセナルとのスポンサー契約は、暗黙のうちにヨーロッパの優位を意識する人々の反感を招いたが、それは目に見えていたことでもあり、この契約を結んだこと自体、カガメ氏の図太さを示している。
トランプ政権との対決
いわば独立性を重視するカガメ氏の姿勢は、トランプ政権との貿易戦争からもみてとれる。カガメ氏はいわゆる「反米」ではないが、必要に応じてトランプ氏とまともに対決することをも辞さない、アフリカでも数少ない権力者の一人である。
トランプ政権が仕掛ける貿易戦争は、アフリカにも及んでいる。なかでも焦点となっているのは古着で、繊維産業を育成しようとするアフリカ諸国が古着の輸入関税を引き上げているのに対して、トランプ政権はその引き下げを求めてきた。
アメリカは2000年からアフリカ成長機会法(AGOA)に基づき、アフリカ各国の多くの産品を無関税で輸入してきた。AGOAは「貿易を通じたアフリカの成長の支援」を理念とするが、トランプ政権はその撤廃を持ち出して譲歩を迫ったのである。
これに対して、周辺のケニア、タンザニア、ウガンダなどが相次いで古着の関税引き下げに舵を転じたが、ルワンダ政府はこれを拒絶。その結果、7月31日にアメリカ政府はルワンダをAGOAの適用対象から除外した。
ルワンダ政府の対応には「状況を理解していない」という批判もあるが、少なくとも関税引き下げ要求の拒絶によって、カガメ氏は外部に従属しない意志をみせたといえる。
市場統合の戦略
それでは、人口約1200万人に過ぎない弱小国のルワンダが、なぜ欧米諸国を相手に独立性を強調できるのか。
先述のように、ルワンダはアフリカでも屈指の成長率を誇り、各国が投資対象としてアプローチしたい状況がある。いわば「売り手市場」としての強みがあるわけだが、カガメ氏の強気はそれだけでなく、そのアフリカ戦略によっても支えられている。
カガメ氏はアフリカ全土を巻き込む自由貿易地域の設立を進める運動のキーパーソンである。その働きかけもあり、2018年3月にアフリカ各国は「アフリカ大陸自由貿易地域(AfCFTA)」の創設に合意した。
アフリカでは人口が増え続けており、国連の推計によると2050年までには98億人にまで増えるとみられる。これが一つの市場となれば、一人当たりの所得が低くとも、人口規模で中国やインドを上回る。
そのため、アフリカ内部でもAfCFTAを投資や貿易の起爆剤として期待する声は多い。8月現在、この計画にはアフリカ最大の経済規模をもち、自らの主導でない市場統合に難色を示すナイジェリアなどが反対しているものの、55ヵ国(日本が国交をもっていないサハラ・アラブ民主共和国を含む)中49ヵ国が署名している。
アフリカの統一市場を率いる影響力
それにつれ、アフリカに進出したい各国の間でもカガメ氏の存在感は大きくなっている。
実際、7月のAUサミットで南アフリカなど5ヵ国が新たにAfCFTAに署名した直後、ライバル関係にある中国の習近平国家主席とインドのナレンドラ・モディ首相が相次いでルワンダを訪問し、それぞれインフラ建設のために1億2600万ドル、1億ドルの融資を約束。また、日本からも同月、堀井学外務政務官を団長に、日立製作所や丸紅など各社から50人以上が参加する使節団が派遣された。
「最後のフロンティア」としてのアフリカの市場統合がもつ魅力は、各国にルワンダ政府とまともに衝突することを避けさせる力となる(相手が誰であれ、緊張を高めることで交渉を有利に運ぼうとするトランプ氏以外は)。
つまり、AfCFTAを牽引し、アフリカ内部での発言力を高めることは、欧米諸国に対するカガメ氏の強気の土台にもなっているのだ。言い換えると、カガメ氏にとって市場統合は、ルワンダやアフリカの経済成長だけでなく、自分の政治的立場を強める効果もあるといえる。
「開かれた独裁者」の時代
野党や市民団体への弾圧にみられるように、カガメ氏が「独裁者」としての顔をもつ。また、あらゆる「独裁者」と同じく、その手法には賛否両論がある。
ただし、その部分の判断はさておき、カガメ氏率いるルワンダが国際的には中立的な立場を保ちながらも、影響力を持ち始めていることは間違いない。
一般に「独裁者」というと、北朝鮮や以前のリビアのように閉鎖的な体制のもとで成立すると思われがちだ。しかし、そのような国の多くは経済的に行きづまりやすい。
一方、世界に目を向けると、トランプ政権の暴走やEUの混迷、そして中国をはじめとする新興国の台頭もあり、多くの開発途上国は西側とだけでなく、バランスをとって海外との経済関係を築く必要に迫られている。同時に、先進国や新興国は、自らの生存のために市場拡大を加速させつつある。
これらに鑑みると、自由貿易のルールを最大限に活用しながら大国を天秤にかけ、独立性を示そうとするカガメ氏の存在感は、「開かれた独裁者」が台頭する時代を象徴するといえる。